福岡の古賀市からZoomをつないでくれた宿野部さん。出身は東京で、1年半前に福岡に移住しました。
――そちらの出身ではないですが、「福岡の魅力」って何でしょう。
宿野部:海も山も都会も、空も近く、どこにでもすぐに行けるところです。私はいま福岡空港から約30分のところに住んでいます。
働いている株式会社SALTの本社からはオーシャンビューが望めます。コミュニティ運営で勤務している「快生館」は山の中にありますが、これらすべてが1時間圏内で完結できているのはぜいたくですね。

福岡県古賀市の快生館(提供)
――「快生館」と仕事内容を教えてください。
宿野部:古賀市・薬王寺温泉街の中にある元温泉旅館です。新型コロナウイルスの影響で2020年に一度休業しましたが、古賀市からの支援を受け、われわれ株式会社SALTが受託先として、2021年10月から運営再開しました。
大広間や客室などを改装して、ワーケーションや企業研修の場として提供しています。例えば、福岡市内のIT企業に開発合宿の会場としてご活用いただきました。
私は、施設の運営と地元の人々が集まるようなイベントの企画を作っています。
――利用者はそこで働いて、温泉にも入れるってことですか?
宿野部:はい、温泉には毎日のように入る人もいます。美肌効果の高いアルカリ性単純温泉なので、肌がツルツルになりますよ。
運営側の私は、(忙しさと身近すぎて)意外と入っていないんですが(笑)。

快生館の天然温泉(提供)
――コミュニティマネジャーとして快生館で働くきっかけは?
宿野部:元々、フリーランスでいろいろなコミュニティ運営に携わっていました。その中の一つとして、SALTが東京に展開していたシェアオフィスでも働いていました。
ある日、福岡の快生館をコワーキングスペースとして復活させる構想を聞きました。東京から地方に移住したいと思っていたタイミングでもあって、このプロジェクトの立ち上げ初期から参画することになりました。
――快生館で具体的にどんなイベントを企画しましたか?
宿野部:山の中にある快生館の周りでは、鹿や穴熊といった野生動物が多くて、古賀市では狩猟が盛んなんですよね。実は私も狩猟免許を持っていまして......。
農作物を野生動物の被害から守りつつ、訪れた人が楽しんでくれるイベントを開催したいと思って、2023年2月に「狩猟体験ワーケーション」を企画しました。午前中はコワーキングスペースを開放していて、午後は狩猟体験をしてもらいます。
捕らえた動物のとどめをさす「止め刺し」には狩猟免許が必要になります。一方、狩猟を見学したり、その後に解体をしたりするのは免許がなくても大丈夫です。

狩猟体験ワーケーションの様子(提供)
――なぜ狩猟免許を取ろうと思ったのでしょう?
宿野部:福岡に定住する前に日本を自転車で周遊していて、その道中で出会った猟師さんに狩猟に連れていってもらいました。
最初は戸惑ったんですが、止め刺しと解体を目の当たりにして、「命をいただくってこういうことなんだ」と実感しました。
私たちは日頃、当たり前のようにお肉を食べています。食べることは人間にとって根源的な営みだし、動物に感謝して命をいただくことって、やっぱり大事なんだと。
狩猟に立ち会って、動物の命の尊さを実感しましたし、もう少し土を感じて、森の中に自分の身を置いておきたいとも思いました。
それまで東京を拠点に暮らしていましたが、快生館のリニューアル話も重なって、福岡に移住して狩猟免許を取りました。
いまでは森の中で生きていることが、私にとって大事な価値観になっています。
――ところで狩猟免許って、猟銃で動物を撃つのではないのですか?
宿野部:狩猟免許には、大きく分けて「銃・わな・網」の3種類があります。
私が持っているのは「わなの免許」です。筆記試験と、どうやって動物にわなをかけるかという実技だけで、割と簡単な試験だと言えます。一方で猟銃はちょっとハードルが高いと聞きます。網は野生の鳥を捕まえるために必要な免許です。
わなの狩猟免許があれば、鹿や穴熊(アナグマ)も捕まえることができます。穴熊はすき焼きにすると、すごくおいしいんですよ。

狩猟をする宿野部さん(提供)
――福岡に移住する前は、国内外を転々としていたそうですね。
宿野部:父が国際協力の仕事をしていて、幼い頃はフィリピンに3年、グアテマラに2年半、住んでいました。その他にもいろいろな国をめぐってきて、「遊牧民」のように転々と動いてるのが私にとって当たり前。帰国後は東京を拠点にしながら、京都の大学に通ったり、フランス留学したりしていました。
会社員として約5年半働いたのちに、2019年からコロナが本格化する前の8カ月間で、自転車で日本周遊を始めました。
とにかく、いろいろな人間と出会ってきた自信はあります。どんな人とでも仲良くなれる、どんな場所でも物おじせずに飛び込めるのは、コミュニティマネジャーの仕事に役立っているかな、と思います。
――どんなところに仕事のやりがいや楽しさを感じていますか?
宿野部:ドロップイン(一時利用)の人が「快生館で心地よくワークができました」と言って、また戻ってきてくれるのは、やっぱりうれしいですね。
「狩猟体験ワーケーション」という奇抜な企画の他にも、天然温泉を生かした「湯治ワーケーション」といったさまざまなイベントで、福岡の面白い人たちをどんどん巻き込んでいくところにも、やりがいを感じています。
仕事の中で、最も楽しいと感じる瞬間はどんな時ですか?
スキルシェアして企画を実現させる時
チームメンバーで試行錯誤しながら企画を実現させる時にやりがいを感じます。
デザイン、SNS発信、コミュニケーションなど様々なスキルや強みを持ったコミュニティーマネージャーがいるので、みんなで補い合いながら企画を準備するところから実現まで成し遂げることが大変ですが面白さを感じます。
例えば私は特別な専門スキルはないのですが関係構築力、巻き込み力が強みと自負しているので、何かイベントを実施する際に、この人をこのイベントに巻き込んだらより面白...
くなるんじゃないかと見極めて、実際にそれを実行するまでディレクションすることを得意としています。逆に苦手な部分も自覚して、それを得意な人に頼ることでより精鋭なチームになり結果いいものが出来上がると思っています。
――全国の自治体がワーケーション利用者を誘致しようとしています。ただ広がりや利用者は、まだ一部にとどまっているのが現状です。何が必要でしょうか?
宿野部:その土地ならではの体験を提供できるか、が重要だと思います。
快生館で私は常に、こうした山の中でしかできない体験や、行政の場所として地域資源とうまく組み合わせられないかを意識しています。そんな体験を提供できる施設が増えることで、ワーケーションの需要もより増えていくと思います。

宿野部さん(左から2人目)と同僚(提供)
――今後チャレンジしたいことを教えてください。
宿野部:海外で育ってきたので、インバウンド客を呼び込みたいです。私はディープなカルチャーが好きで、それらを発信したり体験するツアーを作ったりしたいと思っています。
実は日本の性文化に興味があって、熱海秘宝館やストリップ劇場に行ったり、ラブホテルを巡ったりしてきました。奇祭に行くのも好きなんですね。日本の奇祭は海外からみても、オリジナリティが結構あるなと思います。
こうしたサブカルに触れるイベントを企画して、発信していきたいです。福岡にはそうした場が少ないので、九州全体を巻き込んでいけるかが課題ですね。
この職業について未経験の人に説明するとしたら、どんなキャッチコピーをつけますか?
「働くっていいかも!」では、友人の紹介もしてもらって、“ビジネスの輪”をつないでいきます。「コミュニティマネジャー編」の次回は、宿野部さんのご友人である楽さんへのインタビューを公開予定です。
(文:池田怜央、映像編集:庫本太樹、長田千弘、デザイン:高木菜々子、編集:野上英文)