【黄未来】やりたいことゼロでもうまくいく、消去法キャリアのすすめ
2022年1月17日(月)
今の仕事は楽しく充実していますが、やりたいことかと聞かれると、少し違和感があります。
そもそも、私は「やりたいこと」がないタイプです。社会に出る前から、ずっとそうでした。
「仕事を始めてみたら、やりたいことが見つかるかもしれない」と思っていた時期もありましたが、都合よく天啓にうたれるなんてことはなく……。
むしろ、やりたくないことや苦手なことをやらないために努力した結果、現在の仕事にたどり着いたというのが本音です。
例えば、私は睡眠時間が足りないと、すぐに体調に響きます。だから、寝られなくなるほどの残業や飲み会はやりたくない。睡眠時間が削られることは、仕事であっても遠ざけたいと常々思っています。
「業務の一環だ」と言われてしまえばそれまでですが、それを我慢しなければいけないくらいなら、体調を崩しかねないので、たとえ給料が高くても会社を辞めます。
ほかにも、「事務作業はどちらかといえば苦手だからやりたくない」「雑な性格だから、きめ細かさを要求される仕事はなるべくしたくない」といったように、やりたくないことに時間と労力を奪われないよう全力を尽くしてきました。
私のキャリアは、やりたくないことを全力で遠ざけてきた結果なんです。
運動神経がそれほど良くなく、スポーツ観戦にも興味のない人が、いきなりテニスに熱中するとは考えにくいですよね。自宅で読書をしているほうが、よっぽど幸せだと思います。
「野球をやってみたら?」とか、「サッカーならできるかもよ?」とか、いろんな提案をしたところで、スポーツが大好きになるようには思えません。
周囲の人も「スポーツに興味がなさそうだから、強要するのはやめなよ」と言うはずです。
でも、キャリアに関しては、こうした強制が当たり前のようにあります。
大人は平気で「やりたいこと探しを手伝うよ」なんて声をかけますが、やりたいことがない人にそれをやるのは拷問です。はなから存在しないものを、無理やり見つけようとしているのですから。
私なら、「やりたくないことを探し、それを全力で遠ざけよう。そうすれば、やりたいことがなくても幸せなキャリアになるよ」と声をかけます。
私は、やりたいことがなくても、自分が理想とするキャリアをある程度は築くことができました。
自分のことを、やりたいことがない人のパイオニアだと思っています。
でも、だからこそ、やりたいことがない人の気持ちが分かるんです。
明確にやりたいことがあるなら、それを仕事にすればよかったのでしょうけど、私にはそれがなかった。
そうであれば、“波乗りの達人”になろうと考え、新卒で三井物産に入社しました。
ここで言う「波」とは、時流のこと。現在であれば、メタバースやNFTがそれに該当します。
時流に乗っている会社は、自然と成長しやすい環境にあるので、仕事がうまくいきやすい。
好きなことではなくても、うまくいけば、人間はそれなりに楽しさを享受できる生き物です。
実際、やりたいことがない私でも、商社では仕事そのものを楽しむことができていました。
総合商社は、時流に乗っている領域に対して事業を展開します。例えば、過去の数十年は資源価格の上昇を追い風に高い収益を上げているように、基本的に、儲かる領域にリソースを張り続けるビジネスモデルです。
会社そのものが波乗りをしているので、そこで働いている人も半自動的に波乗りをすることになります。私もその一人で、ビジネスについて理解がないうちから勝手に波乗りができていました。
ただ、商社の業務が得意かといわれると、そうではなかった。とにかく細かい作業が苦手なので、何年経っても資料やエクセルに誤字脱字やミスがあり、上司に怒られることも少なくなかったんです。
また、商社は、少なくとも私が働いていた頃は飲み会が多い業界でした。入社して最初の数年は、帰宅時間が23時を越すことはザラでした。
必然的に睡眠時間が削られてしまうので、寝ることが大好きな私にとっては、しんどいと感じることが少なからずありました。
ファーストキャリアの選択には、一片の後悔もありません。商社ほど教育環境が整った会社は類を見ず、名だたる名門校出身の優秀なメンバーたちと切磋琢磨した経験は、社会人としての基礎になっています。
ただ、実際に働いてみて、苦手なことが見えてきた。そして、ある程度はやりきったと思えたこともあり、転職を決意しました。
#9 総合商社の「リアル」を知る特集7選外資と内資、先進的産業と伝統的産業、ByteDanceは総合商社とは真逆の環境です。
自分の苦手なことが少ないようにも思えましたし、真逆の環境を体験することで、自分の世界が広がるのではないかという期待もありました。
また、波に乗るなら絶好のタイミングでもありました。ByteDanceが運営する「TikTok」は、私が働いていた2020年当時はいまほど日本では流行していなかった。でも、世界での成長を考えれば、必ず波が来ると確信できました。
このタイミングでByteDanceに入社するということは、つまり、これからやってくる大きな波を待っていることと同じです。今しかないだろうと、中国本社へと飛びました。
少なからず、そうした発見もありました。
商社でしか働いた経験がなかった頃は、細かい書類業務や、いわゆる根回しは、日本企業だから生まれる業務だと思っていました。
しかし、それは私の勘違い。平均年齢が20代のByteDanceでも、商社と同様の業務はたくさんありました。
私が苦手としている業務は、そもそもビジネスパーソン全般に求められるものだったのです。
とはいえ、この転職が無駄だったとは思っていません。
当時は「書類業務はもうやらないぞ!」なんてことを思ったり、「ワイの得意なことを存分に生かせるぞ!」と気を張っていたりしました。
しかし、やりたくないことだからといって、すべてを避けられるわけではありません。その中には「できるようになった方がいいこと」「できなくてもいいこと」もあります。
ByteDanceでは、その違いを見極められました。それだけで、十分な学びです。
大企業の中でも、伝統的な企業と先進的な企業の双方で働いたことで、そこに自分の適性がないという判断ができた。そのタイミングが、ちょうど30代になったタイミングです。
この機会に、改めて自分自身の専門性や特性を考えてみたところ、もっとやるべきことがあるような気がしました。
この思考期間が、現在のキャリアにつながっています。
私は会社勤めをしながら、オンラインサロンを運営したり、メディアで中国の最新動向を話したりするなど、インフルエンサーとして個人での活動もしていました。
こちらの活動の方が、自分に合っていると思ったんです。そうであれば、得意な方向性に振り切ったほうがいいだろうと。
伝統的な日系企業と先進的な外資企業で働き、また、大企業勤務と個人経営という振れ幅を経験したことで、自分が最も価値を発揮できる場所が見えてきました。それが、ベンチャー・キャピタリストという職種です。
現在働いているファンドは、会社員として所属しているものの、個人としての影響力を生かしやすい環境です。また、「やりたいこと」をもっている起業家の方々を応援することを使命としています。
資金を提供するだけではVCの価値がない時代に、波乗りと発信が得意であるという自分の長所を生かして、日本や中国、そして世界で起こっている事例やトレンドを伝えること、そして個々の企業の素晴らしさを発信することで、投資先にプラスアルファの貢献ができる。私にぴったりだと思いました。
また、基本的にリモートワークで、仕事のやり方が個人に委ねられています。極端な話、始業時間の直前まで寝ていられる。
「社会人失格だ」という声が聞こえてきそうですが、私にとって理想的な環境です。
まだまだ転職して間もないので、何かを語るには不十分かもしれません。
とはいえ、いまのところは、自分が理想とする「やりたくないことをなるべくやらないワークスタイル」を手に入れられました。
総合商社に6年間勤めて仕事の型を学び、毛色の違う企業に転職して、自分でも事業を立ち上げた。あらゆる方向性に手を伸ばし、実力を磨きながらキャリアに振れ幅をつくってきた過去が、今日の私を形作っているんです。
「頑張ってやりたいことを探しなさい」という話ですよね。私からすれば、やりたいことがある人の、的を射ていないアドバイスです。
これまでの人生でやりたいことを見つけられなかった人が、20歳を過ぎた途端にそれを見つけられるわけがないと思っています。無論、それが悪いことだとも思いません。
むしろ「そんなものは最初から存在しない」と割り切って、やりたくないことを遠ざけたほうが、よっぽど幸せになれると思います。
ただ、やりたくないことを遠ざけるには、それなりの努力が必要です。とにもかくにも、まずはやってみる姿勢が求められます。
私の経験上、行動しないことには、やりたくないことは見えてきません。実際に手を動かすことで、「やりたい」「やりたくない」、「楽しい」「楽しくない」、「得意」「得意じゃない」が分かってきます。
そうしたら、見えてきた「やりたくないこと」「楽しくないこと」「得意じゃないこと」を遠ざけていけばいいんです。
このとき重要なのが、同じようなトライをしないこと。セブン-イレブンでアルバイトをした後に、ファミリーマートで働いても、得られる経験値にほとんど差がないからです。
そうではなくて、家庭教師のアルバイトをしてみるとか、動画編集に挑戦してみるとか、マトリクスの全体図を広げる意識を持ってください。
そうやってキャリア選択をしていけば、消去法だって問題ありません。パフォーマンスを最大化でき、なおかつ幸福度の高い仕事に出会えるはずです。
探さなくても、見つかります。「思っていたよりもストレスがあるな」とか、「嫌だと思っていたけど意外と楽しいな」とか、発見を積み重ねていけば、自ずと進むべき道が現れるんです。
そして、進むべき道の上にある障壁を壊す努力を、全力で実践してみてください。「会社員である以上、8時間も寝られるわけない」と諦めるのではなく、本気で実現するために汗を流すんです。
多少なりとも気合いが必要ですが、努力の甲斐あって、私は毎日8時間以上寝られるようになりました。
もちろん、それによって効率性が落ちるということもありません。毎日パワー全開で働けるようになったので、むしろ効率性は上がっています。
繰り返しになりますが、「無理にやりたいことを探す努力をしなくていいよ」と伝えたいです。
やりたくないことを洗い出して、やりたくない順にリストアップする。それを上からいくつ消せるかが、私たち“やりたいことない族”の勝負です。
あたかも「やりたいことがあるほうが幸せだ」というような論調が少なからずありますが、私はそう思いません。
心の底からやりたいことを持っている人なんて、全人口の5%程度だと思います。だから、無意味な努力をして自分を追い詰めることはしないでください。
本当に好きな仕事に打ち込んでいる人を見ると、うらやましく感じるかもしれません。でも、「そういう人は、出発点からして自分とは違うんだ」なんて思わなくて大丈夫です。
私も誰かをうらやましく思うときがありますが、そんなときは「隣の芝生は青いけれども、自分の芝生は虹色だ」と自分に言い聞かせています。隣の芝生が青いのは、そういうものなのです。
人は誰しも、気付いていないだけで、必ず何かしらの持ち味を持っています。大切なの は、その持ち味をいい方向に発揮する場や環境を整備することです。
他人と比較して悩むのではなく、行動して、自分に合った居場所を探す。その積み重ねで、自分にとって「居心地のいい仕事」を見つけてみてください。
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取材・文:オバラ ミツフミ、デザイン:堤 香菜、撮影:黄 未来(本人提供)