人の可能性を信じる職業「コーチング」とは?現役コーチが解説

2021年7月30日(金)

話題の職業「コーチング」とは?

—— 小林さんが手がける「コーチング」とは、どのようなものなのですか?

コーチングにはさまざまな定義や手法があるため、以下は私と私が経営するコーチングスクール「THE COACH Academy」の定義としてお話しさせていただきます。

私が考えるコーチングとは、「気付きと行動が生まれるコミュニケーション」です。

コーチは、クライアントのさまざまな声を受け取り、問いを立てます。すると自然に気付きが生まれ、クライアントは自身が前に進みたいタイミングで行動を起こせるようになります。

コーチと聞くと、スポーツの指導者を思い浮かべる人が少なくないと思います。

しかし、コーチングでは、「答えはクライアントの中にある」という前提に立つため、コーチからクライアントに何かを教えたり、誘導したりすることはありません。

—— コンサルティングやティーチングとは異なる概念なのですね。

コンサルティングと混同されることがよくありますが、コンサルティングは知識を与える行為です。一方コーチングは、クライアントの潜在的な考えを引き出します。似ているようで、違うんです。

また、よくカウンセリングとの違いを尋ねられることもあります。明確な定義が存在するわけではありませんが、一つの違いとして「マイナスからゼロに導くのか、ゼロからプラスに導くのか」が挙げられます。

カウンセリングは、心の状態をマイナスからゼロに導く行為です。トラウマを抱えて行動できなかったり、精神にきたした不調を回復させたりするのが主たる目的であり、心の状態をゼロからプラスに転換していくコーチングの目的とは異なります。

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—— コーチングという概念が少しずつ広がっていると感じます。どのような背景があるのですか?

「先行きが不透明な時代になった」というのが、一つの理由だと思っています。

正解がない時代に突入したことで、「このままで大丈夫かな」とキャリアにモヤモヤを抱える人が増え、コーチングの需要が少しずつ高まっているんです。

高度経済成長期から数年前までは、ある種の「正解」がある時代でした。

例えば、偏差値の高い大学を卒業し、大企業で終身雇用されれば、人生は安泰だとされていましたよね?

目指すべき正解があったので、多くの人は、迷うことなく毎日を過ごせていたんです。

しかし、今日はどうでしょうか。

誰もが知る大企業がリストラを敢行していますし、現在の職業がAIに代替されるという話も頻繁にされます。

—— キャリアアドバイザーという職種も存在します。コーチとはどのような違いがあるのですか?

コーチングは、アドバイスをしません。

繰り返しになりますが、「答えはクライアントの中にある」というのがコーチングのスタンスです。

あくまでも「生き方」や「在り方」に焦点を当てるものなので、入口がキャリアプランの悩みであっても、「クライアントが達成したい目標は何か」「心から願っているものは何か」といった、根源的な欲求に向き合うのがコーチの役割なんです。

人の可能性を信じる仕事

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—— 小林さんはもともと、デザイナーだったと聞いています。なぜ、コーチとして独立したのですか?

デザイナーとしてのスキルを伸ばそうと、質問力の向上を目的にコーチングを学んだのがきっかけです。

コーチングでは、「10年後にどのようになっていたいですか」「モヤモヤを感じるのはどの部分ですか」といったように、自分も相手も気付いていないことについて質問をしていきます。眠っていた意識を顕在化させ、行動を変えていくんです。

ここで重要なのが、「人の可能性を信じる」ということ。

このコーチングのマインドに感銘を受け、深く勉強を進めるうちに、どんどん興味が高まっていきました。

その結果、コーチとして活動するようになったんです。

最初は本業でデザイナー、副業でコーチという“二足のわらじ”でしたが、「これほど素晴らしいコミュニケーションが広まらないのはもったいない」と考えるようになり、それならば私がその役割を担おうと、THE COACH Academyを立ち上げています。

—— コーチになるには、何か専門的な資格やスキルが必要なのですか?

スクールや団体が独自に資格を発行していますが、「資格を持っていないとコーチングをしてはいけない」といった決まりはありません。

また、そもそもコーチングの成功は相性によるところも大きいので、クライアントによって、優れたコーチは千差万別だといえます。

「問いの立て方」や「傾聴力」など、コーチに求められるスキルは存在しますが、すべての土台となるのは、“自己の器(=自分自身のあり方)”です。

「その人の中に答えがある」と本気で信じることができなければ、コーチとしての役割は果たせません。

—— コーチとして生計を立てるには、どのような手順を踏めばいいのですか?

先ほどお話ししたように、資格やスキルが生計を支えてくれるとは限らないので、まずは副業で始めてみるのをお勧めします。

収入を高めるという意味では、技術よりも集客力が肝になるケースもあるので、いきなり独立するのはリスクが高いんです。

また、金銭的に不安がある状態でコーチングセッションをすると、クライアントとの関係性に影響が出ることがあります。「お金を稼ぐための手段」というモチベーションでコーチングの活動をすることはお勧めしません。

私もデザイナーをしながらコーチとして活動していて、一定の認知を得たタイミングで独立しました。

コーチングは単発ではなく継続してセッションを行うのが一般的なので、本業を続けながらセッションを重ね、継続的に指名をしてもらえる状態を目指すのが、最優先でやることだと思います。

「どう生きるか」の伴走者になる

—— 今後、コーチングのニーズは高まっていくと思いますか?

経済的な成長や物質的な豊かさを目指す時代から、どう生きるかが問われる時代になっているので、少なからず高まっていくと思います。

経済成長至上主義に疑問を持つ人が増え、それに応じて「そもそも何のために活動しているんだっけ?」と、生きる目的に立ち返る機会が多くなりました。

誰もが同じ方向性を見ている時代ではないので、それぞれが自分らしさを追求していくようになると思います。

ただ、自分の根源的な欲求や、自分らしさといった曖昧なものに向き合うのは、簡単なことではありません。

コーチングは生き方を見つめ直すソリューションなので、その認識が広まれば、ニーズの高まりに比例して、コーチという職業に就く人も増えていくと思います。

—— コーチングが広がっていくために、どのような課題があると感じていますか?

新しい概念につきまとう「怪しさ」がなくなることだと思います。

—— 例えば、「話をしただけで、人生が変わるわけがない」といったように……?

まさに、その通りです。

コーチングを受けると、気付きが生まれます。それによって意識の変容が起き、行動の変容が起きるときがあります。

例えば、「年収を2倍にしたい」と考えてコーチングを受けた人が、セッションを通じて「本当は仕事よりも家庭の時間を豊かにしたい」と気付けば、考え方と行動が変化しますよね?

転職サイトを眺めていた時間が、家族との会話の時間になったり、自宅をきれいにする時間になったりするはずです。

しかし、コーチングの過程は語られることが少なく、「人生が変わった」といった抽象的な言葉で、ビフォー・アフターだけを表現されてしまうことが大半です。

そのため、コーチングを知らない人からすると、「なんだか怪しいな」という印象を持たれてしまうんです。

また、日本特有の「相談しない文化」も少なからず影響していると思います。

コーチングの市場が約1兆6000億円ともいわれるアメリカは、カウンセリングに保険が適用されているなど、カジュアルに相談する文化があります。

一方、日本では、深刻な悩みを抱えてからカウンセリングを受けますよね。

まとめると、コーチングを普及させるには、正しい情報を供給しながら、「もっと気軽に相談していいんだ」という文化をつくっていく必要があると思っています。

コーチングをブームで終わらせない

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—— コーチングの広まりは、小林さんの考える理想に対し、どのような進捗状況にありますか?

個人の感覚ですが、やっと半分くらいだと思います。

実は、過去にも「コーチングブーム」はあったんです。

1990年代に、組織の生産性を高くする目的で、コーチングを取り入れた企業が少なくない数あったと聞いています。

ただ、トップダウンで実施されていたので、いうなれば「やらされ型の研修」になってしまい、結局のところ文化にならなかったそうなのです。

しかし、時代の変化もあり、現在コーチングを学んだり、受けたりしている人は、心からの興味関心で動いている人が少なくありません。

また、「生産性の向上」や「スキルの習得」といった、コトやモノに焦点を当てたスタイルではなく、人が持つ好奇心や生き方そのものにフォーカスするコーチングが増えてきました。

時代の要請でもあるので、過去の二の舞にならないとは思っていますし、してはいけないと思っています。

—— コーチングを普及させていく1人として、コーチングに興味を持つ方に向け、メッセージをお願いします。

私がTHE COACH Academyを起業したのは、「モノや情報は満たされているのに、心が満たされない人々が多くいる現代社会を変えるため」です。

ずっと願っていた夢がかなったり、長年抱えていた生きづらさから一歩前に進めたり、自分の家族との関係性が劇的に改善されたり、コーチングが持つ可能性は計り知れません。

社会をつくるのは私たち一人一人ですから、それぞれが自分自身や他者を尊重し、誰もが自分らしくあることができる社会の実現を、コーチングを通じて実現していきます。

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取材:齋藤知治・高橋智香、編集:オバラ ミツフミ、デザイン:岩城ユリエ、撮影:大隅智洋