── まずは皆さんが事業開発の仕事に就くことになったきっかけを教えてください。
坂田:私は新卒入社した広告代理店からリクルートに転職した後、事業開発に携わるようになりました。
入社後はフリーペーパー版「SUUMO」の商品企画から始めまして。PL(Profit and Loss statementの略で、損益計算書のこと)などを見ながら、広告価値を上げる戦略立案をリードしていました。
発行サイクルを週刊から隔週に変えて事業の効率化を図りながらも、広告効果を落とさないために商品設計を見直すなど、いろいろと工夫しました。
リクルートからDMMに転職したのは、既存事業の運営ではなく、ゼロから新規事業を立ち上げる経験を積みたかったからです。
── 現在は2021年12月に始まったオンライン診療の「DMMオンラインクリニック」で事業開発をリードしているので、その思いが叶ったわけですね。
坂田:そうですね。
── 同じく「DMMオンラインクリニック」を担当する篠田さんは、どんな経緯でDMMに?
篠田:転職理由は、坂田と同じです。
ただ、私の前職は中小企業のデジタルマーケティングをサポートするベンチャー企業で、事業開発に使える予算はそれほど多くありませんでした。
入社2年目から、お客さま企業のキュレーションメディア立ち上げを支援する新規事業にかかわる機会をいただいたものの、ほかにもたくさん業務がある中でどうしても片手間になってしまうなと感じていました。
それで、もっと事業開発に集中して向き合いたいと考えてDMMに転職しました。
── 2022年12月開始の「DMM TV」を担当している藤田さんは、なぜDMMに?
藤田:私は2人と違って、DMMに入社した当時は投資企画室のメンバーとして働いていました。いわゆる経営企画職の一つです。
新卒でコンサルファームに入り、その後もスタートアップの立ち上げや副業でのCFO(最高財務責任者)を経験してきたので、DMMでも経営管理寄りの仕事を任されていました。
ただ、DMMに転職した理由の一つは、学生時代から好きだったエンタメに事業としてかかわりたかったからなんですね。
そんな背景もあって、エンタメプラットフォームとしてユーザーのLTV(Life Time Valueの略で、顧客1人・1社あたりの「顧客生涯価値」を示す指標)を上げるという経営戦略が決まった後、DMM TVの立ち上げに参画することになりました。
── 3人とも、現在の仕事に就くまでの経験や、持っているスキルが違ったわけですね。
藤田:そうですね。
── そこで聞きたいのが、事業開発における「汎用スキル」はあるのか?です。
坂田:どんな分野の事業開発でも使えるスキルということですか?
── はい。例えば篠田さんはDMMに入社後、アニメ事業やオンラインイベント事業でも新規事業の立ち上げを経験しています。共通して必要だったスキルはありましたか?
篠田:一口に新規事業と言っても、手掛ける事業の内容や、立ち上げのフェーズによってもやるべきことは変わります。
なので、「これができればOK」という汎用スキルはないというのが私の感覚です。
強いて言うならば、事業をリードしていく覚悟のような内面的なソフトスキルは、どの事業でも変わらず求められると思います。
── 例えばどんなシチュエーションで?
篠田:DMMオンラインクリニックの例で言うと、私が主導して「フェムテックプロジェクト」を立ち上げたことがありました。
このプロジェクトは、DMMオンラインクリニックが扱う診療の中で「ピル(経口避妊薬)についての相談が伸びそう」という直感から始まりました。
まずはニーズがありそうかを社内への情報発信で試してみて、フィードバックされた意見をもとに次はユーザーからモニターを募りました。
最終的には、専門家をお招きしたセミナーを開催して......というのを3カ月でやり切りました。
成功するか分からない状況でも、仮説をもってやり抜く。必要なら、社内外の方々を巻き込んでプロジェクトを動かしていく。そんな基本を痛感した3カ月でした。
── スキルよりもマインドが大切だったと?
篠田:はい。
坂田:篠田さんのエピソードには共感しますが、せっかくの座談会なので、私は「汎用スキルはある」という立場で話しますね(笑)。
私はどんな事業を担当する場合も、目標設計のスキルは必要不可欠だと思っています。
── 具体的には?
坂田:新規事業を「最短で立ち上げる」ためのスキルです。
DMMオンラインクリニックの例だと、手掛けるのは保険診療か自由診療か、オンライン診療か対面診療かなど、立ち上げ前に検討するべき事柄はたくさんありました。
そんな中、まずは市場が盛り上がりつつあるオンライン診療で勝負すると決めて、競合サービスを徹底的に研究するのを第一段階にしたんです。
その上で、しっかり利用者を獲得できたら、次は社内の他事業とのシナジーを模索してLTVを高めるのが第二段階......と順番を整理して、優先順位を決めるのが我々の役割になります。
── いつまでに何をコミットするか決める力は、どんな事業でもプロジェクトを進める原動力になるのですね。藤田さんはどう思いますか?
藤田:お2人の意見と概ね同じですね。
確かに事業の目指す姿に応じて、必要なスキルが変わるのは事実なので、その都度インプットしないと前に進めないタイミングがあるものです。なので、必要であれば本を読み、他社事例を聞きに行き、論文を読むこともあります。
営業しなければならない時もあれば、会社の買収が成長施策になりそうならM&A(企業の買収合併)に関する法律を勉強したりもします。
何でも屋と言えばその通りです。
ただ、これを「ゴールに向かって動くスキルセット」と捉えるなら、汎用的に必要とも言えなくはないというか。
── 飛行機を作りながら飛ぶようなスキルということですか?
藤田:そうですね。
── 皆さんが異口同音に話す「ゴールに向かって動く」ため、自分のやりたいことは明確なほうがいいですか?
坂田:好きなことを手掛けたほうがいいか?という意味ですか?
── はい、そのほうがコミットしやすくなると思ったので。
坂田:一概にそうとも言えないと思います。
少なくとも私は、真っ白なキャンバスに絵を描くほうが好きですし、これまでも今も、特に「この領域をやりたい」という思いはなかったです。自分の知らない事業領域を手掛けるほうが楽しいですし。
藤田:私はゲームやアニメ、漫画などのエンタメが好きなので、DMM TVは「得意領域」でやらせてもらっています。
ただ、手掛ける業界やサービスに詳しいことは生かせても、キャッチアップが早いこと以上のメリットはありません。事業開発は、データを見ながら施策を練ることも大切だからです。
例えばDMM TVは「2.5次元・舞台」のコンテンツを一つの強みにしています。これは2.5次元・舞台の配信を購入する方々が、関連グッズや書籍などを併売する傾向が強いとデータで出ているからです。
また、2.5次元・舞台のコンテンツを楽しむ方々が購入してくれる漫画や動画の購買行動が、アニメカテゴリのユーザーと少し違うことも見えてきました。
そういった購買データを基にサービスを拡充したりと、DMM TVの注力分野として施策を打っています。
──「好き」と「データ」のバランスが大事ということですね。篠田さんはどう思いますか?
篠田:DMMオンラインクリニックはまだ立ち上げ初期のサービスなので、データが少ない分、市場と競合はよく見るようにしていますね。
ユーザーとしての視点で競合を見ながら、私たちはどんなサービスをご提供するべきかを考えるようにしています。
坂田:私たちはヘルスケア領域では後発なので、競合となる事業が成長するスキームを研究して真似るのはとても重要です。そこから差別化要素を見つけていく。
データを見ながらの分析は、今まさに行っており、事業の軌道修正に役立てています。
── そうなると、データを分析するスキルは汎用的に必要なのでは?
坂田:強みの一つにはなるかもしれません。
でも、必ずしも「事業開発職に就く前に持っておくべき」とは思わないです。これまでの経験から、業務の中で学んでいけると実感しています。
篠田:私もそう思います。それよりも、駆け出しの頃はPLを作るスキルやプロジェクトマネジメント力が足りないなと悩んでいました。
あとは法務の知識です。どこかできちんと勉強しておけばよかったと思いました。
ただ、ある程度経験を積むと、「ここはもうプロに任せるべきだ」みたいなのも分かってきます。専門家に頼ったほうが早く前に進めるケースは多いですから。
例えばアニメ制作では「製作委員会」が大きな影響力を持っているのですが、アニメ事業を担当したばかりの頃はそれすら分かっておらず、契約まわりで苦労しました。
それでも徐々に理解を深めていくと、委員会の共同契約書が少々特殊な形式だと分かってきて。
結果、法務に契約書作成を依頼する時も「ここが大事だからこういうスタンスで作ってほしい」などと詳しく依頼できるようになりました。
周囲に詳しい人がいるというのは、すごく大事なポイントです。
坂田:その点、DMMは良くも悪くも玉石混淆(こんこう)な会社なので(笑)。社内を歩けば必ず詳しい人がいる、みたいなところがありますよね。
藤田:これだけ事業数が多いと、自分が全く知らない分野について知見を持っている人がいますよね。
篠田:私もだいぶ助けられています。
── 最後に。これから事業開発職を目指したい学生や若手社会人に「何をやっておけばいいですか?」と聞かれたら、どう答えますか?
篠田:いろんなことに興味を持ったほうがいい、とアドバイスすると思います。
── その心は?
篠田:さまざまなビジネスを見て、この事業はどうやって売り上げを立てているんだろうと深掘りしていくと、ビジネスモデルが分かるようになります。
これって、若いうちは特に大切な発見なんです。「こういう儲け方があるのか」と分かれば、別の事業に転用できることもありますから。
坂田:目の前に出された料理が、どう作られたのかを逆算して考えるような感覚ですよね。
篠田:私自身、新規事業のPoC(立ち上げ時の実証実験)をやる中で、何度かそういう習慣が役立ったことがありました。
あとは、適度に飽き性な人のほうがこの仕事に向いているとも思います。利益を出すには、その時々の流行を読み取って動くことも大切なので。
── トレンドを含めて、なぜこうなっているのか?を仕組みとして見る習慣が大切だと。
坂田:ただ、気をつけてほしいのは、仕組みを理解して評論家みたいになってはいけないということです。
事業開発は、結局「自ら手を動かす」ことが何よりも大切です。事業を推進する上で何か問題があった時、問題だけ指摘しても意味がないですからね。
大切なのは、問題に対する課題解決力と実行力、そこまでが備わって初めて事業開発と言えると思います。
特定の何かに詳しくなればなるほど評論家になりがちだと思うので、ここだけは意識的に気をつけてほしいですね。
知っている事柄にこそ謙虚に向かい合え、と自分に言い聞かせることが重要です。
藤田:私はこの座談会の前、まさに20代の若手社員から「どうすれば事業開発職になれますか?」と聞かれたんです。
その時は、まず目の前の仕事について、なぜこの仕事が必要なのかと一つ一つ解像度上げていくところから始めてみては?と答えました。
規模の大きなプロジェクトになればなるほど、事業開発の仕事では一見「雑用」に見えるような仕事も増えていきます。
それこそ、社内外の方々との飲み会を企画して調整することだってあるわけです。
例えば定例会議で使う資料のフォーマットを作るだけの仕事でも、これで本当にメンバー全員が見やすく管理しやすいフォーマットになっているか、最終的に何を求められてるかを考えた上で、アウトプットに落としていく。
その際に、エクセルの関数を使わないと実現できないなら、エクセルの勉強をするなど、目的を達成するためにはどうすればいいかを考え、アクションに落として、成果を出していく。
そういうことの積み重ねが、事業開発職としての最終的な総合力になるのだと思います。
(取材・文: 伊藤健吾、デザイン:高木 菜々子、編集:野上英文、撮影:遠藤素子、取材協力:オバラ ミツフミ、藤原環生)