——ニュースでは「コロナ禍を乗り越えて、今スタートアップ業界が盛り上がっている」と耳にします。実際に採用や人材の動きは右肩上がりなのでしょうか?
高野:正直なところ、コロナ禍前後という視点では求人に大きな変化はないんですよ。もちろんコロナ禍が始まった2020年春には採用活動を控えようとする動きがありましたが、ニューノーマルという言葉が常態化した頃からは関係がありません。
データを見ても、求人倍率は2020年8月を皮切りに全体で伸び続けていることが分かります。実感値としてスタートアップはさらに深刻な人手不足で、全ての職種とレイヤーで人が足りておらず、需給のバランスが悪い印象です。
——スタートアップの求人自体は常にたくさんあるけれど、人材が足りていない。
高野:そうですね。スタートアップへの投資自体も2023年上半期に下がってはいるものの、これはコロナ禍で伸び続けていた投資が一時停滞しただけだと見ています。スタートアップ業界の採用に対する投資熱は依然として高まったままで、CXO、マネージャーはもちろんメンバー層を欲しがる企業も多い。つまり、若手で経験が浅い人にも門戸が開かれている状況と言っていいはずです。
——経験が浅い人材でも、スタートアップで活躍できるチャンスが広がっているのですね。
高野:ええ。ただ大手企業と違って、スタートアップは一つのポジションに大量採用をしていないので、希望する求人の選考難易度が低いわけではないことには注意しなければなりません。
——では実際に、若手がスタートアップで“良い転機”を掴むにはどうすればいいでしょうか。
高野:正直なところ、企業や職種を選ばずに受け続けていれば、どこかしらの企業には決まってしまうと思うんですよ。それだけ売り手市場になっていますから。
その中で自分だけの“転機”を生むためにはどうすればいいのか。まずは大前提として自分自身の「ベンチャーマインド」を醸成することが絶対条件です。
ベンチャーマインドとは、好奇心やチャレンジ精神などが挙げられますが、中でも最も重要なのは自分で考えて自分で動く、自走する力です。特にスタートアップでは朝令暮改されることも多かったり、そもそも何をすれば良いのかが決まっていなかったりするので、フレキシビリティを持って積極的に自分から仕事を取りにいく姿勢が求められます。
このマインドさえあれば、これまでスタートアップ業界で働いたことがない方や、大幅に職種をチェンジする方であっても活躍できるでしょう。
反対に仕事の結果にコミットせずに、「自分の仕事ではない」と言い訳をする人は活躍できない世界。スタートアップでは仕事と仕事の間にボールが落ちるようなことがよくありますから、「これって誰がやるの?」という時に自分でボールを拾ってコミットする意識が求められます。
——まずはベンチャーマインドを意識的に磨くこと。では“転機”となる企業や業界はどのような視点で選ぶといいですか?
高野:具体的にどの業界や企業かというのは「誰にも分からない世界」なのが実情ですが、比較的新しい産業にチャレンジするのがいいのではないでしょうか。
よく言われるのは「逮捕者が出るような業界」にはチャンスが転がっている可能性は高いということです。
もちろん犯罪だと分かっていて詐欺まがいのような悪いことをしている企業は論外ですよ。しかし、例えば最近では仮想通貨界隈で逮捕者が出ましたが、これは最初から悪いことをしようとしたわけではなく、産業が新しすぎてルールが決まっていないような世界で走り始めたからこそ起きてしまった結果ではないでしょうか。
このようにルールが決まっていない、参入者も少ないような新しい産業であれば、相対的に若手や経験が浅い人材にもチャンスが広がっていると言えます。
その他にも、今はESG(環境・社会・ガバナンスを考慮した事業活動)関連に新たに投資が集まっているので、そのあたりの業界でもキャリアは拓けるかもしれませんね。
ただ、繰り返しにはなりますが、結局のところスタートアップは「その人自身が活躍できるかどうか」が重要なので、「この会社や業界が良い・悪い」と探るのではなく、自分が活躍できる場なのかをシンプルに考えればいいと思いますよ。
——では「自分が活躍できる場」はどのようにして見つければ?
高野:それは面接やカジュアル面談(社員と候補者がカジュアルに対話して、相互の理解を深める)の場で見極められます。
このポジションには何が求められるのかを企業に聞いて、それができると思えるか、やってみようと思えれば、あまり心配はないと思いますよ。特にスタートアップでは企業側に採用するプロがいないことも多いので、自分でしっかり確認した方がいいですね。
ただしこの時に「大型で資金調達したスタートアップだから安心」「安定したスタートアップに行きたい」と考えて企業を選ぶのは危険です。
というのも、大型調達して一気に大量採用したスタートアップは、一時的に組織が乱れてしまうことが多いんですよ。大量採用したけれど組織が乱れて、思ったよりも売上がアップしないという問題が起きることが度々あります。
一方で出来たばかりのスタートアップは「リスクが高い」と考える人も多いですが、冒頭でお話した通り、業界は常に人手不足なので、仮にそこが倒産したとしても、良い人材であれば引く手あまた。メンバーとして入社してキャリアを積むにはリスクも低いわけですから、若手こそ安定を求めずに「ワケが分からないからこそ挑戦してみる」のが良いと思いますよ。
——若手がスタートアップで転機を見つけるには「自分が活躍できる場」を探すこと。その他に今すぐにできるアクションはありますか?
高野:繰り返しになりますが、スタートアップではどの業界や職種だろうと、自走して結果を出すことが求められます。そこで自走力、結果を出す力を磨くためにできる簡単な一歩は、ビジネス用のSNSのアカウントを開設して、フォロワー数1万人以上を目標にすることです。
SNSは現代社会における学歴と職歴の代わりになるもの。SNSで目立っていたり、検索して出てくるようになったりすればスカウトもされやすいですし、広報系の仕事に就きたい人であれば、それだけでPRにもなりますから。
——とはいえフォロワー1万人以上はかなり難しいと思うのですが…
高野:いやいや、実はそれほど難しいものではないんですよ。SNS運用のノウハウもいろいろなところに転がっていますし。
SNS用に毎日15分でいいから時間を作って、どんな投稿であれば結果に繋がるのかを考える。それだけでもコミット力やPDCAを回す力、ライティングスキルなども飛躍的に上がるはずです。
アカウントを開設して毎日15分作業をするって、誰でも簡単にできることですが、やらない人の方が圧倒的に多いんですよね。逆に言えばそんな簡単なことがチャンスになるわけです。
また仮に会社が変わっても、SNSはキャリアの資産として引き継ぐことができるので、私は最強のビジネスツールだと捉えていますね。
——最後に、スタートアップでキャリアの転機を模索する20代、30代の読者にメッセージをお願いします。
高野:DeNAトップの南場智子さんなどがよくおっしゃっている通り、日本経済はもう泥舟に乗っていて産業が伸びづらい構造。ですから若手がスタートアップに参加しイノベーションを起こすことは、今後の日本ではますます期待されるでしょうし、これから若手がスタートアップに参画するキャリアの価値は高いでしょう。
スタートアップは転機予報でいうと常に“晴れ”が続いている業界ですから、キャリアを飛躍させたい人にこそ、ベンチャーマインドを磨きながら自分自身が活躍できるスタートアップを探してみてほしいと思います。
(文:於ありさ、デザイン:高木菜々子、編集:井上倫子)