ヒット連発、アイリスオーヤマの「一生懸命に生活する」商品企画術
2022年7月22日(金)
ふとん乾燥機は、アイリスオーヤマのヒット商品のひとつでした。大胆なアレンジを加えずとも、引き続き売り上げは好調だったと思います。
ただ、より便利に、より多くの人に愛される商品にしていくには、新しい切り口での商品開発が必要でした。
そこで、開発担当者の中では数少ない女性で、なおかつ若かった私がアサインされたのです。
まずは、ふとん乾燥機を使ってみることから始めました。当時のモデルを自宅に置き、生活者の視点で商品を見つめることにしたのです。
すると、会議室で議論をしているだけでは浮かんでこなかった、さまざまな改善点が見えてきました。

当時のカラリエは、いわゆる「ふとん乾燥機」です。「ふとんを乾燥させる」というニーズに対しては申し分ない機能性があり、ファミリー層を中心に多くの方に利用していただいています。
とはいえ「オシャレなアイテム」とは言い難く、私のような一人暮らしの女性からすると、デザインやサイズには少しだけ不満があったんです。
知人を自宅に招いたとき、部屋にそのまま置いておける「インテリア」ではなかったし、かといって、都会のワンルームマンションに住む私のクローゼットはすでにパンパンで、収納する余地はありませんでした。
また、冷え性な私は、ふとんを乾燥させるというよりは、布団を温めるために使うことのほうが多かったんです。
そこで、かわいらしいデザインかつ、温活を訴求点にした商品に変えてみては?と思いつきました。
もちろん、リニューアルを検討するにあたって、市場のニーズがあるかどうかは調査しましたよ。仮にニーズがあったとしても、ボリュームが小さければ、商品化には至りませんから。
とはいえ、商品開発の起点は、やはり生活者の視点です。

このとき忘れてはいけないのが、「私だけのニーズ」なのか、あるいは「私のような人のニーズ」なのかを正確に判断することです。
例えば「かわいらしいデザイン」の商品を企画したとしても、それを「かわいらしい」と感じているのは、「私だけ」の可能性もあります。それでは、ヒット商品はつくれません。
「ふとん乾燥機カラリエデザインタイプFK-D1」は、私(一人暮らしで、冷え性であり、デザインにもこだわりがある女性)が欲しいと思える商品として企画をしました。
「生活者代表」として企画し、商品化に踏み切ったのです。
企画に携わらない期間はないので、いつも特定の商品を開発しているのですが、「ふとん乾燥機の担当だから、そこだけに意識を向ける」ということはありません。
私が商品企画として意識しているのは、「一生懸命に生活する」ということです。
どういうことかというと、面倒くさがらずに料理をつくってみたり、引っ越すタイミングで間取りを大きく変えてみたりするんです。
そうすると、新しい企画の種が見つかるようになります。

普段はつくらない料理に挑戦すると、料理が好きな人の気持ちが分かるかもしれないし、家具のレイアウトを変えてみると、「こんなアイテムがあったらな」と新しいアイデアが浮かぶかもしれません。
休日の過ごし方にもこだわりを持っていて、たとえ興味がなくても、意識的にトレンドに触れるようにしています。
あくまで私は私でしかないけれど、漫然と過ごしてしまう毎日に意識的になり、想像力を発揮することで、いろんな生活者になりきることができるんです。
商品企画の役割は、ユーザーが欲しいアイテムをつくることですから、ユーザーの気持ちにならなければいけません。
それが自分自身である場合もありますが、それではネタ切れになってしまうので、意識的に“複数の顔”を持つようにしています。

メーカーはバイヤーさんに商品を買ってもらわなければいけないので、生活者ではなくバイヤーを見てしまうことがあります。
でも、エンドユーザーは生活者です。バイヤー受けする商品をつくっていては、ユーザーが抱えている不満を解決することはできません。
弊社の社員にはこの考え方が根付いているので、パートナーが専業主婦であっても、自分で料理や掃除を当たり前にしています。「パートナーがこう言っていたから」では、本当にユーザーに受け入れられる商品を企画できないと知っているからです。
弊社では、この考え方を“ユーザーイン”と呼んでいます。どんなときでもユーザーの視点に立とう、という合言葉のようなものです。
アイリスオーヤマでは、毎週月曜日に新商品開発会議が行われています。

基本的には、部門を代表する担当者がひとりでプレゼンし、即断即決で提案の可否が決まります。
質疑応答を含めた1案件の持ち時間は5〜10分で、提案のプレゼンにかけられる時間は、短いときでおよそ1分です。
ここで社長の「GO」が出なければ、どれだけ優れたアイデアであっても、商品化されることはありません。
私が最も気を付けているのは、これも「生活者代表」としてプレゼンすることです。
「マーケットサイズがこうだ」とか、「類似商品がヒットしていてチャンスがある」とか、調べさえすれば分かることは二の次です。
それよりも、生活者として感じた違和感を大事にしています。

「ふとん乾燥機カラリエデザインタイプ FK-D1」であれば、「一人暮らしの家は狭いので、収納できるという従来の訴求点が価値にならないこと」と、「出しっぱなしにしても違和感がないデザインなら、購入したいと思える」という私自身の思いを伝えました。
たった1分間で商品の魅力を伝えきるには、生活者としての視点が絶対に必要です。そうでなければ、心をつかむプレゼンにはなりません。
そのうえで、それが「私だけのニーズ」ではないこともしっかり伝えました。
雑誌の特集や、知人へのヒアリングを通じて、“温活ブーム”が来ていることを知っていたので、時代的な後押しもあったのです。
それもあって、最終的には「やってみるか」とGOサインが出ました。
iPhoneのメモ帳には「時代は温活」と書いてありました(笑)。
トレンドを把握するだけでは不十分で、そこに生活者の視点がなければ、“ユーザーイン”な商品をつくることはできないのです。
大学に進学する以前、いずれはデザインの仕事につきたいと考えていて、そのときに「課題解決型のデザインがしたい」と考えたのが、この世界に飛び込むきっかけでした。
そういった意味で、「どんなデザインなら喜んでもらえるか」「どうすればもっと便利になるか」と考えるのは好きだったと思います。
でも、私の経験から、ヒット商品を生み出す人の多くは、才能ではなく日々の積み重ねによってそれを実現していると感じています。
私の場合、生活者代表として毎日を過ごすのはもちろん、仕事とは関係のない事象にも、ちゃんと首を突っ込んで考えるようにしてきました。

お節介ですが、誰かの発言を聞いて「もっとこういうふうに言えば、伝わりやすいのではないか」と考えたり、他社の優れた商品を手に取って「私がデザインするなら、どうするだろう」と思考を巡らせたり、なんでも自分の立場に置き換えるようにしてきたんです。
振り返れば、それらはすべて、デザイン思考の訓練になっていました。
そうやって毎日を過ごしてきたからこそ、いざ解決すべき課題が目の前に現れたときに、それを乗り越えられるアイデアが浮かんでいるのだと思います。
もちろん大変なこともありますが、私はその苦労も含めて楽しい仕事だと思っています。むしろ、それを楽しめないと、商品企画には向かないかもしれません。

スタートは生活者の視点に立って考えますが、最終的にプレゼンする商品は、私自身が「全力で欲しい」と思えるものです。心の底から欲しいと思えて、プライベートの友だちにも、本気でお薦めできる商品になるまで知恵をしぼります。
自分が欲しいと思えるものを生み出しているので、生活者のためと言いつつ、最終的には自分のためでもあるんです。だから、やらされ仕事になることはなくて、苦労を含めて楽しむことができています。
うーん……。難しいですが、「生活をつくる仕事」ですかね。

ふとん乾燥機カラリエは、「布団を干す」という苦労をなくした商品です。時間の節約にもつながっています。
これが連鎖していけば、家事に充てていた時間で副業ができるかもしれないし、趣味に費やす時間が増えるかもしれません。
提供しているのは家電商品ですが、新しいライフスタイルを生み出しているとも言えます。 これまでも、「これでいい」ではなく「これがいい」と思える商品づくりをしてきたことで、誰かの生活がガラリと変わるシーンを目にしてきました。
壮大な表現になってしまいますが、商品企画は、生活者の可能性を広げる仕事なんです。私は本気でそう思っていますし、これからもそこにフォーカスして、皆さんの新しい生活をつくっていくつもりです。
私の経験ですが、優れたアイデアは、何気ない日常から生まれます。だから、毎日が企画の宝庫だと思って、日々を過ごしてみてください。
また、いいアイデアを思いついても、すでに誰かが形にしていたり、ふたを開けたら独りよがりだったり、そういうことがよくあります。でも、これは商品企画のあるあるです。
ただ、そこで「才能がないんだ」なんて諦めないでほしいと思っています。
私のアイデアも、よく新商品開発会議で見送りになっています。でも、そこでのフィードバックを積み重ねてきたことが、ヒット商品のプロデュースにつながっているんです。

小さな気付きを積み重ねていけば、社会が「ちょっと良くなる」光景の目撃者になれます。その瞬間は、言葉では表現できないほどうれしいものです。
粘り強さと泥くささが求められる仕事ですが、心から面白いと思えることに日々全力投球できるのも商品企画の魅力です
自分の仕事で、世界を変えていける。この言葉に心が少しでも躍るのなら、きっと商品開発として活躍するチャンスがあります。
そのチャンスは、実は、今日の夕食をつくる時間にあるのかもしれません。
【図解】日本初を連発、グリコに学ぶ100年企業の「変わる力」取材・文:オバラ ミツフミ、デザイン:浅野春美、撮影:遠藤素子