消費者至上主義で大逆転、大手出版社も期待するとある地方工場の秘密
2022年9月20日(火)
佑亮 私が東京から帰ってきたとき、実家は「Tシャツのプリント工場」でした。企画力はなく、言われたものを淡々とつくるだけの、いわゆる下請け工場です。
プリントに関する高い技術力を持っていたのですが、商流が分断されていたので、それをプレゼンする機会もありません。「こんな製品をつくれますよ」と提案しても、取引先である代理店には取り合ってもらえませんでした。

ライブTシャツやスポーツクラブのユニフォームグッズを扱っていたこともあり、そもそも企画力を求められなかったというのもあります。売り出す商品の型が、すでに決まっている場合が多かったのです。
事業を成長させるプランはなく、営業活動で地道に売り上げを増やしていくしかない。これが、数年前までのichinosaiでした。
彬人 でも、兄の後を追って僕が秋田に帰った頃には、そうも言っていられない状況になってしまいました。新型コロナウイルスの影響を受け、イベントは軒並み中止になり、顧客の大半を失ってしまったのです。
このままでは、事業の拡大を目指すどころか、会社が倒産してしまいます。一刻も早く、「言われたことをやるだけの工場」から、変化しなければいけなかった。
そこで兄と2人で相談し、プリントよりも上流にある、企画やデザインを手掛ける新部門の立ち上げを目指しました。

彬人 Webデザインの経験はあったものの、商品企画をしたことはなく、いわゆる王道は知りません。だから、まずは消費者として「本当に欲しい商品」を考えることから始めました。
みなさんにも、好きなアーティストやアニメがあると思います。僕も昔から、アニメや漫画が大好きでした。
でも、関連グッズを購入したことがありません。「欲しい」と思える商品がなかったからです。
これまでのグッズには、人気キャラクターのイラストが前面に大きくプリントされていたり、漫画のコマがそのまま載っていたり、誤解を恐れずに言えば「着る人のことを考えていない」商品が多くありました。
僕はそれを、普段着として使う気にはなれなかったんですね。たしかにキャラクターは好きだけれど、もっとシンプルなアイテムを身に着けたいし、ペラペラのTシャツは買う気になれないし……。
もし僕の感覚が「正しい消費者感覚」なら、そこにテコ入れをすることで、もっと売れる商品がつくれるはずです。
専門的な知識はないけれど、本当に欲しい商品をイメージすることならできる。そして、それを形にする技術力もあります。
「消費者が本当に欲しい商品をつくることで、消費者として感じているマーケットへの不満を解決しながら、自社の売り上げも伸ばしていく」。これが、企画から製造までを一気通貫で手がけるichinosaiのスタートでした。
佑亮 コーポレートサイトのお問い合わせフォームから連絡したり、アポの予定もないのに東京へ足を運んで飛び込み営業をしたり、思いつく限りのことはすべてやりました。
でも、若造がいきなり提案をしたところで、なかなか話は聞いてもらえません。「技術があるのは分かったけど、結局なにができるの?」と、言ってしまえばナメられてしまうこともありました。

でも、中には興味を持ってくれる人もいます。「デザインができるなら、サービスのロゴデザインをお願いできる?」「会社のホームページが古いままなんだけど、リニューアルできる?」と、本業ではなかったけれど、チャンスをくださる人もいました。
彬人 僕たちの本業はWeb制作ではないし、ロゴデザインのプロでもありません。でも、期待して声をかけてもらった以上、それに「NO」と返事をする選択肢はなかった。
売り上げを少しでも稼がなければいけないし、目の前の課題を解決してあげないことには話を聞いてもらえなかったので、できることから挑戦するしかなかったのです。
ただ、不慣れながら業務の幅を広げていった経験は、振り返ると足腰を鍛えるいいトレーニングになっていました。
Webサイトやロゴをデザインするには、会社の個性や創業者の思いを深く知り、それを適切な形に表現する必要があります。
満足してもらえるアウトプットを、不格好ながらつくり上げた仕事のプロセスは、僕たちに企画力やデザインの本質を教えてくれたのです。

彬人 Webサイトのリニューアルを手掛けたら、「今度は会社のユニフォームをお願いしようかな」と言ってくださり、本業のアパレル事業で受注をいただくこともありました。
そうやって事業の幅を広げていくと、数珠つなぎ的に取引先を紹介してもらい、気付いた頃には大手出版社の方に直接プレゼンをさせていただく機会にも恵まれました。
時間はかかってしまいましたが、泥くさく手足を動かし続けた結果、ついには「本当にやりたかった事業」にたどり着くことができたのです。
佑亮 すごく簡単に表現すれば、「消費者の都合を第一に商品をつくりましょう」という提案をしました。言葉にすると当たり前に聞こえますが、グッズ業界では、これができていなかった。
というのも、「グッズは単価を上げると売れなくなる」という風潮があったため、売価を上げられず、下請けになるほど買い叩かれてしまう現実があったのです。
中間業者それぞれがコストを削減しなければならず、商品にかけられるリソースが減っていました。

また、「グッズ製作のプロ」が不在の商流になってしまっていることにも課題を感じていました。
一般的にグッズ製作は、IPを持っている会社が発注元となり、企画会社やデザイン会社に依頼をします。企画、デザイン、プリント……と各領域にプロフェッショナルは存在しているものの、商流が分断されているため、それぞれが意思疎通をしづらい関係性になっていたのです。
彬人 とてもじゃないですが、健全なマーケットだとは言い難いですよね。買い手が「本当に欲しい商品」ではないものを購入している可能性があり、なおかつ売り手は利益を最大化できていないのですから。
僕たちはこの課題を解決するために、売り手側の視点から考えるのではなく、消費者の視点からすべてを考え、一気通貫の生産体制をつくる必要があると考えました。
品質を高めた結果、たとえ価格が高くなっても、本当に欲しいものであれば買ってもらえるはず——。ここに、僕らのリソースを徹底的に注力することにしたのです。

佑亮 デザインを含めた品質を向上させ、同時に価格も通例の倍以上に設定するプランを提案したので、先方も不安が大きかったと思います。
でも、既存商品を手に取ってみて、いちファンとして「もっとできることがある」と思っていました。その気持ちは、先方も同じです。「もっとファンの方に喜んでほしい」と強く感じていらっしゃいました。
だから、「ファンとして本当に欲しいものをつくります。商品として普段使いできるクオリティを目指します」と約束し、常識はずれの提案を受け入れてもらいました。
売り上げ至上主義ではなく、消費者の幸せを願っているクライアント様たちだからこそ、実現した取り組みだったと思います。
彬人 弊社が製造責任者を務めた、インフルエンサーのブリアナ・ギガンテさんのオリジナルTシャツは、販売価格が6,600円と高価でありながら、前例では考えられなかった販売数を記録しました。
弊社が過去に製造を受託した類似商品は、販売価格が3,000円程度です。つまり、倍以上の価格で販売しましたが、それでも過去の商品よりもご好評をいただきました。

いわゆるファングッズは、安価な素材を利用して、ロゴや写真をプリントして販売するのが一般的です。そこにストーリー性は存在せず、「とりあえずつくって販売する」という向きが少なからずあります。
でも、あえて批判的な目を向けてみると、それらは普段使いするには適していないし、背景を知るファンからすると、物足りなさを感じてしまうデザインです。
だから今回は、思い切って、ブリアナさんにしかつくれない世界観を丸ごと商品に落とし込んでみました。
ブリアナさんの話をよくよく聞いてみると、「人は生まれながらにして美しく、みんな違ってみんないい」という考えを持っている人だということが分かります。
その世界観を的確に表現するため、彼女をよく理解しているアーティストのmuneさんがデザインを描き、それを最高の形で仕上げるために手刷りの技法を用いてつくられたのがこのTシャツです。
Tシャツには、義足のシカや頭が二つある小鳥が描かれています。これらはブリアナさんが描く世界観を再現したものであり、熱心なファンであれば一目見てそれに気付けるものです。
これほどまでにこだわったからこそ、製作チームの誰もが驚く反響を呼んだのだと思います。
佑亮 想像以上の売り上げ、そして手に取ってくださる方の表情を見て、ものを購入する意味が変わっていることを強く感じました。
私たちが提供するアウトプットはアパレル製品ですが、お客様はきっと、いわゆる衣服が欲しくて購入しているわけではありません。
アパレル製品の機能的な役割は、ファストファッションがすでに満たしています。それでも購入してくださるのは、きっと共感や応援の気持ちがあるからです。
その気持ちに応え続けるには、当然「安かろう悪かろう」ではいけない。身が引き締まる思いでしたし、数年前に2人で立てた仮説は、間違っていなかったと確信しました。

彬人 僕らの場合、コンテンツやIP(キャラクターなどの知的財産)ありきですが、まずはそれらの個性をえぐり出す「発掘力」が重要だと考えています。
「この作品といえば、これだよね」という特徴を、ファンの目線でとらえる。それができなければ、いくらマーケティングに力を入れたところで、商品がヒットすることはあり得ません。
そして、消費者としての視点で商品を考える「共感力」。
作品の魅力が押し出されているからといって、必ずしも欲しい商品になるとは限りません。自分が消費者だったとしたら、どのようなデザインやカラーの商品が欲しいのかを考え尽くしてはじめて、心を揺さぶるアイテムを生み出すことができます。
最後に、えぐり出した個性と消費者の本音をつなぐ「接着力」です。
コンテンツの魅力と消費者が欲しいものがぶつかるポイントを見つけたとしても、それを商品に落とし込むことは簡単ではありません。
商流が分断していたら綻びが出てしまいますし、技術的なハードルがあったり、コストを考えなければいけなかったり、越えなければいけないハードルがいくつも存在します。
これらのハードルを乗り越えるための方法が、一気通貫でものづくりをすることです。
買い手と売り手の間に立ち、企画もデザインも製造も全部やる。双方の気持ちを理解して、技術を軸に形にする。だからこそ、業界の常識を外れた提案ができたし、結果としてヒットする商品がつくれているのだと思います。

佑亮 大勢の人が「なんとなく欲しい」というものをつくらない、ということも大切にしています。
極端なことを言えば、多くの人を相手にしようとして、結果的に誰のためにつくったのか分からない商品を生み出してきたのが、グッズ製作の「あるある」でした。その結果として、誰も幸せにならない状況ができてしまった。
だから僕たちは、1000人のうち500人が「買ってもいいかな」と思う商品はつくりません。その代わり、1000人のうち999人が「いらない」といっても、1人が「強烈に欲しい」と熱狂する商品をつくります。
マーケティングとしては非常識に思えるかもしれません。しかし、最初はたった1人の熱狂でも、それが伝播していけば、必ずマーケットを巻き込んだ熱狂になる。これは、3年間必死でものづくりをしてきた私たちの結論です。
彬人 発掘力を高めるためには、一次情報に触れ続けることが有効です。
漫画のグッズ製作をするなら、作品を何度も読み込む、作者のインタビューがあるなら当然読む。読者にも話を聞いてみる。いざグッズを製作するとなれば、担当者と直接話す。
そうやって、表面をなぞっただけでは見えてこない世界に足を踏み入れるんです。

また、Tシャツを作る機会が多い僕らは、Tシャツ一枚で過ごす時間を増やすようにもしています。
ネックの形や素材によって異なる肌触り、デザインが入ることで異なる着用感、カラーで変化する印象など、あらゆることを生活者として感じ、言語化するのです。
すると、発掘した魅力を再現するのに最適な方法が、自然と分かるようになります。
佑亮 私たちは2人とも、東京と秋田を往復する生活を実践しているのですが、それは共感力を高めるための工夫でもあります。東京だけ、もしくは秋田だけで暮らしていたら、視点が偏ってしまうので、あえて都会と田舎を往復するようにしているんです。
例えばですが、ブリアナさんのファンは、東京だけにいるわけではありません。日本全国に、子どもから大人まで、趣味嗜好がまったく異なるファンがいます。
すべてのファンの気持ちに共感することは難しいかもしれませんが、1つの拠点に留まらずに、環境の異なる多くの人と会話して「消費者のパターン」を増やすことができれば、共感力は必然的に上がるはずです。

クリエイターの高城剛さんが「移動距離はアイデアと比例する」という言葉を残していますが、私はそれを「肌感覚を持って消費者を知ること」だと解釈しています。
高層ビルで仕事をしているだけでは、地方で暮らす人に商品を届けるアイデアは思い付きません。でも、近隣にコンビニがないような田舎を訪れたときに「どうすればここで暮らす人たちに刺さる商品をつくれるのか」を考えると、アイデアのヒントが得られる。
暮らす環境や、一緒に過ごす人によって、人間の思考や欲求は変化します。だから、自分が特定のクラスターだけに所属しないよう、あえて全国を転々としているのです。その結果、共感できるポイントが増えてきたように思います。
佑亮 SNSマーケティングだったり、D2Cだったり、聞こえのいい言葉はたくさんあります。実際、そういった手法ばかりに目を向けていた時期もありました。
でも、本当に大切なことは、「消費者を知ること」だったように思います。
「売れる商品企画」というのは、消費者を知り、消費者の期待を超え、消費者からの信頼を勝ち得ることです。価値のない商品を価値があるように見せることでも、短期的に売り上げるプロモーションを練ることでもありません。
これからのものづくりは、その傾向がより顕著になっていくと思います。

かつて、粗悪な記事を掲載したキュレーションメディアが大流行しました。消費者(読者)を裏切るような記事を量産することが、「売り抜ける手段」としてもてはやされましたよね。
ややもすると、D2Cビジネスも、そうした悪いムーブメントの一端を担ってしまう可能性があります。でも、それでいいわけがない。
私たちはこれからも、消費者に対して誠実な、真摯なものづくりを徹底していきます。そして、しっかり売り上げもつくっていく。
いつかそれが、ものづくりのスタンダードとして根付いてくれたら、これほど嬉しいことはありません。
【ピンカー来日】「世界の理性」と希望ある未来を創りませんか?取材・文:オバラミツフミ、デザイン:黒田早希、撮影:三輪卓護(OtanPhotograhy)