【卒業生研究】文学部の先輩に学ぶ、就職後「仕事で生かせる強み」

2021年8月4日(水)

文学部は就職で本当に不利なのか

「文学部は就活で不利」

就職活動の時期が近づくと、学部生の間でまことしやかにささやかれるこの言葉は、文学部の学生を長年不安にさせてきた。

真偽をデータで見てみよう。大学生の進路を長年調査してきた大学通信が、昨年8月に発表した「2020年 学部系統別実就職率ランキング」によると、就職率が90%を超える学部系統は

だった。対して、学部別で「文・人文・外国語系」に分類される学生の就職率は86.9%

就活で有利か不利かを断言できるほど大きな差とは言えないが、仕事につながる専門知識を学ぶ他学部に比べると、確かに就職率は低い。

この背景には、いくつかの要因があるとされる。

就職状況の長期的な変化としては、文学部卒の主な進路の一つだった「教員」や「公務員」で、特に教員に採用される新規学卒者の割合が減っているという事実がある(参照記事)。

これは少子化の影響だ。教員免許を取得しても、就職先となる学校が見つかりにくいという傾向は、今後より拍車がかかるだろう。

また最近は、AIのような最新テクノロジーが、営業や士業など「文系職種」と呼ばれる仕事を奪うという未来予想も、企業の採用計画に影響を与えている。

“テクノロジー失業者”は49%、AIは文系の仕事を奪うのか?

ただし、文学部にいる就活生は、過度に不安がる必要はない。上の記事でも説明してある通り、これは「文系は不利」「理工系が有利」という単純な話ではないからだ。

実際に、東京大学大学院情報学環の教授・吉見俊哉さんは、「新たな価値やイノベーションを生み出すのに文系の知は不可欠であり、文系の素養がない理系は、どこかで行き詰まる」と指摘している。

では、文学部を卒業して社会に出た先輩たちは、現在のビジネスシーンでどんな仕事をし、どんなキャリアを築いているのか。

JobPicksのロールモデルで「文学部」の卒業生たちをピックアップして、就職した後のキャリアパターンを見ていこう(注:ロールモデルの所属・肩書は、全て本人が投稿した時点の情報)。

「営業の仕事」の経験を生かす

文学部卒のロールモデルの中で、最も数の多いパターンは、新卒で営業関連職を経験したのち、他の職業にジョブチェンジするという形だった。

■ 青山学院大学 文学部卒:高越温子さんの例

例えば、情報発信プラットフォームのnoteで事業企画・事業開発を担当している高越温子さんは、2015年に青山学院大学の文学部英米文学科を卒業後、就職先のリクルートキャリアで約2年間、法人営業(フィールドセールス)を経験。

その後、社内で営業企画・営業推進の部署などに異動し、フリーランスを経て現職に就いている。

高越 温子高越 温子

【変幻自在】28歳で6職種を経験、note事業開発が見つけた専門性の増やし方

■ 東京大学 文学部卒:一場杏里紗さんの例

大学卒業後、NTT東日本(東日本電信電話)に就職した一場杏里紗さんも、同社の営業戦略推進室で新規事業の企画・推進を行う前は、約3年間、新潟支店で中小企業向けの営業を担当していたという。

一場 杏里紗一場 杏里紗

【NTT東日本】経営を志す私が、現場に立ち続ける理由

ロールモデルの中には一貫して営業関連職を経験している人もいたが、ここで紹介した2人のように「営業を経て異なる職業に転身する」人のほうが多かった。

特に高越さんや一場さんの事例は、前述した吉見さんの言葉通り「新たな価値やイノベーションを生み出すのに文系の知は不可欠」というのを感じさせる。

文学部での学びを生かせる仕事

文学部の卒業生で、ほかに目立ったファーストキャリアは、人事やコンサルタント、マーケティング関連職などだった。

これらの仕事で、文学部での学びはどう生かされるのか。

■ 慶應義塾大学 文学部卒:柴田彰さんの例

同大学の文学部史学科を卒業したのち、経営コンサルタントや人事コンサルタントを経験してきたコーン・フェリー・ジャパンの柴田彰さんは、「複雑で難しい事柄ほど、シンプルかつ簡単に伝えなければいけない」と語る。

柴田 彰柴田 彰

複雑で難しい事ほど、シンプルかつ簡単に伝えなければいけない

かつて仕事を一緒していた、先輩コンサルタントが良く口にしていた言葉で

柴田さんのコメントによれば、課題解決の道筋を分かりやすく示すには、思考力と表現力を「不可分一体」のものとして鍛える必要がある。いずれも、文学部の学生が大学で身につけることのできる能力だ。

そして、伝える力が問われる仕事は、当然ながらコンサルタントだけではない。

■ 慶應義塾大学 文学部卒:Yoritaka Handaさんの例

文学部人文社会学科を卒業し、ベネッセ・コーポレーションでマーケティングプランナーを経験したのち、人事に転身したエクサウィザーズのYoritaka Handaさんは、2つの仕事の共通項を次のように語る。

Yoritaka HandaYoritaka Handa

組織戦略を伴わない経営戦略は空虚

マーケティングの次のキャリアとして戦略コンサルなども検討していた自分

コメントにある「モノのマーケティング」と「人のマーケティング」というキーワードから、両方とも企業が伝えたいメッセージを咀嚼しながら“マーケティング対象者”に発信し、巻き込んでいく仕事だと分かる。

■ 青山学院大学 文学部卒:塩谷雅子さんの例

さらに、青山学院大学の文学部日本文学科を卒業しているDMM塩谷雅子さんの経歴を見ると、こうした素質は編集者やライター、広報・PRといった仕事でも生かせると推察できる。

塩谷 雅子塩谷 雅子

考える葦でい続けないと存在意義が薄れてしまう

眠れないほどしんどいというより、終わりがないしんどさ。 コロナ前後

勉強次第で業界最先端の仕事へ

最後に、ここまで説明したような「文学部出身者の強み」に、テクノロジーやデザインの知識をプラスすることで、キャリアに想像以上の広がりが生まれるという事例も紹介しよう。

■ 早稲田大学 第一文学部卒:羽山祥樹さんの例

羽山祥樹さんは、JobPicksにUXデザイナーとして経験談を投稿している。

ユーザーの心理を知り、ユーザーの心理に応えるものをつくる

いいものがつくれたとき。つくったものが狙いどおりの効果を出したとき。

自分の経歴詳細をまとめたポートフォリオサイトによると、羽山さんは就職後にシステム営業を経験したのち、IT系商社のWebサイト構築に携わりながらキャリアを歩んできたそうだ。

そこからUXデザインの勉強を始め、2010年には民間資格の一つ「HCD-Net認定 人間中心設計専門家」を取得。

その後も、東京都立産業技術大学院大学の履修証明プログラム「人間中心デザイン」を修了したり、IBMの業務用AI「IBM Watson」に関する書籍を出すなど、ユニークな経歴を有する。

文学部の卒業生でも、就職後に勉強を重ねながら知識を増やしていくことで、世の中で最先端と目されるような仕事ができるという好例だ。

下の記事でも、コンサルティング企業アクセンチュアのAI・アナリティクス部門で日本統括を務める保科学世さんが、こんなコメントを残している。

いわゆる文系のビジネスパーソンの中には、AI活用に苦手意識がある人も多いと聞きます。AI活用は理系のほうが優位というイメージがあるかもしれませんが、私はむしろ、社会やビジネスに対して課題意識を持ったり、人間とAIが果たすべき役割を考えたりといった文系の要素こそ、AIの活用領域が広がるにつれ重要になっていくし、強化すべきだと考えています。 ──【アクセンチュア】AI時代に求められるスキルとマインド

【アクセンチュア】AI時代に求められるスキルとマインド

就職後もたゆまぬ勉強が大事になるという条件付きではあるが、必ずしも「文学部だから就職で不利だし、将来のキャリア設計も不安だ」とはならない。そんな勇気をもらえる話だ。

文・デザイン:伊藤健吾、バナーフォーマット作成:國弘朋佳、バナー写真:iStock / SeventyFour