【転機】安定志向の学生が、神戸の「公務員イノベーター」になった理由

【転機】安定志向の学生が、神戸の「公務員イノベーター」になった理由

  • 地方公務員

目次

トップダウン、安定志向、単調な仕事——。



「公務員」と聞いたときに、思い浮かぶのは一般的にはどこか保守的なイメージではないだろうか。



しかし、本当にそうだろうか?


「公務員こそ、成長のチャンスに満ちた仕事だ」と語るのは、神戸市役所の長井伸晃(ながい のぶあき)さん。自治体初のフェイスブックジャパンとの事業連携協定締結や、コロナ禍での複数のフードデリバリーサービスとの事業連携など、地方公務員の通常業務の枠を超えて活動してきた。



「信頼が人々をつなぐ適役であることの証」「異動は成長のチャンス」などのキーワードをひも解きながら、地方公務員という仕事の未来を探っていく。

【転機】安定志向の学生が、神戸の「公務員イノベーター」になった理由_長井伸晃

「公務員でもワクワクできるんだ」


—— 長井さんは“公務員イノベーター”として活躍していますが、公務員の仕事は保守的なイメージを持たれがちです。なぜ神戸市役所へ入ろうと思ったのですか?


大学進学を機に出会った神戸の美しい街並みに引かれて、公務員試験を受け、縁あって神戸市役所に入庁しました。


とはいえ私自身も、入庁当初はどちらかといえば、安定を求め、アフター5は「趣味など自分の時間に使えれば」と思っていました。高い志を持っていたわけではありません。


しかし、さまざまな部署で産官学連携事業を企画したり、組織の壁を越えた課題解決などに携わっていく中で、「公務員こそ、地域課題解決におけるイノベーションの核であり、成長のチャンスに満ちた職である」と、今は考えています。


—— 入庁当初は、どのような仕事をしていましたか?



新人時代に担当したのは生活保護のケースワーカーで、現場の最前線で市民に向き合いました。

安定志向の学生が、神戸の「公務員イノベーター」になった理由_長井伸晃

—— 希望した配属だったのですか?



違いましたが、配属された以上は全力で取り組もうと思いました。


とはいえ、大学を卒業して間もない時期だったので、本当に世間知らずだったなと。時には失敗もして、自分の判断が市民の生活を左右することを身をもって実感し、公務員の仕事の重みを学びました。


2年務めたのち、「組織内部のことを学びたい」と希望すると、その通り給与課へ配属され、給与・人事評価制度などに6年間携わりました。


その後は、係長に昇任するタイミングで、新設されたICT活用関連の部署に異動しました。


どちらかといえばテクノロジーには疎い方で、人事異動に関する意向調査にも「苦手分野はシステム」と書いていたくらいでした。にもかかわらず、ふたを開けてみるとまさかの配属で(笑)。


でも、この異動が、公務員でもワクワクできることに気づくターニングポイントになるのです。

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Photo : iStock / Zbynek Pospisil

—— きっかけは、どのようなことだったのでしょうか? 


配属1年目の秋に、世界規模のデジタルメディア・コンテンツの学会・展示会「SIGGRAPH ASIA(シーグラフアジア)」が神戸で開催されることになりました。


この大会の開催に合わせて、多くの地元企業や大学研究機関の出展などを呼びかけるとともに、神戸市民の参加を促す共催イベントの立ち上げから運営までを、一から任されることになったのです。


4月の異動当初に「長井くん、半年後にこんなイベントが開催されるからよろしくね」と。


当然、僕はICT関連のネットワークが何もなかったので、上司の人脈を頼ったり、周りで一緒にイベントを盛り上げてくれる仲間をとにかく必死に探し回ったりして、共催イベントを行うための実行委員会を設立しました。



とことん自主運営にこだわりながら、多くのIT企業や大学に協力を呼びかけ、「経済産業省から補助金が出る」と聞けば自ら申請を出したりして予算を当初の2倍にしました。


その結果、展示会に出展した神戸市ブースでは、のべ約70の企業や大学などがプレゼン・出展を行い、レセプションイベントには約1300人もの参加者が集まる大盛況でした。


無事に終えられたとレセプション会場の片隅で一人ホッとしていると、イベント終了後に実行委員会のメンバーから「長井さんがおらんと始まらへんって皆言ってるで」と声をかけられて、まさかの号泣。


仕事で感動して泣くことになるとは思いもしませんでした。


運営をまるごと事業者へ委託することもできたはずでしたが、その費用は中身の充実に回したかったのです。


そんな思いで素人ながら妥協せずに汗をかいたことで、ありがたいことにステキな仲間が集まり、想像以上の結果につながったのかなと思います。


「公務員でもこうして組織外の方々と協働して、新しいものを生み出せるんだ」と感じた瞬間でした。


このイベントの成功をきっかけに、「組織の枠を超えて新たな価値を市民に提供することに挑戦していきたい」と考えたのです。


「つなぐ」が課題解決の一歩

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Photo / iStock : Natee Meepian

—— その後は、どのような取り組みをしてきたのでしょうか?

2018年には、フェイスブックジャパンと事業連携協定を結びました。


神戸市役所内では、課やプロジェクト単位でたくさんのフェイスブックアカウントが運用されていて、情報発信の質や頻度にバラつきがあったんですね。



そこで、フェイスブックジャパン監修のもと、アカウント開設や運用についての基準を定めたガイドラインを整備し、市民への体系的な情報発信につなげる仕組みづくりを行いました。



他にも、市職員や地元企業・商店街、NPOなどさまざまな対象者のセミナーを共催し、ビジネスやコミュニティの活性化にSNSをご活用いただくノウハウをシェアしました。



これは自治体初の取り組みで、前例のない中での調整はもちろん大変でしたが、業界のトップランナーとのやり取りには大きな刺激を受けました。


他にも、NTTドコモやヤフーなど、さまざまな民間企業との連携も進めました。



例えばヤフーとは、同社が持つデータを活用することで人流を分析し、都心三宮再整備の一環である車線を減らして歩道を広げる「道路のリデザイン」事業による効果の可視化に取り組みました。


具体的には、道路のリデザインによるにぎわいや回遊性の向上効果を客観的に検証・PRするというものです。


こうした連携を手掛けたのち、私自身は2019年に「つなぐ課」に異動しています。


「つなぐ課」とは、部署や組織の壁を越えてステークホルダーの取り組みを「つなぐ」ことで、市政課題を解決することを目的とした、神戸市独自の新設部署でした。



「これまでの活動の発展型に挑戦できるのではないか」と考え、自ら手を挙げ、異動を希望しました。


当初は組織の縦割り構造の打破が主な目的として始まったつなぐ課でしたが、組織内に限らず、課題に応じて「つなぐ」対象は市民や民間企業、地域団体、NPOなど多岐に広がっていきました。



例えば、コロナ禍による1回目の緊急事態宣言発令直後の2020年4月には、Uber Eatsや出前館、キッチンカー事業者と連携し、飲食店や家庭に対する支援に取り組みました。

【転機】安定志向の学生が、神戸の「公務員イノベーター」になった理由_長井伸晃
Uber Eatsとの事業に関する記者会見(写真:本人提供)

—— 課題解決のために組織の壁を越えるにあたり、役所外の人とのつながりが重要になってくると思います。長井さんは、どうやってつながりを形成していったのですか?


外部で行われるさまざまなイベントやセミナーに積極的に参加し、各分野においてキーマンになりそうな人物とつながりを持つようにしていきました。


それだけでなく、地域にも足を運ぶことで市の課題や強みをキャッチでき、かつ課題が持ち上がったときに相談できる人物がすぐに思い浮かぶようになりました。


これまでさまざまな連携事業を手掛けてきましたが、一方で属人化してしまっている部分もあり、いかにして立ち上げた当初の思いを伝えられるかが課題であると感じています。


施策は継続できてこそ価値があります。立ち上げただけで満足するのではなく、思いとノウハウをしっかりと広げ、つなげられるようにしていきたいです。


—— 現在はどのような仕事を担当しているのでしょうか?


今年4月に「経済政策課」へ配属され、神戸市内の産業活性化を促進する業務を担当しています。


「つなぐ課」では庁内と庁外の連携が多かったですが、今の部署では、神戸市内の中小企業が持つ優れた技術と全国で活躍するクリエイターのアイデアやデザイン力を組み合わせて、既存産業の高付加価値化につなげることができないか、と考えています。


「神戸市」と聞くと、皆さんはどのようなイメージを持たれるでしょうか?



「オシャレな街」とか「海と山がある街」という印象が強いかもしれません。しかし、知れば知るほど、神戸は他にもいろんなポテンシャルを感じさせてくれる魅力的な街です。



産業振興の担当となり、神戸経済を支えてくださる中小企業の方々から話を伺ってるのですが、これほどまでに社会インフラや生活になくてはならないものの製造などにかかわっていらっしゃるのかと驚いています。



その優れた技術にクリエイティブな力を掛け合わせることで、ワクワクするようなイノベーション事例を一緒になって生み出し、「神戸なら中小企業の方々と面白いことができる」と思われるような街をつくっていきたいなと。



そうすることで、全国からの投資や、人材の流入にもつながるのではないかと考えています。


異動を成長のチャンスに

安定志向の学生が、神戸の「公務員イノベーター」になった理由_長井伸晃

—— なぜ、長井さんは公務員を「成長のチャンスに満ちた仕事」だと考えるのでしょうか?


自治体はその地域に関する情報が最も集積するプラットフォームであり、地方公務員はいち早く課題をキャッチすることができます。



そして、日頃から市民や事業者の方と接する中で、公務員という立場には、やはり基本的に信頼があることを感じています。



組織や立場を超えて、さまざまな人を巻き込んで大きなイノベーションの核となるのに、本来は最適な役のはずなのです。



現在、日本では少子高齢化が進み、人口減少により税収も必然的に減少の一途をたどっているとともに、地域課題も多様化・複雑化しています。それに伴い、多くの自治体が、一つのセクション、あるいは役所の中だけでは解決できない課題に次々と直面しています。



もはや「前例がない」という言い訳は通用しません。現状を俯瞰して把握したうえで、関係者を巻き込み、必要に応じて柔軟に新しい発想やテクノロジーを取り入れていくことのできるリーダーシップとデザイン力を持った人材が、求められているのではないでしょうか。



—— 一方で、公務員という職の特性上、定期的な異動は避けては通れない道です。自分の思うようにキャリアをデザインするのは難しいのではないでしょうか?



確かに、実際に私はどちらかといえばテクノロジーに疎い方だったにもかかわらず、ICT創造担当に配属されました。



しかし、かかわってみると意外に面白く、食わず嫌いだったのかなと。嫌々やらずに、腹をくくってどっぷりその世界に染まるぐらいの気持ちで臨んだのが良かったのかもしれません。



また、それまでのキャリアとの関係でいうと、ケースワーカーでは市民目線やコミュニケーションを学び、給与課では組織における意思決定のプロセスやキーマンを知ることができました。これが、官民連携をはじめとする新規事業を企画・調整する際の基礎になっていると実感しています。



このように、与えられた場がそれまでの経験と思わぬ形で掛け合わさって可能性が開き、次のチャレンジへの道につながることが大いにあります。



また、異動は自分らしいキャリアを歩む転機を与えてくれる一つのチャンスにもなり得ると考えています。ですので、「これは自分には向いていない」と最初から決めてかからなくてもいいのではないでしょうか。


一方で、チャレンジしたいことが見つかったなら、訴え続けることも大事だと考えています。


目の前のことにひたむきに向き合っていれば、組織は見ていてくれるはずです。


まずはフォロワーから始める

【転機】安定志向の学生が、神戸の「公務員イノベーター」になった理由_長井伸晃
Photo : iStock / molchanovdmitry

—— 長井さんのように「与えられた仕事の枠を超え、もっと活動的になりたい」と思っているけれども、何から始めればいいか分からない公務員の方もいると思います。長井さんから、何かアドバイスはありますか?


まずはいろんな情報をキャッチするために広くアンテナを張り、自分が共感した活動や、そこで頑張っている人のフォロワーになることから始めてみてはどうでしょうか。


自分がファーストペンギンになって行動するのは、確かにとても勇気が必要です。何かやろうとしている人がいたら、その人も仲間を求めているはずですし、応援する側に回ることで学ぶこともたくさんあると思います。


応援される側にとって、フォロワーの存在はとてもありがたいのです。


私も神戸の知られざる魅力を発掘・発信するNPO「Unknown Kobe」を立ち上げましたが、本当にステキなメンバーが仲間として集まってくれました。そして、皆さん自分には持っていない視点やスキルを持っているので、多彩な活動を展開することができています。


もし自分の周りにいなくても、今の時代はオンラインですぐにつながれますし、他の地域に面白い動きをしている人は必ずいるはずです。


場所は違えど、「地域を良くしたい」という思いは同じだと思うので、自分が共感できる人は必ず見つかるはずです。


新たな価値を生み出したり、課題を解決したりすることは決して1人ではできません。


小さな成功体験を重ね、共感の輪を広げていくことが、ワクワクする街づくりへの第一歩なのだと思います。


—— 最後に、公務員を目指す若い世代に向け、伝えたいことはありますか?


民間企業とは異なり、地方公務員はサービスの届け先が全市民です。


全市民にご満足いただける街づくりは飽くなき課題であり、かつ面白みのある挑戦ともいえるでしょう。


何より、地方公務員の魅力は、自分の手掛けたことに対するフィードバックがじかにあること。


ポジティブ・ネガティブ問わず市民の反応を受け、次の施策を打ち、市政を一歩前へ進める。この繰り返しで、自分自身も成長することができます。


大切にしたい場所があり、「まち」という軸でイノベーションを起こしていきたい人は、ぜひチャレンジしてみてください。



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取材・文:齋藤知治、取材・編集:小原由子、編集:佐藤留美、伊藤健吾、デザイン:國弘朋佳、撮影:小林将也

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