広告費ゼロでブランドのファンを増やす「LUSH」驚異のPR術
2022年1月21日(金)
もともとは映画業界に携わりたいと思っていました。PRに興味を持つようになったきっかけは、アメリカ留学中に見た禁煙啓蒙のCMで。
最初、女性の顔がアップで映って、いかに喫煙が体に悪い影響を与えるかを語り始めるんです。それがだんだんズームアウトしていくと、首に太い呼吸器がつながっていて……。
「もっと早くに分かっていたら、こんなことにならなかった」というメッセージで終わるんです。
今でも鳥肌が立つくらい、こんな広告表現があるのかと感動しました。その他にもアメリカでいろいろと考え方が変わる機会があって、自然とマーケティングやコミュニケーションにのめり込んでいったのです。
そして帰国後、新卒でPR会社に入社して仕事のイロハを学び、2006年に化粧品ブランド・エスティ ローダーグループの「アヴェダ」へ転職しました。
ここで初めて、商品プロモーションの枠を超えて、企業が大切にしていることを伝えるコーポレートコミュニケーションも担当しまして。PRの仕事の意味を、すごく実感した期間でしたね。
3社目はスマホが広がっていった時期と重なっていて、日本におけるデジタルマーケティング業界そのものを発展させるためのPRを担当していました。いろいろな企業のデジタル施策を表彰する、アワードの企画運営などもやっていました。
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今並べて話してみると、すごくきれいなキャリアに聞こえるかもしれませんが、いろいろと悩んだ時期もありました。
働きながらずっと思っていたのは、自分が持つPRのスキルをどう使うのか。ただ仕事として給料をいただくだけではなく、社会に対してどう影響を与えられるか、影響を与えていきたいかを考えるようになっていったんです。
そこで、たまたまその時にラッシュジャパンの募集を見て、これだ、と。
普段の業務や、求められるスキルが大きく変わった印象はありません。
自分たちがメッセージを伝えたい相手は誰か。何を求めているのか。何に興味があるのか。何に共感するのか。「誰に何をどうやって」というPRの原則は変わりません。
ただ、LUSHは広告を出すためにお金を使わないですし、顧客データを分析することもないので、そこは非常に大きな違いだと思います。

広告枠を買うためや、インフルエンサーとコラボPRをするためにお金を使わない理由は、そのほうが顧客のベネフィットとなる原材料に投資できると考えているからです。
化粧品業界のビジネスは、基本的に「いかに原価を安くして、見た目をラグジュアリーにして、高い値段で売れるか」を追求する、売上に対してプロモーション費用の割合が高いモデルだと思います。
パッケージを豪華にしたり、「シワが消えます」と書かれた広告を表示したり。
でも、それは本質的ではないと思うんです。お金をかけて商品を飾り立てるよりも、原材料により良いものを使うほうが、顧客のためになりますよね。
また、「顧客データを分析しない」選択をしているのは、プライバシーの観点で顧客の信頼を裏切ることだと考えているからです。
SNSに投稿してよく見られたコンテンツの傾向を分析し、次のPR素材制作に応用することはあります。ですが、サイトを訪れた顧客の男女比が何対何なのか、地域はどこが多いのか、そういった情報を勝手にマーケティングに活用することは一切ありません。
3つあると思っています。
店舗が最高の広告塔となっている
情熱を持ってキャンペーンを行っている
それらができる価値観が浸透している
広告にお金をかけないということは、ファンをつくる方法として口コミが重要になります。
LUSHが48の国と地域でビジネスをできているのは、熱烈なファンの方々が世界中にいて、その方たちがストーリーテラーとなって、周囲の仲間に話してくださっているからです。
それをつくる一番の起点は、やはり店舗です。私たちは「店舗が最大のメディア」だと考えています。
商品に魅力を感じていただくことはもちろんですが、ショップのスタッフが生産者の思いや生産方法の工夫を伝えたり、時には社会課題について伝えていたり。
店舗やそこで働くスタッフが最高の体験を届け、ブランドのメッセージを表現し続けているからこそ、世界中にファンができて、商品を購入するだけじゃなく、応援してくださり、拡散してくださるんです。
もちろん、顧客に届けたいのは商品だけではありませんから。
社会課題に対する取り組みは、社外に拡散するだけではなく、社内でも積極的に意見交換をしています。ショップスタッフが、自分たちの言葉で発信することに意味があると考えているからです。
キャンペーンも本当に徹底されていて、私が入社したての頃に衝撃を受けた出来事をお話しさせてください。
その時は、自分の席の近くでLGBTQキャンペーンのミーティングが行われていて、そばで聞いていたんですね。

そしたらいつの間にかどんどん白熱していって「いや、それは違うでしょ」とか感情的な発言をしてしまうくらい、メンバー全員が意思と情熱を持って議論していたんです。
「自分たちはこれを伝えたいんだ」という心からの思いを表現して、本気で社会に変化を起こそうとしている。感動で全身に鳥肌が立ったことを覚えています。
それまでは、営利企業である以上、キャンペーンはあくまで商品や企業プロモーションの一環としてやるものだと思っていました。もちろんその側面もあるんですけど、それ以上の何かを生み出している。
商品が売れたり、ブランドが認知されたりするだけではなく、社会を変える取り組みをしていると感じたんです。
PRパーソンとして「考える範囲」と「インプットの対象」が非常に広くなったので、そこは大変ですね。
世界には、社会課題を解決する取り組みをされている方がたくさんいます。そういった方々とお話しする時、当然私たちも課題を深く理解している必要があるので、常に猛勉強しています。
一般的なPRの業務と、この部分の折り合いをつけるのは少し難しいかもしれません。

ただ、人生を懸けて何かを変えようとしている方々と協働すると、仕事の枠を超えて、日本社会にいる一人の人間としてどれだけ貢献できるかという使命感に変わるんです。
また、キャンペーンを実施するか否かを決めるプロセスも、LUSHらしいと感じています。
LUSHは世界各地に拠点がありますが、一つ一つのキャンペーンについて、英国本社から「全世界で一斉にやりなさい」と強制する指示は出ません。
昨年末、一部SNSアカウントの運用を停止した時も、停止するか否かの決定権は各地域の支社にありました。その上で、48全ての国と地域が同じ行動を取った。
LUSHが何を問題視しているのか、ちゃんと理解した上で、各国でディスカッションが行われたと思います。

ラッシュジャパンが「一部SNSの運用停止」を決めた理由についてのリリース全文はこちら
他のキャンペーンも同じで、社内でたくさん話し合って、自分たちが共感できたものだけを行っていますし、地域ごとの支社で独自のキャンペーンを展開することもあります。
取り組む私たちが本気で共感して、本気で取り組んでいるから、結果的に多くの方々に共感していただけるキャンペーンができあがっているのだと思います。
もちろんです。ただ、商品軸のプロモーションとキャンペーン軸のPRでは、考え方や指標が大きく異なります。
商品軸のプロモーションでは、商品を魅力的に伝え、購入していただくことが重要です。商品の裏にあるさまざまなストーリーを伝えて、共感していただく。
その結果、どのくらい購入につながったのか、来店客数につながったのかを指標として測る。これは他社と同じだと思います。

一方でキャンペーン軸のPRとなると、そのキャンペーンのテーマ、社会問題への共感を生むことが目的になるんです。購入数や来客数ではなく、署名数や寄付額が指標になります。
もちろん最終的には売上にもつながっていると思いますが、ビジネスに直結するものではないんです。
例えばキャンペーンで消費税を除く全額が寄付されるチャリティー商品を販売したら、弊社の売上にはなりませんよね。どれだけ寄付につなげられるかという視点。なので、そういう意味で仕事の枠を超えていると考えています。
ただ、「切り離す」という表現には違和感があります。
商品プロモーションも、キャンペーンなどによるPRも、ベースの考え方は変わらないと思っています。
先ほど価値観が浸透しているとお話しさせていただきましたが、実はLUSHにはいわゆるCSRのような部署がありません。
サプライチェーンの中で、誰かが価値観や倫理観について監督することはなく、社員それぞれが咀嚼して指針にしているんです。
そして、LUSHの価値観は社員の評価項目にもなっています。

LUSHピープルとして、会社の考え方と自分の考え方、業務の考え方を切り離さずにどんな行動ができたか。目の前の業務が何につながっているのか、どんな価値観を表現したいのか。
一人一人が意識できる仕組みがあるんです。
その通り、一本の線上にあるものですよね。ただ、おそらく切り離して考える会社が多いんだと思います。
ブランドをつくるためにやることが細分化されて、他方で商品の売るためにやることも細分化されて、その中でどうSNSをハックするのか、どうやってWebの訪問者を増やすのかも細分化されて......。
そういった、個別具体の議論が多くなっていますよね。社会問題に向き合う隙間もないくらい。
もちろん具体的な取り組みは素晴らしいですし、企業として取り組むべきですが、本当に顧客に届けたいメッセージを届けられているかは常に考えたい部分だと思います。
そして、届けたいメッセージを自分たちの言葉で届け続けるには、みんながありのままの姿で働くのも大切です。
手前味噌ではありますが、LUSHはそれがすごく実現できる環境だと感じています。
店長が全身にタトゥーを入れていたり、一国の代表の髪の毛が真っピンクだったり。本当の自分のままでいることが、良い意味で評価につながる企業文化なんです。
私自身ゲイとして生きてきて、LUSHに入って初めて「ああ、自分らしく働くってこういうことなんだ」と感じて、パフォーマンスが100%に上がる感覚がありました。
これまでは、出勤するために自分の家を出ると、「日本社会に生きる小山大作」というキャラクターに変身するような感覚がありました。これは社会の空気もありますが、自分で自分を抑え込んでいる部分も大きかったんだと思います。
LUSHはそういった障壁をすぐに取り払ってくれた。そうすると、仕事ぶりも変わったんです。
PRをする上でも、飾らず自分が心から共感していることを伝えられる。PR担当というよりも、ブランドのストーリーテラーになれたんです。
これはどの業務にも言えることですが、まずは「発信」が大切だと考えています。
例えば何かプランニングをする時、自分がどう考えているのかをいろいろ発信すると、上司や同僚が意見を話してくれて、さらに理解が深まる。それを重ねていけば、台本通りではない自分の言葉で何かをつくれると思うんです。
PRで言えば、リリースに書いてあることをそのまま伝えるのは誰だってできる。それはPRの仕事じゃないと私は思っています。
まず、自分がどう思うのか、自分の言葉で発信する。そして理解を深めて心から共感して、表現に磨きをかける。
そこで初めて、顧客に伝わり、何らかの影響を与えられるのではないでしょうか。これこそが本当の意味でのパブリック・リレーションズだと思っています。

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取材・文:日野空斗、取材・編集:伊藤健吾、デザイン:國弘朋佳、撮影:大隅智洋