三井物産「異例の新卒5年目社長」を育てた、結果を出す人の行動学

2022年8月5日(金)

自ら動く主体性と「任せる文化」

—— 三井物産に入る前は、大学院でコミュニケーションロボットの研究をしていたと聞きました。なのになぜ、総合商社へ就職を決めたのですか?

自分と似た学歴の人があまりいない環境で働きたいと考えたからです。

大学院で研究をしていた時は、企業と共同研究して実用可能な商品を作ることが特に楽しかったんですね。

それで、理系の研究者になるよりも、自分で作ったモノの価値を世の中に問うことができるビジネスサイドに行きたいと、常々考えていました。

しかし、IT系のメガベンチャーなどには、自分のような知識を持つ人がたくさんいます。他に良い就職先はないかと探していた2017年ごろに、三井物産の主催する「AIインタラクティブセミナー(現:DX/理系アントレプレナー人材セミナー)」へ参加したんです。

今で言うDX(デジタル・トランスフォーメーション)化が今ほど重視されていない時期でしたが、とても可能性を感じて入社を決めました。

—— 入社後は経営企画部へ配属されたそうですね。三井物産では新卒で経営企画部に入ることも珍しくないのですか?

新卒で経営企画部に配属されたのは、私が初めてのはずです。

私が入社した2018年当時は、AIやDXの文脈で商社に入ってくる人もあまりいませんでした。

そのため、社内でこれからDXを進めていくのに、テクノロジーに精通した人が内部にいないのはいかがなものかと問題になり、技術知識を持つ社員が経営企画部のデジタルトランスフォーメーションチーム(当時)に集められていたのです。

そこで自分にも白羽の矢が立ちました。

現場経験を積まずに経営企画部に配属されるのは異例だったので、社内でも議論があったと聞きましたが、「若い人にやらせてみようよ」という声が上がり、配属に至ったようです。

そういう部分から、三井物産には「任せる文化」があるのだと思います。

——「任せる文化」とは?

三井物産には、「人が仕事をつくり、仕事が人を磨く」という、社風を表す言い回しがあります。実際にも、「成長を望む若手には機会を与えよう」という雰囲気があると思います。

特に、当時の私が配属されたデジタルトランスフォーメーションチームは、組織ができたばかりです。先輩から「これをやって」と指示される業務もほとんどありませんでした。

だから、入社1年目から、自分で仕事を見つけてくる必要があったんです。

『人が仕事をつくり、仕事が人を磨く』

三井物産には『人が仕事をつくり、仕事が人を磨く』という言葉があり、入

でも、経験も人脈もない私には、創造性のある案件の企画を立てることすらできず……。

悩んだ結果、1年目は将来的に事業になりそうなテーマを探すことに精いっぱい取り組もうと決めました。

具体的には、AIやスマートシティなどの最新事例が学べるセミナーや、幕張メッセのような大規模施設で行われるビジネス展示会、大使館で行われる外国のスタートアップとのミートアップなどにひたすら足を運び、とにかく人脈を広げました。

Photo:iStock / Pinkypills

そこで得た人脈を頼りながら、新しく面白そうなテクノロジーを使った新規事業を企画していました。

—— 1年目から1人で新規事業を考えるのは、孤独ではありませんでしたか?

新規事業を立ち上げて軌道に乗せてきた先輩たちが身近にいたので、つらくはありませんでした。

三井物産の中でも、新規事業の立ち上げなどで良い意味で“暴れている”社員は、事業部を超えて横でつながっているんですね。

自分が「これをやるべきだ」と考える案件を形にするために、誰かに指示される前に猪突猛進していく先輩たちの姿を見て、あきらめずに動き続けることの大切さを学びました。

Photo:iStock /Eoneren

この頃、とある先輩に教えてもらった言葉で印象に残っているのは、「新規事業は上司がGoサインを出すものではないよ」というもの。

新規事業をやりたいなら、何事も自分から動き出す必要があるという意味です。

勝手に打ち合わせをして、勝手にお客さまの興味を調べて。需要がある根拠を示すことで、初めて上司に「いいね」「やってみたら?」と言ってもらえる。

三井物産が主体性第一のカルチャーであることを、言葉と背中で示してくれました。

そんな先輩たちをマネして、ひたすらに新規事業を構想し続けることで、私も1年目の後半から企画がやっと形になり始めました。

立ち上げと失敗、学びのサイクル

—— どんな事業だったのですか?

インドネシアの財閥企業と、観光客を想定ユーザーにした新規事業を検討しました。

ただ、この事業はコロナ禍もあって、その後大きく伸ばせず……。1年目からいろいろと手を出していましたが、今振り返ってみるときちんと案件化できなかったものばかりでした。

ヘルスケア・デジタル・自動運転・スマートシティなどなど。10以上のジャンルにチャレンジしては失敗しました。

たった4年でこんなに失敗経験があるのは、新卒同期の中では自分だけなんじゃないかと思います(苦笑)。

結果として事業化できたのはGEOTRAだけなので、これが上手くいっていなかったらと思うとゾッとしますね。

—— 焦りませんでしたか?

企画が失敗ばかりしている頃は、とにかく焦っていました。

周りの同期たちは特定のジャンルに腰を据えて、数千億円レベルのプロジェクトに携わっているのに、自分は最新のテクノロジーを追っているだけだったので。

だからこそ、背水の陣のような切迫感を持って、GEOTRAの立ち上げに取り組めているのだと思います。

—— 今振り返ってみて、企画を形にできなかった理由は何だと思いますか?

大きく分けて2つあります。

1つ目は、先ほど述べたインドネシア企業とのプロジェクトのように、時流が合わなかったことです。その事業のメインターゲットは観光客であったため、コロナ禍で続けられませんでした。

そして2つ目は、ビジネスモデルとしての見通しが甘かったことです。特にスマートシティに関する事業は、技術的には可能でもお金を稼ぐことが難しく、断念せざるを得ませんでした。

平たく言えば、世間のニーズに合っていなかった。

こうした反省点を生かして作った事業が、今、手掛けているGEOTRAです。

新規事業の成功体験はなかったのですが、入社3年目の頃に社内のDX戦略策定の取り組みを半年ほどで形にした経験がありました。

それで社内で「DXと言えば陣内」と信頼されたこともあり、新会社の立ち上げを支援していただくことができたのです。 

—— 失敗から学んだことを生かして作った事業がGEOTRAなのですね。具体的にはどうプロジェクトを進めてきたのですか?

スマートシティに関するアイデアを事業化しようとしていた当時、地方自治体から街づくりにかかわるデベロッパー、ゼネコンまで、さまざまな立場の方々へ何に悩んでいるかをヒアリングしたんです。

Photo:iStock / shironosov

共通していたのは、スマートシティの構想以前に「今この街が抱えている本質的な課題が何なのかが分からない」ということでした。

問題解決に役立つ技術やアイデア自体は、すでにたくさんあります。例を出すと、「過疎地域に自動運転のバスを導入したらいいのではないか」みたいな。

でも「街のどこからどこを自動運転車でつないだら一番効率が良いのか」とか、「既存の公共交通ネットワークを侵害しないのか」などの具体的な議論になった瞬間に、数字の根拠がないと話が全部ストップしてしまうのです。

都市開発はゼロから行うのではなく、すでにあるものから事業を進めます。だから現状や課題を正確に把握する必要がある。

私たちは、それを把握するのに「人流データ」が使えるのではないかと考えました。それがきっかけです。

—— 現在の「GEOTRA」は、この時のヒアリングから生まれたと。

ええ。街の人流データから現状把握をして、将来をシミュレーションする事業にするという方向性が決まりました。

具体的には、KDDIが持つ携帯電話のGPSデータと三井物産のテクノロジーを掛け合わせて、より分析重要度の高いデータにした上で、分析ツールと併せて提供しています。

市区町村の再開発を例にすると、「この道路を拡張したら、どう動線が変わるのか?」という問いに対する答えを人流データから導きます。

昔は交通量調査やアンケートで調べていたものが、ビッグデータに変わった形です。

—— なるほど。代表になった陣内さん自身は、どんな業務を担当しているのですか?

主に営業と採用を行っています。

GEOTRAのデータを買ってくださるお客さまは、不動産デベロッパーやゼネコン、交通系の会社、行政、自治体、コンサル、ショッピングモールなどと多業界にわたります。

Photo:iStock / kazuma seki

そこへの営業を行いながら、同時に人を集めて組織体制の確立も行っています。エンジニアリングからも事業企画からも離れた仕事なので、日々勉強することだらけです。

3つの「結果を残すノウハウ」

—— 陣内さんが三井物産での経験で学んだ、結果を出すためのノウハウとは?

私が働く上で意識しているポイントは、大きく分けて3つあります。先輩に教えてもらったことが1つ、経験を通じて気付いたことが2つです。

この3つの事柄を意識したことが、結果的に結果を早く出すことにつながったのだと思います。

まず1つ目は、「コミュニケーションを疎かにしないで、信頼を貯める」ことです。

このことは三井物産に入ったばかりの頃、自分と同じ理系院卒の先輩から教えてもらいました。

「これから一緒に仕事をする仲間とのやりとりは、研究者同士でやっていたコミュニケーションとは全然違う。齟齬をなくすためにも、メールの一文一文まで気を配らなければならない」

大学院までソフトウェアをいじっていた自分は、技術や結果よりもコミュニケーションが重視されることに軽い衝撃を受けました。

しかし働くうちに、コミュニケーションの大切さをよく実感しました。

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「AIに詳しい」という触れ込みで商社に入った私は、どうしてもステレオタイプで見られることが多かったからです。

組織にマイノリティとして入った私のような人間は特に、周りとの関係性を保つことと、信用を裏切らないことを意識しなければならないと思います。

2つ目は、「分からないことは必ず聞いて確認する」ことです。

商社はさまざまな事業を展開しているので、自分が未経験なことをやったことがある人が、必ずどこかにいるものです。

その方を探して「どうやったらいいですか」「どうやりましたか」と質問するのを徹底しています。

新規事業を考えることも、GEOTRAの開発体制を作ることも、1人で考えていては実現不可能でした。社外の専門家や、先輩社員にヒアリングした内容を基に考えることで、今まで乗り越えてこられたのです。

自分も最初はとても不安でした。「1時間も取ってもらったけれど、(自分の知識不足で)途中で話すことがなくなったらどうしよう」と怯えたことも多々あります。

でも今は慣れてきたので、抵抗なくヒアリングのお願いをしています。

GEOTRAのメンバーにも、よく「未知のことに出会ったら、まず誰かに聞こう」とアドバイスしています。

3つ目は「考え方をシンプルにする」ことです。

三井物産のような大企業の中に入ると、さまざまなビジネスの勝ちパターンを学ぶことができます。

そのこと自体は良いことですが、代わりに新規事業を考える際のビジネスモデルを最初から複雑に考えてしまう癖が付いていました。

新規事業を、込み入ったスキーム図から考えたり(笑)。頭でっかちになっていたんです。

Photo:iStock / anilakkus

でも、ビジネスプランはシンプルであればあるほどいい。事実、GEOTRAの事業もさまざまなプレーヤーの課題を聞いた結果、導いた共通のニーズから構想しています。

ニーズから逆算して「データを売るとはどういうことだろう」と考え直したことが、事業化につながったのだと思います。

まず「PDCAを回す」経験を

—— 商社以外で働く人も役立つような、具体的なノウハウですね。最後に商社志望の学生に向けて、どのような経験を積むべきかアドバイスをお願いします。

総合商社を目指している学生さんは特に、「何かを作って売る」経験をしてみたらいいと思います。

実は私自身、このテーマに関して大学院生時代に苦い経験をしています。

自分がアイデアを考えたチャットボットアプリを作り、アプリストアでリリースしたのですが、結果としては想定していたようなビジネスにはなりませんでした。

でも、この経験があったからこそ、絶対にリベンジしたいという気持ちが生まれ、失敗にへこたれず新規事業に取り組んでこられました。

何かを作って世の中に問う。作るものは、Webサイトやアプリなどのデジタル系のものに限らず、例えば「椅子を作る」とか何でもいいと思います。

大事なのは自分でPDCA(Plan・計画、Do・実行、Check・評価、Action・改善)のサイクル)を回してみて、つらいフィードバックを受け入れること。

そうした経験を学生のうちに積むことが、就職後に会社内でチャレンジをしようとするあなたの背中を押してくれると私は思います。

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取材・文:藤原環生、編集:伊藤健吾、デザイン:石丸恵理、撮影:遠藤素子