【再起】ラグビーのプロを諦めた僕が、なぜM&Aのプロになったか

【再起】ラグビーのプロを諦めた僕が、なぜM&Aのプロになったか

  • M&Aアドバイザー

この記事に登場するロールモデル

学生時代に学んだこと、打ち込んだことを生かして仕事がしたい。


そう思って就職活動に臨んだ人は多いだろう。だが、現実はシビアだ。希望通りにいかず、想定外の形で社会人生活を始めるケースはよくある。

現在、M&Aの仲介業を手掛けるGrowthix Capital(以下、グロウシックス)で働く坂本 匠(さかもと たくみ)さんも、大学を出た後、描いていた将来に軌道修正を迫られた。


プロのラグビー選手を目指したが、あと一歩のところで断念し、“出遅れた新卒社員”として働くことになったのだ。

学生のときはエントリーシートを書くことすらなかった坂本さんが、なぜ、高度な専門知識を問われるM&Aアドバイザーの仕事に就くことができたのか。


「何かしらのプロになりたかった」「だから今の仕事が楽しい」と語る坂本さんの経験談から、挫折した後にやりがいを再発見するヒントを探る。

【挫折】ラグビーのプロを諦めた僕が、なぜM&Aのプロになったか

目次

まずは限界までやってみたかった



—— 学生時代は、M&Aアドバイザーの仕事とは全く無縁のラグビー選手を目指していたそうですね。


はい。大学にいた頃は就職活動をせず、プロになる気満々でした。


プロの夢を抱いたのは大学3年時、ラグビーの盛んなニュージーランドへ半年間のラグビー留学をしたときです。


高いレベルのラグビーに触れ、「一度きりの人生、好きなスポーツを限界までやってみたい」という思いがあふれてきました。


また、当時は漫然と就活をすることに違和感を持っていて。周囲の友だちが何十社、何百社とエントリーシートを出している姿を見て、「本当にやりたい仕事と思って応募しているのか」と感じていました。


やりたくもない仕事に自分を売り込むことに、力も気持ちも入らなかったのです。


—— それで、就職せずラグビーに打ち込んだのですね。プロになるために何をやったのですか?


大学を出てから改めてニュージーランドに渡り、カンタベリーユニバーシティという現地の強豪チームに入れてほしいと直談判しました。


「高いレベルでプレーすることで成長し、日本でプロになりたい」「だからここでやらせてくれ」と。


正式なアポイントではなく、コネもない状態だったので、本当にダメ元でした。でも、運良く練習試合を集中的に行う期間と重なり、監督から「期間中に何度か起用するから、そこで実力を発揮できたらチームに加える」と言われたのです。

【挫折】ラグビーのプロを諦めた僕が、なぜM&Aのプロになったか
ニュージーランドでプレーしていた頃の坂本さん(写真左)

それから約1年間で、私は1軍の年間最優秀守備選手と、チームマンシップ賞の2つに選ばれました。


世界的な強豪のオールブラックス(ラグビー・ニュージーランド代表)にも数々の選手を輩出するチームだったので、大きな自信につながりました。


—— その後、日本でプロ選手になるためのトライアウトを受けたそうですが、どんな経緯だったのですか?


同じチームでプレーしていた、神戸製鋼ラグビー部「コベルコスティーラーズ」の選手たちとの交流がきっかけです。


神戸製鋼は毎年、所属選手を何名かニュージーランドに短期派遣していました。その選手たちと顔見知りになり、「ウチのテスト受けてみなよ」と声をかけてもらったのです。


ただ、神戸製鋼は世界各国のラグビー代表選手が集まる名門中の名門です。トライアウトを受けてみたら、歴然とした実力差を感じました。


体格面を含めて、それはもう、努力では埋められない先天的な壁でした。


そんな選手たちとポジションを争ういばらの道を歩むのか。それとも、自分の限界を知れたことで、別の道を歩むのか。そう考えたとき、ラグビーで培ってきた経験を、何か別の仕事に生かしたいと考え始めたのです。


転機は似た経験を持つ先輩の一声

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