「大学での研究が将来に生かせるのか分からない」
数学や物理学、生物学などを専攻する理学部生の中には、こんな不安を抱えている人も少なくないのではないだろうか。
経済学部生のようにビジネスを学んだわけでも、情報系のようにプログラミングを本格的にやってきたわけでもない。学部推薦でメーカーの研究職に就く先輩が多いためか、就職先の選択肢も少ないように感じる......。こんな悩みに突き当たりがちだ。
しかし、数学の博士課程を経て経営コンサルタントやシリアルアントレプレナー(連続起業家)として数多くのビジネスを経験してきたスローガンの織田一彰(おだ かずあき)さんは次のように語る。
「理学系の研究で培った科学的な見識は、さまざまなビジネスの現場で必ず役に立ちます。大事なのは、その『役立て方』を学ぶことです」
織田さんが言う「役立て方」のコツとは?自身がもし22歳だったら、どんな行動を取るのかを聞きながらひも解いていこう。
近年のビジネスシーンでは、理学部生が身に付けている思考習慣が非常に重宝されるようになっています。
現状をとことん分析して成功や失敗の原因を探り、客観的なデータを基に次の一手を導く——。こういう科学的なアプローチが、多くの職種で求められるようになっているからです。
例えば、ゲノム解析の考え方は市場分析で非常に役立ちます。遺伝子情報がどのような性質に対応するか分析する作業は、マーケットの分析と実は非常に似ていると思います。
ただし、私の実体験として、学生時代に習得した思考習慣を実社会で生かせるようになるまでには、いくつかのステップを踏む必要があるでしょう。
その一つが、人間がつくる社会や組織についての理解です。まずは科学的な知識を生かす「場」と、それを形成する人間そのものを知らなければなりません。
なので、私がいま22歳の学生だったら、2年休学して世界中を回る旅に出ると思います。
例えば、お金をもらいながら各国を回れるように、JICA(国際協力機構)の海外協力隊が募集しているプロジェクトに応募してみるとか。留学するにしても、トルコのイスタンブールやベルギーのブリュッセルなど、さまざまな文化が入り混じる都市を回ってみたいですね。
そういう場所で、レストランのウェイターをしてみるだけでも、日本国内で学生インターンをするより多くの気付きが得られるはずです。
自分とは全く違った考えを知ることや、異なる文化に触れることが、学校では学べない本物の知見を得るきっかけになります。
私がそう実感したのは、新卒入社したアンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)の本社研修で、初めてアメリカに行った時でした。
当時は28歳になっていましたが、「もっと早く行っておけばよかった」と思ったのを覚えています。
その後、アンダーセンのアメリカ本社でいくつかプロジェクトを担当した時も、さまざまな気付きがありました。
例えば、日本人は真面目過ぎるということ。戦略コンサルファームの本社だけに、世界中から優秀な人たちが集まっていましたが、そんな彼らですら雑なところが多かったのです。
プロジェクトが佳境を迎えた金曜の夜、「明日もオフィスに集まろう」と皆で決めていたのに、次の日になったら誰も来ないこともありました。「だって土日は休日だよ」と(笑)。
文化が違うと言えばそれまでですが、「勤勉さ」と「優秀さ」は違うのだとこの時に学びました。
一方で日本人の場合、決められたことは無条件で守ろうとします。むしろ「ルールが間違っている時でさえ誰も文句を言わない」という問題があると感じています。
システムの中に組み込まれて思考停止になっていないかは、常に気を付けておくべきかもしれませんね。
このような実体験に基づいた気付きは、とても大事だと考えています。
というのも、いまはネット上に氾濫する二次情報やSNSでの拡散によって、真実に近い一次情報に触れる機会が少なくなっているからです。
知識が溢れ過ぎているので、真実を見分けるスキルが必要になると思います。そのために大切なのは、実態に近い一次情報に直接触れることです。
「卒業が遅れて就職で不利になる」と不安になる必要はありません。いま22歳だとしたら、これから50年も働くわけですから。
20代のうちにこうした刺激を受けることは、とても有意義なのです。