日本テレビで報道からバラエティーまで幅広いジャンルの番組を担当してきたアナウンサーの岩本乃蒼さん(31)。今年5月から休職し、関西地方の大学院で防災・減災を学んでいます。
社会人10年目で仕事の歩みから一度離れたリスキリング。離れる不安もありましたが、先輩アナの一言にも背中を押されます。
キャリアの課題と希望、ほかの社会人学生たちとクラスメートになって学び、初めて見えたフィールドについて語ってもらいました。
日本テレビで報道からバラエティーまで幅広いジャンルの番組を担当してきたアナウンサーの岩本乃蒼さん(31)。今年5月から休職し、関西地方の大学院で防災・減災を学んでいます。
社会人10年目で仕事の歩みから一度離れたリスキリング。離れる不安もありましたが、先輩アナの一言にも背中を押されます。
キャリアの課題と希望、ほかの社会人学生たちとクラスメートになって学び、初めて見えたフィールドについて語ってもらいました。
──大学院に進学しました。アナウンサーとして活躍しているさなか、職場から一度離れる決断をした理由は何ですか?
岩本アナ:「いろんなタイミングが重なりました。アナウンサーのキャリアでみれば、災害をより深く伝えるにはどうしたらいいのか、という課題を感じていました」
「プライベートでは、同じ会社で働く夫が関西地方への転勤が決まり、家族と過ごす時間を大切にしたいと感じた時期でもありました。日テレには配偶者の転勤帯同による休職制度があり、利用することにしました」
「学び直しをしてみたいと考えながら、なかなか行動できないもどかしさを感じていたタイミングで夫の転勤が重なり、思い切って休職を選択しました」
──決断に迷いや不安はありましたか?
岩本アナ:「もちろん不安はあります。入社当時から帯番組に携わり、今年3月まで報道番組『news zero』でフィールドキャスターを務めていたので、テレビに出ない怖さがあります。復職した時には周囲の環境も変わっているだろうし、アナウンサーとして置いていかれるという面もあると思います。キャリアを新たに築いていかなければならない大変さと不安を感じました」
「恵まれた環境を自分から手放すことに、zeroメインキャスターの有働由美子さんは『ゆっくりとでも、倍のパワーをつけて帰ってきて。私が30代のときには出来なかった選択だから、とてもうらやましい』と言ってくださりました。復職する時の糧になると感じています」
──災害報道の第一線で、どのような課題を感じていましたか?
岩本アナ:「災害報道のあり方は、東日本大震災から大きく変わったと思います。テレビ局は緊急地震速報や避難情報、警報が出れば『災害から命を守る行動』を強く呼びかけます」
「私自身は東日本大震災の時にはまだアナウンサーでなかったため、現場を知る先輩方から多くを教わり、受け継いできました。生放送中に災害が発生した時の対応のほか、災害情報を伝える訓練も定期的に積んでいます」
「担当したnews zeroでは、全国各地の水害や台風の災害現場に実際に足を運んで取材してきました。その中で逃げ遅れた人に出会ったり、『もっと早く伝えてほしかった』という声を聞いたりも少なからずしました。テレビを見ている方の行動につながるような伝え方をもっとしたい、と考えるようになったのです」
──災害の伝え方を模索する中で、なぜ大学院で学ぶ選択に行き着きましたか?
岩本アナ:「日本テレビのアナウンス部では、気象情報や災害、防災に注力する防災報道班がチームとして設置されていて、私もその1人です」
「警報が出ている地域の人たちに『こうしてください』『逃げた方がいいですよ』と呼びかけることはできます。ただ、視聴者一人ひとりにカスタマイズした情報をマスメディアが伝えるのは難しく、限界もあります」
「現場で被災された方々の話を聞けば聞くほど、『どうすればよかったんだろう』と、なかなか答えが見出せません。答えは一つではないけれど、一度、テレビ取材ではない形で災害や被災地と向き合うアプローチを探したくなりました」
「私たちが参照する気象庁や自治体の情報はどういった仕組みで生まれているのか。災害時の心理や地盤・土壌のシステム。それらをより深く知った上で、では災害時にどんな行動をとったほうがいいのか。学びを広げれば、視聴者に考えてもらえるような情報や選択肢をたくさん届けられるのではと思います」
──大学院では何をどのように学んでいますか?
岩本アナ:「社会安全研究科に所属していて、専攻は防災や減災です。修士課程の1年目なので、幅広く授業を取っています」
「仕事に直結する情報に関連した授業も受けています。地盤災害論という講義では、土砂災害のメカニズムや山の土壌雨量指数の観測モデル、土砂崩れのシミュレーションなど、私がこれまであまり触れたことがなかった理系分野からも学んでいます」
「報道でこれまで伝えてきた大雨警報が土砂災害警戒情報に切り替わるラインについても、より理論的に理解できるようになります」
「私はアナウンサーとして長らく、より“わかりやすく”伝えることに意識を向けていました。今はその背景にある“わかりにくい”ことにあえて向き合って、教わる時間だと感じています」
──交友関係もこれまでの職場とは違いますね。
岩本アナ:「はい、人脈も視野も広がりました。大学院には、学部から進学する方だけでなく、保険会社出身者や自衛隊員、医療従事者だったり、地方自治体の職員だったりと、私と同じように社会人経験のある方々がいて、一緒に学んでいます」
「アクションリサーチという形で社会福祉協議会の関係者たちと街に足を運び、高齢者の方々が実際に避難できるかを見たり聞いたりすることもあります」
「防災・減災といっても様々なアプローチがあり、災害情報に関してはメディアもその一部です。一方、防災や災害について伝えているのはメデイアだけではなく、いろんな業種の人たちが、それぞれの立場で考えていることを知りました」
──キャリアの中断を岩本さんはポジティブに捉えていますね。
岩本アナ:「私も初めは抵抗感がありました。ただ、実際に仕事の歩みから一度離れてみて数ヶ月たって思うのです。キャリアはストップしているのではなく、この間も経験は着実に積み重ねられている、と。災害報道の現場から伝えることで課題感を持ち、始めた学び直しですが、知識を得たり、人脈や視野を広げたりして、今は復職することがすごく楽しみなんです」
「アナウンサーの仕事は楽しいですし、やりがいもあります。ただ、経歴が長くなると、慣れから自分に負荷をかけきれず、成長曲線が鈍っている感覚も否めませんでした。大学院でバックグランドが違う人たちと学び合うなかで、カラカラだったスポンジが水を吸収するように知識や知見が増えていっています」
──今後、どのようなキャリアを歩みたいですか?
岩本アナ:「大学院で防災・減災を学んでるので、研究を深めてスペシャリストになりたいという思いはあります。ただ、私の今回の学びの始まりはあくまでアナウンサーとして、よりパワーアップするためだと考えています。災害と隣り合わせの生活の中で得た学びを社会にいずれ還元して、情報を伝えるプロとしてキャリアを歩み続けたいです」
「『防災がハミガキするくらい当たり前になれば』。教授がふと口にしていたのが印象的です。1人でも多くの方にとって『防災は当たり前』という世の中になるよう、アナウンサーという立場で今後もアプローチできたらと思っています」
(取材・文:比嘉太一、撮影:鈴木愛子、デザイン:高木菜々子、編集:野上英文)