──まずは、ゆうさんがアメリカで働くことになった経緯について教えてください。
ゆう:新卒で外資系のコンサルティングファームに就職した後、日本のメガベンチャーに転職し、2013年にサンフランシスコ支社の立ち上げに関わりました。
僕自身は生まれも育ちも日本で、留学経験すらありませんでしたが、たまたま直前に受けたTOEICで良い点が取れていたので、上司に「アメリカ行ってきてよ」と指示されたんです。
そこでは3年半駐在していましたが、紆余曲折あってアメリカ支社がクローズすることになり、僕を含めた現地の駐在員は全員レイオフされまして。
ほとんどのメンバーが帰国する中で、僕はもう少しアメリカでがんばりたいと米Amazonを受けて現地採用され、現在はシアトルのテック企業でデータ分析やプロダクトマネジメントを行っています。
──アメリカの企業は「すぐレイオフする」ようなイメージもあります。コロナ禍でも大変だったのではと思いますが、今アメリカで働く日本人の状況や就職事情はどうですか?
ゆう:コロナ禍に突入した2020年には、現地で働いていた日本人駐在員の多くが帰国しました。GAFAMでも、以前は日本支社からアメリカ本社へ異動してくる日本人が比較的多くいたのですが、そういった人もいなくなり、現地の日本人は減っていくばかりでしたね。
しかしIT業界に限ると、コロナ禍の初期は求人数が増えていたんですよ。大量採用と言っていいほどでした。
そしてしばらくは応募者が優位の「売り手市場」が続いていましたが、コロナ禍が明け始めた2022年後半から大企業での一斉レイオフが始まりました。需要の波が落ち着き、大量採用した人材が余ってきたのでしょうね。
ただ2023年12月現在は、IT業界の求人数が再び増えている印象があります。GAFAMの日本支社からアメリカ本社に異動する日本人も、少しずつ増えつつあって日常を取り戻しているように感じています。
──求人数と人材の増加が正しい状態に戻ってきていると。ではそんな中で今から日本の若手ビジネスパーソンがアメリカで働くとしたら、どのような業界や職種を選ぶといいと思いますか?
ゆう:IT業界の話になってしまいますが、「エンジニア」は相変わらずアツい職種です。GAFAMの大量採用は落ち着いてしまいましたが、それでも求められているポジションはまだまだ多いですから。
──とはいえアメリカでエンジニアを目指すにはかなりハードルが高そうですね…。
ゆう:いやいや、実はアメリカのエンジニアといっても一概に“超ギーク”なスペシャリストでなくても良いんですよ。日本でエンジニアとして通用するスキルや経験があれば十分だと思いますし、技術さえあれば英語が多少不自由でもやっていけます。
マーケターやプロジェクトマネジャー、ITコンサルタントといった他の職種だと、チームを巻き込んで仕事を進めるのでもう少し高い言語能力が求められますが、エンジニアならコードを読めれば専門的な仕事ができるので、現地採用される可能性は高いでしょう。
特に日本人は業務へのコミットメント力が高い特性があるというのがアメリカでの認識ですから、日本で通用する仕事力があれば、こちらではかなり高く評価されるはずです。
しかも給料は日本の数倍に跳ね上がります。例えば、GAFAMの年収でいうと新卒でも2,500万円前後、入社数年で4,000万円前後、シニアになると6,000万円を超えることもありますね。
──入社数年で4,000万円! 夢があります。
ゆう:ただ、サンフランシスコのベイエリアのように生活費が高い場所では、2,000万円の年収では「やっと人並みの生活」ができる程度。それ以下では一人暮らしの部屋を借りるのも難しくなるくらいの金銭感覚ですね。
さらに給与という視点で見るとあまりおすすめできないのは、日系企業のアメリカ支社に現地採用されること。駐在であれば駐在手当がつくので問題ないのですが、現地採用だと現地企業と比較して給料が下がってしまいます。
また現地企業の日本人顧客向けのポジションも、そもそも売り上げが高くならないので、給料が低い傾向があります。
とはいえ、これらは日本人にとって勝ち取りやすいポジションであることは確かなので、ここを入り口にアメリカへの移住、経験を積んで転職を狙うのもアリかなとは思います。
──ある程度の英語力と、日本でも評価される仕事力を持ってアメリカ現地法人で働くことが最強のようですね。ではアメリカで若手日本人がキャリアのチャンスをつかむには、どんなマインドや行動が求められると思いますか?
ゆう:アメリカで働くにあたって、第一に考えなければならないのが「ビザ」です。外国人を採用してビザを与え現地に移住させるのは、雇用主からするとそれなりのリスクや労力が伴います。それでも採用したいと思える優秀な人材でなければ、そもそも現地企業の採用は勝ち取れません。
とはいえ世界で通用するような卓越した能力を持っていたり、アメリカの優秀な大学を卒業していたりなどのアドバンテージがある人はごく一部ですよね。
このようなレアケースを除いて考えると、たとえエンジニアなどの専門的なスキルや十分な英語力を持っていても、現在日本に住む日本人がアメリカ企業に現地採用されるのは非常に難しいです。
そこで、実現可能性を高める戦略として、まずはアメリカに支社を持つ日系企業、またはアメリカ企業の日本支社に入社して、その後にアメリカへの異動を狙うのが賢い方法だと思います。
──ビザ取得のハードルを下げるために、まずはチャンスをつかみやすい環境に行くと。
ゆう:ええ。そしていざ面談を受けるチャンスが巡ってきた時のために、技術力や数字を伴う実績など自己アピールできる材料をできる限りそろえておくことも重要です。
アメリカ人は自己アピールのスキルが秀でているので、「自己アピールしない=無能」だと思われてしまうほどですから。良い大学を出ていても、大企業での勤務経験があっても、その事実だけでは不十分なんです。
レジュメで能力を察してもらうのではなく、「私は優秀な人材です」と臆することなく面接官に言えるほどの胆力が求められます。
英語力に関しては、TOEICなら最低800点、できたら900点は欲しいところですね。現時点でスキルが不足しているのであれば、900点を目指して勉強に励むといいでしょう。
──日本の若手ビジネスパーソンがアメリカ就職に挑戦するにあたって、他にハードルはありますか?
ゆう:僕はX(旧Twitter)などでアメリカ就職について情報発信をしているので、「アメリカ企業に転職したいがどうすればいいか」とDMをもらうことがあります。
しかし、実際に話を聞いてみると「どこかの企業に応募して、採用されたら現地で働けるのかな」くらいに考えている方が結構多いんですよね。
現地で働きたい思いは持っていても、就労ビザなどの情報は知らない。アメリカで働くために必要なビザの情報ぐらいは、事前に調べておく行動力を持つといいのかなと思います。
──情報を調べることを怠って「実情は何だか分からない」とハードルを作ってしまう人が多そうですね。では最後に、アメリカ転職を通じて「良い転機」をつかみたいと思っている若手ビジネスパーソンに、現地で働く先輩としてメッセージをお願いします。
ゆう:僕の場合は自ら望んだわけではなく、たまたま現地で働くことになったのですが、日本にいたら到底叶わなかった年収やポジションを得ることができたのは、非常に幸運だったと思います。
「英語」と「IT」という2つの武器を持てたことで、将来別の国に移住したとしてもやっていける自信も身につきました。世界中どこに行ってもやっていけるという自信によって、キャリアの選択肢の幅も広がりますしね。アメリカで働いたことで確実に、キャリアや人生が拓けたように感じています。
だから今、日本で仕事がうまくいっていなかったり、人生を変えたいと思っていたりする人には、一度アメリカでの転職も考えてみてほしいですね。今は英語に自信がない、海外就職のことがよく分からない、そんな人でも行動さえ起こせばキャリアを拓くきっかけになるはずです。
(文:小林香織、デザイン:高木菜々子、編集:井上倫子)