ITやAIが進化しても「人間にしかできないこと」はある
──土井さんはルイ・ヴィトン ジャパンで2012年に顧客保有数全国No.1を記録しています。No.1になるまでの経緯を教えてください。
私は2001年にルイ・ヴィトン ジャパンに新卒入社して、2020年に退職するまで自身の希望で一貫して販売現場に立っていました。その間、2005年と2008年に2度の産休育休を取得しています。
個人的な転機は、2008年のリーマンショックと2011年の東日本大震災。それまではルイ・ヴィトンのブランド力もあり、笑顔で接客していれば当たり前にモノが売れていたんです。しかしリーマンショックと東日本大震災の経済活動への影響は大きく、「売れるのが当たり前」の状況は一変しました。
当時は育休明けでプライベートでは子育て真っ只中、そしてこれまでのやり方では売り上げも上がらない。焦りを覚えた頃に接客に対する向き合い方が大きく変わって、一店員としてのコミュニケーションではなく、人と人との関わりを重視する接客にシフトしました。
例えば、震災後は「ご自宅の被害はなかったですか?」「ご家族とはすぐに連絡が取れましたか?」とお声がけするなど、売るための会話ではなくパーソナルな会話を通して、お客様との関係性を築くことを優先したんです。
そうするうちに徐々に「私と話しに来てくれるお客様」が増えて、比例して売り上げも上がっていきました。全国1500人の販売員の中で顧客保有数1位を獲得し、その後も常に150人以上のトップ顧客数を保有できるまでになったんです。
現在はルイ・ヴィトン ジャパンを退社し自身の会社を立ち上げ、強みとしている「顧客づくり」をテーマに企業へ研修やセミナーを提供しています。
──近年は販売や接客でもAIやITの活用がトレンドとなっています。この現状を、長年接客現場を見てきた土井さんはどう感じていますか?
ラグジュアリーブランドの業界でIT導入が最も早かったのは、おそらくルイ・ヴィトンだと思います。最初に販売員にスマートフォンが支給されたのが2014年頃で、当時からすでにLINEでお客様と個別に連絡を取っていました。
端末を通じたCRM(顧客管理)ツールも導入していて、お客様の情報を把握していたんですね。当時は販売員一人一人に対して、そこまでするブランドはごくわずかだったように思います。
皆さんご存じの通り、接客・販売業においてデジタル化が加速したのはコロナ禍でした。ECサイトの強化やオンライン接客を取り入れる企業が増えました。
例えば、顧客が気になっている商品やそれにマッチする商品を並べたデジタルの店舗空間を設計し、1対1で販売員が商品を紹介し、購入となれば決済画面に進める。進化した空間と高精度のAIによるレコメンド機能、そこに販売員の接客力が加われば、リアル店舗にも劣らない体験ができるだろうと感じました。
ただ、どんなにITやAIが進化しても、人間にしかできないことがあると私は考えています。目の前にいる方のパーソナルな情報を知ってこその提案は、まだAIには難しいですから。
どちらがいい・悪いではなく、デジタルに人間ならではのエッセンスを取り入れることで、より質の高い接客が提供できるのだと感じています。
──デジタルの活用と、人間にしかできないこと、どうすれば良いバランスが取れるのでしょうか。
販売員自身が「熱量を注ぐべきところ」をキャッチアップできるといいと思います。
例えば、現代のお客様は来店前にひと通りの情報を調べている方が非常に多い。カバンであれば、ポケットがいくつあって、ストラップが付いていて、A4サイズのパソコンが入るといった機能面はすでに知っていることが多いんです。
だとすると、機能的な魅力を語ったところで相手には響きませんよね。目の前のお客様が、どんな情報を求めているのか、何を知りたくて店舗に出向いたのかを見極め、そこに「熱量」を注がなければなりません。
例えば自身のファッションとどう合わせられるか、職場でどう使えるかといった、その商品を購入した未来を知りたいのかもしれない。だとしたら販売員が熱量を注ぐべきところが見えてくるのではないでしょうか。
──既にデジタルを使って解決しているところとは別の部分を探すということですね。では土井さんは「AIやデジタルには負けない、人間らしい強み」とは何だと思いますか?
「パーソナルな会話」を通したつながりの構築は、まさに人間らしい強みだと思います。お客様とのつながりが、自分自身やブランドのファンにつながるはずですから。
私の話を例にすると、私がルイ・ヴィトン ジャパンに入社した直後から約18年間、私を指名して通い続けてくださったお客様がいました。
初来店当時、彼は高校生で、入社したばかりの私と年齢が近く、お互いに千葉から新宿に通学通勤している共通点もあり、パーソナルな会話が盛り上がったのです。
そのときに彼はファーストヴィトンとしてキーケースを購入され、その後は「彼女にプレゼントを買いたい」とギフトを購入されたり、キーケースとおそろいのシリーズの財布を購入されたり、2〜3年に1度の頻度で通い続けてくれました。
彼のプライベートな話も聞いていましたから、ある日は「婚約したから」と彼女を紹介しに来てくれて、次は彼女への婚約指輪を購入していかれました。なんとその後は結婚式にもご招待いただいて。さすがにその時はチャペルのみ参加させてもらいました(笑)。
その後も細々と関係は続き、私が退職する直前には「使うたびに土井さんを思い出せるように」とリュックを購入してくださったんです。
18年もの間、お客様の人生に寄り添えたことはとても記憶に残る経験でした。少額からスタートしても、人の力でつながることで長くブランドのファンになってもらえる。それこそ私が大事に思っているところであり、人間でなければできない強みだと強く思います。
──すてきなエピソードですね。そういった関係構築のために土井さんが意識していることはありますか?
関係構築のためには聞いているばかりではダメで、共通点を探しながら自身のパーソナルな部分を開示していく努力が求められます。例えば「私もこういうふうに感じている」「私もこんなところに興味がある」といった自己開示ですね。
特にラグジュアリーブランドの販売員は、全員が同じ制服を着て、同じメイクや髪型で店頭に立っているので、覚えてもらうことが難しいんです。外見でインパクトを残せない分、“内面”をお持ち帰りいただかなければ、と思っていました。私の経験上、それができない限りリピート顧客にはつながりません。
私から買ってもらうからには、素晴らしい体験ごとお持ち帰りいただきたい。ECでも、どの店舗でも、同じモノを同じ値段で購入できるからこそ、「土井さんから買いたい」と思っていただけるように。そんな思いで接客をしてきました。
──今後AIが普及したとしても、接客・販売職には「人とのつながり」が重要になるのですね。その他、スキル面で必要な素質はありますか?
うまくITツールやAIと付き合っていくためのタスク・タイムマネジメントや、お客様が求める接客を提供できる使い分けのスキルが求められると思います。
私はアナログ時代に販売員を経験したからこそ、今のAIやITの利便性を痛感しています。手書きのDMと同じ時間で何倍もの方にアプローチできるなど、ツールで便利になるのは非常にありがたいですよね。
一方で、便利なツールが次々登場したがゆえに、本来であれば目の前にいるお客様が最優先であるべきなのに、店頭に立ちながらスマホを気にしてしまうこともあるように思います。
最近の店舗では、店頭で下を向いてスマホを見ている販売員の方が多いなとも感じます。インスタの投稿にDMの返信など、ツールが増えた分細かいタスクも増えているんですよね。
でも目の前のお客様を後回しにするのは非常にもったいないし、本末転倒ですよね。タスクをこなすタイムマネジメントスキルを磨きつつ、接客では人にしか出せない温かみで「ファンにする力」を養ってほしいなと思います。
あと最近では、外国人観光客など短期で大きな売り上げにつながるお客様も多いので、つい“売り”に走りたくなることもあるかもしれません。
もちろん売れたらアドレナリンがドバドバ出るような気持ちのいい感覚もありますが、「〇〇さんに会いに来たよ」と自分を指名して来てくださることには、また違った大きな喜びがあるはずです。
外国人観光客などスピーディーな対応を求められるお客様、長きにわたって自分やブランドのファンになってくれるお客様、その2軸の接客スキルを持てると良いかもしれません。
──2軸の接客スキルを養うためには、どんなアクションをとるといいでしょう?
私自身が若手時代にやっていたのが、魅力的な先輩の観察や笑顔の練習です。
先輩を見て「このフレーズいいな」と思ったらまねしてみる、自分の顔がお客様からどう見えているのかを意識して鏡の前で笑顔を作ってみるなど。今だとSNSでも接客スキルを学べますよね。
とはいえ、高いスキルを持たずとも「今の自分だからファンになってくれるお客様」もいます。ベテラン販売員よりスキルや経験は未熟でも、若い世代の方にとっては共感しやすい存在であるはずですから。
今の自分のキャラクター、年代だからこそつながれる方を大事にしながら、少しずつ顧客層を広げる努力をするといいのではないでしょうか。
その先に「あなたと出会ったからブランドを好きになった」「あなたと出会っていなかったら買わなかった」と言葉をかけてもらえる販売員への成長があります。それは必ず、デジタルが普及しても変わらない自分だけの武器になるはずです。
(文:小林香織、デザイン:高木菜々子、編集:井上倫子)