社会的需要の拡大に伴い、IT・Webエンジニアの求人要件に「未経験OK」の文字が躍ることも珍しくなくなってきた。
全くの別職種からエンジニアへの転身を目指して、プログラミングスクールなどに通う人も多い。
未経験採用とは、言うならば現状のスキルよりも将来性が買われることだ。だからこそ、入社後の伸びしろである「学ぶ姿勢」が、経験者以上に問われる。
実際に未経験からエンジニア転職を実現していった人は、今までの仕事のやり方を、どのようにアンラーニング(学び直し)していったのだろうか。
LAPRASでフロントエンジニアのチームリーダーとして活躍する川俣 涼(かわまた りょう)さんのファーストキャリアは、なんと消防士。
スキルもカルチャーも全く違う土壌から、劇的なジョブチェンジを実現した川俣さんに、アンラーニングのポイントを聞いた。
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立命館大学 経営学部・卒業
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地方公務員水戸市消防局・正社員
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ソフトウェアエンジニアエムスリー株式会社・正社員
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ソフトウェアエンジニア株式会社Misoca・正社員
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ソフトウェアエンジニア弥生株式会社・正社員
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現在
ソフトウェアエンジニアLAPRAS株式会社・正社員
—— ファーストキャリアは消防士だったそうですね。子どもの頃からの夢だったのですか?
それが、全く違うんです。大学は経営学部で、就活では化学メーカーの総合職で内定もいただいていました。
ただ、そのタイミングで東日本大震災が起きて、僕の地元である茨城県もたくさんの被害を受けました。
被災した家族の話や現地の状況を映したテレビの映像で、消防士の活躍をつぶさに見て、「人の命を助ける」仕事の尊さを痛感しました。
僕も人生を懸けて仕事をするなら、人を助ける仕事がしたい——。そう思い、消防士になるために公務員試験を受けたんです。
筆記試験は全く自信がありませんでしたが、大学のボクシング部で培った体力で、体力テストでは地元大卒者の中で1番を取ることができ、運良く、合格しました。
そこから6年間は消防士として、火災現場での消火や火災予防の啓蒙、救急隊などの活動をしていました。
—— エンジニアへの転身を考えたきっかけは?
妻が開業した鍼灸院の、ホームページを作ったことです。学生時代に部活のホームページを作った経験があったため、妻から依頼されました。
写真を自分で撮って、予約フォームも実装して。独学で学びながら作りました。
次第に「茨城県 鍼灸」で検索するとトップに表示されるようになり、ホームページ経由でたくさんのお客さんが訪れ、1カ月先まで予約が埋まるようになったんです。
自分の創意工夫が、妻の反応やお客さんの予約数など、目に見える結果として表れるのが楽しくて仕方なくて。
夢中になるうちに、患者管理のWebアプリや、確定申告用の売り上げ仕分けの自動化など、裏側の業務改善の仕組みまで作り込んでいました。
消防士として24時間勤務したあとの休日は、自分の好奇心のおもむくまま、勉強し続けていました。
—— プログラミングにのめり込んでいったんですね。
それでもまだ、具体的な転職までは考えていなかったんです。趣味の範囲でやれればいいなと思っていました。
とはいえ、学んだ知識を消防士の仕事でも生かしてみようと、救急報告書の自動作成ツールを作りました。
—— 救急報告書の自動作成ツールとは、どんなツールなのですか?
毎回手作業で作成していた救急報告書を、選択肢を選べば自動的に定型文を組み合わせて作れるようにしたほか、VBAでエラーチェックもできるようにしました。
このツールがあれば、1件あたり報告書の作成に40分・チェックに5分の計45分かかっていた作業が、報告書の作成に25分・チェックに1分の計26分で完結します。
これを見た当時の上司が、「このツールはいいね」と認めてくれて、水戸消防署全域に導入してくれたんです。年間で、4450時間の短縮につながりました。
システムで業務が大幅に改善できたことで、いよいよ「これは仕事になるかもしれない」と考え始めました。
未経験転職の最後の一押しは、参加していたプログラミング勉強会で出会うエンジニアたちが、自分の仕事を心から楽しんで、イキイキと語っていたことですね。
ずっと「仕事=つらいもの」というイメージを持っていたので、衝撃を受けて。僕もこんなふうに、自分の仕事を語れるようになりたいと思いました。