【知っ得】今日からできる「やりがいと市場価値」両方高める働き方
2022年9月5日(月)
佐藤 学生や20代のビジネスパーソンに取材をしていると、今まで以上に「やりがい」か「将来の市場価値」を重要視する人が増えていると感じています。この2つは両立するものでしょうか?
田中(以下、タナケン) 私はやりがいと市場価値は対立構造にはないと考えています。
ファーストキャリアの形成期は約10年間。その間は将来像が見えにくい時期でもあります。だから、若い時期にやりがいと市場価値向上の2択で悩むというのは、ある意味で当然の反応なんです。
とはいえ、こういった悩みの9割は、的確な解決方法を知れば解消できます。
佐藤 タナケンさんは「キャリアは科学」だと表現されていますね。
タナケン ええ。きちんと「科学」すれば、やりがいと市場価値の両立は可能なんです。
そもそも市場価値とは何かを考えると、人生100年時代に自分らしいキャリア形成をする上でのセーフティネットと言えます。
資本主義社会では、稼がないことは機会のロスに直結しますから。
一方で、今は自分のやりたいことをSNSで発信すれば、共感する人やサポートしてくれる人たちが集まる時代です。やりがいを感じる仕事で自分の市場価値を高める方法も、SNSをはじめとする個人発信が可能になった現代では、非常に多彩になってきたと言えます。

佐藤 要はやり方次第だと。
タナケン 両立できるかどうか?で悩むくらいなら、両立させる方法を考えようということです。
佐藤 タナケンさんはよく「毎日歯を磨くかのようにキャリアを考えよう」と語っていますね。
タナケン 習慣としてキャリア形成を考え続ければ、それ自体が当たり前の行為になりますからね。
「歯磨きと同じように」というのは、それくらいカジュアルにキャリアの悩みと付き合おうというメッセージなんです。
佐藤 キャリア形成をカジュアルに考えるきっかけとして、キャリア開発とライフ・プランニングを融合させた「統合的生涯設計理論」で知られるミネソタ大学のサニー・ハンセン名誉教授が提唱する「4L理論」が役立ちそうです。
タナケン 人は、4つの役割を果たすために生きているという考え方ですね。
佐藤 この4つのLが満たされているかどうかで、やりがいもある程度測れるんじゃないかと。

タナケン そうですね。各項目の満足度を5点満点で採点してみると、簡単なコンディションチェックができると思います。
点数が低ければ、キャリアについて考え直そうとなるわけです。例えば佐藤さんは、最近の4Lはどんな点数になりますか?
佐藤 「労働」は充実しているので4点くらいですが、忙し過ぎて好きな読書がほとんどできていないので「学習」は1点です。
タナケン 「余暇」はどうですか?
佐藤 うーん、これも2点くらいですね。
タナケン 4点、1点、2点と来て、最後は「愛=思いやり」です。
佐藤 これは4点くらいつけられます。こうやって内省するだけで、最近は「学習」と「余暇」が足りていないと分かりました(苦笑)。
タナケン 時間は万人に平等ですからね。佐藤さんの場合は、「学習」と「余暇」の時間を増やしていくのが、日頃もっとやりがいを感じるための糸口になりそうです。
具体的には、週間スケジュールの中でどうすれば学習や余暇に時間を充てられるかを考えてみましょう。
佐藤 なるほど。こうやって説明されると、アクションにつながりやすい。

タナケン 多くの人は、悩みを抱えていても、その解決に向けてどう時間を作り出すかをあまり考えないんです。悩みの「沼」から抜け出しましょう。
キャリアについても同じで、仕事が絶え間なく入ってきてしまい、コンディションチェックをする時間がますます取れなくなっていく。特に若手社員の場合は顕著です。
何かが違う、満たされていないと感じながらも、上司に評価されたいという思いもあるから土日も休まず働いてしまう......。そんな状況を避けるために、キャリアのコンディションチェックが大切なんです。
近著の『キャリア・ワークアウト』(日経BP)では、このコンディションチェックを習慣化するためのワークアウトを始めましょうと提言しています。
女性であればヨガやピラティス、男性であればジムでのトレーニングやゴルフのようなワークアウトを、キャリア形成にも取り入れましょうと。

こういうワークアウトは、1度やったら終わりではなく、週に数回は行うはず。
キャリア形成も同様に、転職の時にだけ悩むのではなく、日常的に考える必要があります。
そうすることで、キャリアのコンディションチェックで点数の低かった項目も改善されていくでしょう。
佐藤 タナケンさんは、大学教授として働きながら、本もたくさん書いていますし、企業の社外取締役・社外顧問も30社以上歴任しています。どうやって「コンディションを整える時間」を作っているのですか?
タナケン やりたくないことをやらずに時間を捻出するように、リストにしてまとめているんですよ。
著書にも「タナケンやりたくないリスト」を掲載しているほどです。

佐藤 リストには「自分が参加しなくてもいい会議は出ない」「やる気のない学生に対する授業はやらない」などと書いていましたよね。
タナケン ストレスを感じた時ははっきりと決断すべきで、「やらないリスト」を作ることで仕事がどんどん進んでいきます。
仕事の関係者も、このリストの中身を知っているので、私の扱い方がとてもうまい(笑)。
佐藤 やりたくないことが明確だからこそ、自分のみならずチーム全体の決断も速くなると。
タナケン そういうことです。
佐藤 とはいえ、タナケンさんは多くの物事を「自分で決断できる立場」にいます。一方で新卒入社3〜5年目くらいの社員は、自らコントロールできる事柄が限られます。この問題はどう考えればいいですか?
タナケン それでも、次のようなステップで「やりたくないリスト」を作ってみることで、仕事のやりがいを高めながら市場価値も向上させるヒントが得られるはずです。

佐藤 やりたくないリストを作る行為は、キャリア形成の持続可能性をチェックすることにもつながるのですね。
タナケン 本当にその通りで、私は最近、セミナーなどで話す時に「SDCs」が大事だと話すようにしています。
最近よく耳にするSDGs=Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)をアレンジして、SDCs=Sustainable Development Careers(持続可能なキャリア開発)をしましょうと。
佐藤 そう捉えると、持続可能なキャリア形成のために、お酒を飲んだりマッサージを受けるといった「余暇」も義務になりそうです。
タナケン 義務というよりも、歓びに投資すると考えるのがいいのでは?お金の生きた使い方とも言えます。生き方と働き方を総合したものがキャリアですから。
私はキャリア開発の専門家として、キャリア形成のうまい人と、うまくいかない人の違いをたくさん見てきました。その差の一つは、休み方がうまいかヘタか。

仕事はそれぞれ頑張りますから、休みの使い方で大きな差が生まれます。
土日休みであれば、土曜日は1日中睡眠に充て、夜飲みに行けば飲み過ぎてしまう。すると日曜日も午前中は疲れたままで、週明けのコンディショニングもままならない。
しかし、もしその休みを自分の幸せに充てられれば、仕事のパフォーマンスも上がるはずです。
キャリアオーナーシップでは、キャリアコンディションも自分で整える必要があり、キャリアトリートメントは仕事のパフォーマンス向上にもつながっていくんです。
佐藤 今日のトークテーマである「市場価値の向上」についても、アドバイスをください。やりがいを保ちつつ自分の市場価値を高めていくには、何を意識すればいいでしょう?
タナケン 私は2019年に書いた『プロティアン』(日経BP)の中で、社会の状況に合わせて自らも変化していきましょうという「プロティアン・キャリア」を提唱しました。
ただ、最近はプロティアン・キャリアを築く上に必要な要素として、「キャリア資本論」を加えています。おそらく今後は、キャリアポートフォリオという概念も生まれると考えています。
佐藤 これからは、資産のようにキャリアも自分で管理する時代だと。
タナケン ええ、「管理」するべき要素は、主に3つあります。

ポイントは、ビジネス資本と社会関係資本の2つを備えていれば、最後の経済資本を増やすことができるということです。
抽象的に語られがちな「市場価値」が、こういう構造で成り立つと分かれば、高めるために何が必要かも考えやすくなります。
佐藤 なるほど。
タナケン ビジネス資本と社会関係資本を持っていないと、経済資本に転換できないのに、最近は新卒でも初年度の年収で判断して入社を決める人が少なくありません。
すると、スキルやネットワークがないのに良い給料だけを受け取る状態になる。
そんな状態で、同一業務を同じメンバーで長年繰り返していると、資本の量は増えも減りもせず一定です。
つまり市場価値が高まらず、歳を取るごとにどんどんキャリアが苦しくなっていきます。
佐藤 役割や肩書だけが増えていっても、資本が増えない。怖いですよね。

タナケン もちろん、転職における「市場」を個人が制御するのは不可能だから、市場価値も自分で100%コントロールできるものではありません。
ただ、価値という基準がある以上、そのための準備はできます。自分なりにどうやってビジネス資本と社会関係資本を集めるかを、1週間に1度10分だけでも考えてみたらいいでしょう。
佐藤 私は以前、「ビジネス資本や社会関係資本が大事」という話を証明するような調査をしたことがあります。
パーソルキャリアの「サラリーズ」とコラボをして、同社が持つ100万人以上の勤労者の職務経歴書から「年収800万円以上の人が持つワークタグ」を抽出したことがあるんですね(下の記事参照)。

市場価値はこう決まる「年収800万円」以上の人が持つ経験ランキング
このランキングの上位20位には、「管理」「事業」「運営」「調整」などが並んでいます。まさにビジネス資本と社会関係資本の両方が問われるワークタグでした。
タナケン こういうタグをどう身に付けるか?から考えるのもよさそうです。
そして、これらのワークタグが、いつテクノロジーに代替されるか?を考えてみるのも、今後のキャリア資産を増やす一助になるでしょう。
基本的にテクノロジーで代替されるスキルはすべて、市場価値がつかなくなっていきます。上のランキングに出てくる「プロジェクト管理」などは、まだAIに取って代わられる段階にないから、市場価値が高くなるわけです。
オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授が、10年後に「売れるスキル」と「廃れるスキル」をまとめた有名な論文があるじゃないですか。
あれを見ても、教育関連の仕事がなくなる可能性はたった8%です。しかし、AIによる完全自動運転の実証実験が進む中、タクシー運転手などは「90%を超える可能性でなくなる」とあります。
【未来予測】10年後に「売れるスキル」「廃れるスキル」
現代は「先の読めない時代」と言われていますが、こうやって先を読むこともある程度はできるわけです。
佐藤 思考を停止してはダメだと。
タナケン 不透明な時代だと言われているからと思考停止するのではなく、「本当にそうなの?」と本質を問うことが、市場価値を高めていくための第一歩になります。
基本的に、市場価値は誰もが持っていないスキルを作ることが基本原理になりますから。
そして、ビジネス資本と社会関係資本をためるには、行動し続けることが重要です。たとえ失敗しても、それは財産になります。
行動もせずに「自分はあれができない」「今はまだこれができない」と悩んでいるままでは、そこから変化はありません。
学歴格差などは誤差の範囲で、ビジネスキャリアを培っていく上で大きな格差を生み出すのは行動習慣なんです。
佐藤 自分で自分のキャリアをコントロールできていると実感できると、幸福度も向上するそうですしね。
タナケン なので、だまされたと思って、とにかく明日の業務を主体的に取り組んでみてください。パフォーマンスを高めるため、自分なりのルーティンを作って良い状態で取り組んでみてください。
仕事をする前に音楽を聞いたり、好きな紅茶を飲む、というようなささいな事柄でもいいんです。
アスリートのようですが、最高のパフォーマンスを引き出すメソッドは本質的に変わりありません。
ところが、ビジネスパーソンはウォーミングアップなしで会議をしてしまう。準備をしないまま進めるから、「キャリア負債」もたまっていく一方です。
佐藤 私たち編集者も、「経験豊富だから」と事前準備なしで取材に臨んでいると、どんどんヘタになっていくんですよ。知らぬ間に負債がたまり、アウトプットの質も落ちて信用を失ってしまうというか。
タナケン どんな仕事であれ、自分ごととして取り組み、関係者は思いやること。すると、必ずビジネス資本と社会関係資本は増えていきます。
【図解】1200人調査で分かった。将来性が高い人の「キャリア曲線」【ピンカー来日】「世界の理性」と希望ある未来を創りませんか?文:小谷紘友、編集:伊藤健吾、デザイン:堤 香菜、撮影:竹井俊晴