機械学習やAI(人工知能)の注目度が高まるにつれ、データサイエンティストの需要が急増している。将来性が高い仕事として、将来の選択肢に検討している人も少なくないだろう。しかし、仕事の実態を把握している人は少ない。
急成長を遂げる米ベンチャー「DataRobot(データロボット)」の日本法人、DataRobot Japan 株式会社の代表を務めるシバタアキラさんは、データサイエンティストとして活躍するには、「技術力にたけていても、それだけでは不十分」だと語る。
“21世紀で最もセクシーな職業”と称される、未知なる仕事のリアルをひもとく。
“21世紀で最もセクシーな職業”の現実
—— 将来性の高い仕事として、データサイエンティストに注目が集まっています。需要の高まりには、どのような背景があるのでしょうか。

シバタ:10年以上前ですが、私がまだデータサイエンティストになる以前、ニューヨーク大学で研究に従事していた頃は、「21世紀で最もセクシーな職業」ともてはやされていました。
当時から今日まで、データサイエンティストの需要は高まり続けています。その背景として、「これからはデータの時代」「AIがビジネスのトレンドになる」と耳にする機会が増えたように、実際にビッグデータやAIを活用したビジネスが増えていることが挙げられます。
データサイエンティストは、今後も求められ続けられる職業だと思います。しかし、企業によっては大量解雇が起こっていることも、事実として認識しておくべきです。
—— 需要があるのにもかかわらず、大量解雇が起こっているのは、なぜでしょうか。
シバタ:10年前と現在では、事情が少し異なるので、順を追って話させてください。
便宜上、10年前の大量採用を、“第1次データサイエンティストブーム”、現在のニーズの高まりを、“第2次データサイエンティストブーム”と表現することにします。
“第1次データサイエンティストブーム”は、データサイエンスという言葉が誕生したばかりの時期で、明確な定義が存在しませんでした。“それっぽいスキル”を持っている人材が「自分はデータサイエンティストである」というセルフブランディングをしていました。
また当時は、データサイエンティストへの需要はあれど、それをビジネスに実装する仕組みが整っていませんでした。「データからインサイトを導き出し、それをベースに意思決定をする」というのが、当時のトレンドです。
もともとデータサイエンスは、サイエンスのために生み出された技術であり、それをビジネスに活用するすべ知っている人がほとんどいなかったのです。
そのため、採用したはいいものの、利益へのインパクトが少なく、企業によっては「データサイエンティスト=コストセンター」という認識を持たれることもありました。
一方、“第2次データサイエンティストブーム”では、データサイエンティストの明確な定義が誕生しました。また、データサイエンスを使いこなして売り上げを創出する事業会社も、少しずつ増えています。
例えば、データドリブンな顧客のターゲティングです。
世界中の顧客を一軒一軒ドアノックして回ることは現実的に不可能なので、「この商品を買ってくれる可能性が高い顧客は誰か」を、データをもとに予測し、1回あたりの営業効率をあげるというものです。
他にも、私たちの生活になじみ深いものとして、「レコメンド・エンジン」があります。ECサイトで特定の商品を購入した際に、関連商品の購入を勧める機能の開発にも、データサイエンスが関わっています。
このように、以前に比べてデータサイエンスを直接的にビジネスへと実装できる企業が増えてきました。
とはいえ、給与の高いデータサイエンティストを使いこなせていない企業が大半なのも事実です。
みなさんが日常的に利用するサービスを展開する有名企業の中には、「採用ブームに乗っかって青田買いをしたものの、利益につなげることができずに大量解雇する」という事態に陥っている企業もあります。
技術力よりも、当事者意識が求められる
—— 現在、需要に対してデータサイエンティストの数は足りているのでしょうか。
シバタ:求人の数に対して、全然足りていません。データを扱える人はいても、データサイエンティストに求められる能力を持つ人は、そう多くはいないのです。
—— 「データサイエンティストとして求められる能力」とは、どのようなものなのでしょうか。
シバタ:まず、何より重要なのが、課題発見能力。サイエンスでも、ビジネスでも、データサイエンティストが真っ先にやるべきは課題発見です。
ビジネスにおいて、利益に多大なインパクトを与える課題の発見は、非常に重要です。ここでいうビジネスパーソンとしてのデータサイエンティストとは、企業に蓄積されたデータを活用し、価値を生み出す人です。課題発見能力なくして、それは実現しません。
また大前提として、プログラミングができることも必要です。最近では、データサイエンスの中核的な技術であるPythonに習熟していることが求められます。そのうえで、データベースを操作するためのSQLなどのスキルも必要でしょう。
—— テクノロジーに精通しているだけでは、データサイエンティストにはなれないと。
シバタ:その通りです。むしろデータサイエンティストとして活躍するには、事業課題解決における当事者意識といった、ソフトスキルすら求められます。
私が採用面接をする際は、データサイエンスを通じて、事業にインパクトを生み出した経験があるのかを確認します。そうした経験がない人はむしろ多数ですが、弊社では採用しません。
データサイエンスを通じて事業成長に貢献した経験がない人は、「データの力を本気で信じていない」と感じるからです。「本当に役に立つものなのか」と、データサイエンティスト自身がその価値に懐疑的では、事業インパクトを達成することはできません。
すでに「大量解雇が起きている」というお話もしましたが、雇用者側だけでなく、データサイエンティスト側にも問題があります。テクノロジーに精通していても、事業視点がないために、コストセンター化する一因になってしまっているのです。
データサイエンティストには“幅の広さ”が求められます。「自分の担当は技術だけです」と線引きをしてしまうようでは、データサイエンティストにふさわしくないと思います。
事業インパクトの創出こそ、本質
—— 若い世代がデータサイエンティストとしての道を極めるには、どのようなキャリア選択をすればいいのでしょうか。
シバタ:就職先という観点でいえば、大きく2つのパターンがあります。1つは、弊社のようなベンダーやコンサルティングファームに行くことです。
例えば私の古巣のBCGなども、データ人材の育成に積極的です。在籍しているデータサイエンティストの数も多く、レベルの高い環境だと思います。
もう1つは、事業会社に就職して、自社専属のデータサイエンティストになるパターンです。私の印象だと、例えばリクルートなどはデータサイエンティストの育成にたけていると感じています。成熟したチームがあり、事業価値を高めるために活動しているので、学べることも多いはずです。
しかし事業会社の場合、チームが立ち上がったばかりだったり、もしくは実質的に機能していないケースも少なくありません。社内に在籍していたエンジニアやデジタルマーケターが、データサイエンスをかじった程度で、データサイエンティストを名乗ってしまっているケースもあるので、注意が必要です。
特に新卒であれば、すでにデータサイエンティストのチームが利益にインパクトを与えている、つまりデータサイエンティストを使いこなしている企業を選ぶべきです。
—— 事業会社の見極めは、どのようにして行えばよいのでしょうか。
シバタ:シンプルに、「どうすれば評価されるか」を聞いてみればいいと思います。
そこで「利益への貢献」、もしくはそれに類する回答が返ってこなければ、データサイエンティストに求められる本当の職能をつかみきれていないということなので。
—— 今後データサイエンティストを目指す若い世代に向け、伝えたいことはありますか。
シバタ:繰り返しになりますが、データサイエンティストとは「企業に蓄積されたデータを活用し、価値を生み出す人」です。技術力にたけていても、それだけでは不十分です。
日本を代表するデータサイエンティストの尾崎隆さんは、データサイエンティストは「アナリストの仕事に統計学や機械学習を持ち込んだもの」であり、アナリストの仕事を「統計分析や機械学習によってさらにブーストさせる」仕事だと、ご自身のブログで語られています。私も、全くの同意見です。
インサイトを導き出せても、エンジニアリングができても、ブーストする——つまり、事業インパクトを生み出せなければいけません。
その大前提を知った上で、データサイエンティストという職業を目指してもらえたらうれしいです。
(取材:伊藤 健吾、文:オバラ ミツフミ、編集:佐藤 留美、デザイン:九喜 洋介、撮影:大隅 智洋)