高校3年生からヴィーガンを実践。きっかけは「不条理へのモヤモヤ」
──工藤さんご自身もヴィーガンというライフスタイルを実践されていますよね。何が契機になったのでしょうか。
工藤:きっかけは、高校3年生の頃にさかのぼります。
学校帰り、車にひかれた猫を見つけて、人間が作った乗り物によって動物が犠牲となっていることに大きなショックを受けました。帰宅して動物のことを調べると、交通事故だけではなく、保健所の殺処分や畜産など、人間の都合でおびただしい数の生き物が命を奪われていると知ったのです。
もともと私は環境問題に興味があり、「先進国の活動が途上国への環境負担となる」という不条理さにモヤモヤを感じていました。動物に対しても同じで、家畜動物や殺処分される動物への不条理が、どうにも受け入れることができなくって。
以前からモヤモヤと感じていたそんな思いが一気に噴き上がってきて、自分に何かできないだろうかと考えた末に「ヴィーガンを実践しよう」と決意したという経緯があります。
その翌日から家族に協力してもらい、肉や魚、牛乳や卵などを食べないヴィーガンの食生活を始めました。
──一方に負担が偏る、しわ寄せがいく社会課題の構造にモヤモヤされていたのですね。なぜそこからヴィーガンを事業にしようと考えたのですか?
工藤:これは実際にやってみて分かったのですが、現在の日本でヴィーガンの食生活を続けるのは、現実的に難しいことが多いのです。
そもそもヴィーガンの食料品を購入できる場所が少ないですし、自炊しようとしても材料が限られているので、料理のレパートリーが広がりにくい。友達と外食することになっても、ヴィーガン対応のメニューがないお店には一緒に行けません。
SNSやイベントでも、ヴィーガンやベジタリアンの方々と関わるうちに、同じような悩みを抱えている人がたくさんいることを知りました。
その中でヴィーガンやベジタリアンに興味はあるけどハードルが高くて始められない、続かないという声を聞き、誰もがヴィーガンを選択できる、続けられる環境づくりをしていきたいと考えました。
そこで大学1年生のとき、まずは大学食堂にヴィーガンメニューを導入する活動をしたんです。その後、神戸のヴィーガンカフェで店長を経験し、北海道から沖縄まで日本全国を回って、ヴィーガンやベジタリアンの方々にお話を聞きました。
そこで出会った人たちと一緒にヴィーガンのコミュニティをつくり、大学2年生のときには休学してNPO法人を立ち上げました。
──学生時代からたくさんの人に出会い、積極的に活動されていたのですね。
工藤:そのときは「失敗したら大学に戻ればいい」と思っていたので、それほど不安は感じなかったんですよ。むしろ、失うリスクのない自分が先陣を切って走り、大きな組織に育てて、みんなが一緒に活動できる場所をつくりたいと思っていました。
その後2019年に、ヴィーガンレシピ投稿サイト『ブイクック』をリリースしました。2020年に株式会社を立ち上げ、サービスを引き継ぎました。事業内容は変わっていないのですが、株式会社のほうが迅速な意思決定や、まとまった資金調達をしやすいと考えたのです。
設立後は、クラウドファンディングで、『世界一簡単なヴィーガンレシピ』(神戸新聞総合出版センター)という本を出版したり、ヴィーガン生活を支える冷凍弁当の定期便サービス、ヴィーガン商品専門のネットスーパーなどをリリースしたりしています。
──次から次へと活動を広げ、法人化されて事業領域も拡大されている。かなり順風満帆にも見えますが、「壁」にぶつかったことはありますか。
工藤:NPO法人を設立した後、最初に立ち上げたヴィーガンレシピ投稿サイト『ブイクック』を収益化するための仕組みづくりには苦労しました。
今はSNSに合わせて約15万人のフォロワーさんがいて、ヴィーガン生活を支えるレシピといえばまず思い浮かべてもらえる存在になっているのですが、当時はまだ、ヴィーガン商品を扱う企業が少なく、広告収入を得ることも難しかったのです。
広告収入が難しければ、収益化のための商品開発が必要だったので、自分で小麦粉を買ってきて、自宅で動物性食品を使わないホットケーキミックスを試作したり、ドレッシングの開発を目指して友人に試食してもらったりと、試行錯誤を繰り返しました。
その間にヴィーガンを実践する人たちやブイクックユーザーの方々の話も聞いてまわっていて、当事者の話を聞けば聞くほど、「ヴィーガンをやってみたい。栄養バランスにも気を配りたい。でも、時間がないから自炊は難しい」という課題の根深さも見えてきました。
その課題や収益化を解決するために、ヴィーガン冷凍弁当の宅配サービス『ブイクックデリ』をリリースすることで、何とか最初の壁を乗り越えられたと思っています。
──次の手を考えて行動し続けることで、壁を乗り越えてきたのですね。工藤さんは、なぜそのようなチャレンジマインドを持ち続けられるのでしょうか。
工藤:学生時代、全国を回っているときに「大人になって家族が増えたり、社会に出て会社で役職に就いたりすると、ヴィーガンの活動をしたくても時間をかけられない」という話をいろいろな方から聞きました。
ならばリスクを気にせず挑戦するために、失うものがない状態で、早いほうがいいな、と考えていたんです。
実際に僕は能力も、知識も、経験もない状態で起業しましたが、資金調達をして大きなお金を任せてもらったり、社員が入ってきたりすると、「自分が何とかしなければならない」という責任感も生まれるものだと実感しました。
常に自分の能力よりも高いレベルの課題に立ち向かうことで、成長スピードも上がるのだと思います。
イメージとしては、中学1年生が高校3年生の数学の問題を渡されて、何とか頑張るという感じでしょうか。もちろん大変ですが、あの手この手で試行錯誤して挑み続けていれば、やり切った時には違う景色が見られるのだと思います。
──若いからこそリスクを気にせず行動できる。とはいえ若くても「失敗したらどうしよう」という怖さはあるかと思います。
工藤:僕自身は、「人の話を聞く」ことでいろんな壁を乗り越えてきたように思います。
例えばヴィーガン食品を取り扱っている企業や、EC事業を手がけている方たちの話を聞いたり、起業家の先輩に採用や資金調達について教えてもらったりと、自分に経験がないことは先人の知恵を借りながら進めてきました。
その他にもとにかく全国各地でいろいろな人の話を聞いたりアドバイスをもらったりすることで、そのリスクは軽減されるものだと思いますし、賛同してくれる仲間も増えていきます。
実際に今、ブイクックにはさまざまな形で関わってくれているメンバーが15人ほどいて、一人でNPOを立ち上げたところから、ミッションに共感してくれる人がどんどん増えていきました。
さまざまなメンバーに協力してもらいながら、同じ意志を持って全力で課題解決に取り組んでいけるのは、すごく幸せなことだなと日々感じています。
「この課題を解決したい」という想いから、小さな一歩を踏み出そう
──さまざまな人の話を聞くことで、知識や仲間を得てきたのですね。その勇気と行動力はどうすれば養えると思いますか?
工藤:「この課題を何とかしたい」「困っている人を助けたい」と内から湧き上がってくる想いは、人間のもっとも美しい部分の一つだと思います。日常の中でそんなきっかけに出会ったら、まずはその想いを大事にするのがいいのではないでしょうか。
僕は高校生のとき、たまたま車にひかれた猫を見つけたことがきっかけでヴィーガンを始め、ヴィーガンの人たちと知り合って、課題を知ることになりました。
いきなり「起業しよう」などとハードルを上げると動きにくくなるので、最初はビジネスには関係なくても、自分の中の小さな一歩でいいと思うんです。
それが僕の場合は学食にヴィーガンメニューを導入することでしたが、例えば動物倫理に課題を感じたから牛肉を買う回数を減らして大豆ミートを食べるとか、SNSで情報発信をするなど、自分にとってハードルが低いことから始めてもいいと思います。
ヴィーガンに限らず、そうやって行動すると、新しい情報が入ってきたり、次にやることが見えてきたりするはずなので。
──まずは自分の内にある感情から一歩踏み出してみることが大切だと。最後に工藤さんの今後の挑戦や、展望を教えてください。
工藤:ブイクックとしては「Hello Vegan!な社会をつくる」というミッションを掲げていて、誰もが気軽にヴィーガンを始め、楽しく続けられる環境を実現するため、さらにサービス領域を広げていくつもりです。
「近所に外食できる場所がない」「同じ食生活の人と出会いたい」「旅行先でもヴィーガン対応の食事がしたい」など、さまざまな生活課題を一つ一つ解決していきたいですね。
僕個人としては、ブイクックの事業は「1社目の挑戦」ととらえているんです。もちろん、ヴィーガンの課題解決には今後数十年かけてじっくり取り組んでいくつもりですが、ブイクックで得た知識や経験、人脈をもとに、いずれは別の社会課題を解決することにもチャレンジしたいと考えています。
(文:高橋三保子、デザイン:高木菜々子、編集:井上倫子)