世界中に知られる外資系企業の副社長を務めながら、三児の母として家事もこなす。
言葉にするだけでも大変そうな毎日を、パワフルに過ごす女性がいる。Creative Cloudなどクリエイター向けツールを提供するアドビのバイスプレジデントで、マーケティング本部を統括する秋田夏実さんだ。
東京大学の経済学部を卒業した後、三菱銀行を経て、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院でMBAを取得。帰国後はシティバンク、新生銀行、HSBC、マスターカードの副社長と金融業界でキャリアを築き、46歳でアドビに転職している。

IT業界への転職は初めてだ。それでも、「私はマーケターとして天才ではありませんが、人それぞれに異なる個性をつなぎ合わせるのが得意」と語り、現在は100名以上のメンバーを束ねている。
息をつく間もない多忙な日々を送っているのは想像に難くないが、仕事にも家事育児にもぬかりなく取り組む秋田さんは、日々どのようなスケジュールで動いているのだろうか。
代表的な1日のスケジュールを聞いてみた。
早朝と昼のルーティンを重視

秋田さんの1日は、午前3時半に始まる。
起床してメールチェックが済んだら、まずは録画していたテレビ番組をチェックする。マーケターとして世の中で流行しているものを把握するため、ニュース番組や話題のドラマを2倍速で観るのだという。
朝5時には朝食を作りながら軽くストレッチをした後、ニュース番組を聴きながら30分間のランニングに出かける。
「アメリカの多くのビジネスパーソンたちは、皆さん早朝に起きてまず運動をしています。ジムに行きランニングをしながら、仕事の資料に目を通すのです。そのような働き方を間近で見てきたので、自然と身に付きました」

時差の関係で米国本社との会議が入るため、秋田さんの仕事は7時には始まる。10時までの3時間、マーケティング戦略や広報戦略について2〜3本のオンラインミーティングをするそうだ。
10時から12時も会議が続くが、こちらは日本チームのメンバーとの1on1。他部署のリーダーと情報を共有し、次のアクションを決めるためのものだ。
「本社のメンバーは、地理的にも文化的にも距離があるので、会議での伝え方には気を付けています。日本人相手だと空気感で伝わることも、彼らにはコンテクストも含めてロジカルに伝えなくてはいけない。
すれ違いが起きた分時間を消耗するので、相手に納得してもらうために最適な伝え方をよく考えるようになりました」
怒涛の会議ラッシュが過ぎ去った頃には、正午を回っている。
忙しい日は昼食を抜くこともあるが、基本的には12時〜13時の間は家事をするために空けるようにしている。
子供が習い事に行くための準備をしたり、スーパーのオンラインショップで食材を注文したりと、細かい作業をこの1時間で済ますそうだ。
「週2〜3回、信頼できる方に家事代行をお願いすることもありますが、気分転換としてのこの時間を大切にしています。例えば、あらかじめ野菜を切ってもらっておいて、最後の仕上げは自分でやるといったケースが多いです。最近は在宅ワークが中心なので、家事をできる時間がとれるのはありがたいですね」

秋田さんいわく、家事をしている間は唯一脳が休まる「くつろぎの時間」。オンタイムは多忙を極めることもあり、起床後とお昼、夕方の数時間は意識的に頭を切り替えるそうだ。
日中は徹底した「議論の時間」
お昼休憩を挟むと、また夕食の時間まで会議が続く。13時から17時半の会議は、午前中の会議で話し合った内容を、自分のチームのメンバーやステークホルダーに共有する場だ。
「アドビは徹底的にデータドリブンな会社」ゆえ、ダッシュボード(各種データを統合して表示する管理画面)を見ながら、目標達成のために誰が何をするべきなのかを明らかにし、次のアクションを明確にする。
ちなみに、この手の会議は月曜日に入ることが多い。前週や週末のデータをおさらいすることで、その週のうちに何をすべきかが明確になるからだ。
会議の雰囲気について、秋田さんはこう語る。
「アドビの良いところは、社内政治や対立がないところ。全員が目標を達成するのに必死で、対立している暇がないんです。揉めている時間があったら、少しでも現状を打開するために一緒にアクションを起こすべきだと考えています。社内政治や対立が起こるのは、よく言えば余裕のある、悪く言えば暇な会社であることの証なのかもしれません」
また、目標を達成するためなら、目上の人間にも誤りを指摘できる風通しの良さがあるという。バイスプレジデントの秋田さんにも、部下から鋭い指摘が遠慮なく飛んでくる。
メンバー全員が自分の専門領域にプロ意識を持っており、お互いに信頼関係があるからできることだ。
「バイスプレジントとして、何を言ってもいい空気感をつくることには気を配っています。みんな、自分の専門領域に関しては私より詳しいからです。自由に発言できる空気づくりをすることで、会議の中だけでなく、普段の雑談の中でも重要な発言が出てくるようになります」
会議を終えたら、夕食前の30分は、全社で行うオンラインエクササイズに参加。ボクササイズなど激しい運動から、マッサージやヨガなどリラックス効果を狙ったプログラムがあるという。
また、コロナ禍での社内コミュニケーション円滑化の一環として始めた「バーチャル乾杯」というイベントを金曜日の夕方開催しており、自身も積極的に参加している。

夕方の3時間は家族との時間に
18時から21時は、家族との大切な時間。どんなに忙しい時期でも、この時間帯はミーティングなどの仕事をなるべく入れないように調整している。
子供たちに食事を作り、お風呂に入れ、宿題の面倒を見る。時には、家事をしながら日中参加できなかったミーティングの録画を流し、議事録を読んで気になった部分を補足することもある。
「今まで一番大変だったのは、長男が中学受験をした時です。当時はマスターカードに勤めていた頃で、通っていた塾の先生から『きちんとプリントに書いてある内容をチェックしてください』と叱られたこともあります(笑)」
そんな長男も現在は高校1年生となり、手もかからなくなってきたが、末っ子はまだ4歳。長男が小さい頃からの習慣で、下の子供には就寝前に絵本を読み聞かせているという。
「長男が小さかった頃は10冊、最近は可能な限り1冊は読むようにしています。読み聞かせをしているつもりが、気づいたら私が寝ていることもありますが(笑)」
と、お茶目な一面も見せてくれた。
寝る前に必ず振り返りの時間を
子供たちと過ごす至福の時を終えた21時、秋田さんはその日の会議で話した内容や、翌日以降のタスクを整理する。
「日中、会議ばかりしていると、自分の頭が追い付かなくなることもあります。自分が今日中にやらなくてはいけないこと、今週のうちにやらなくてはいけないこと、来週のうちに……と、頭の中にある情報を整理するため、To Doリストを作ります。細かいマス目がついた方眼紙に、思い付くものを全て書き込んでいくのが私流です」
また、バイスプレジデントである秋田さんの元には、常に大量の連絡が入ってくる。会議が重なり、日中には確認できないことも多いという。
もらった連絡が埋もれないよう、返信やフラグ付けもこの時間で行っている。
「立場上、何らかの意思決定を求められることが多いので、メンバーの時間を無駄にしないためにも、なるべく早め早めに意思決定するように心掛けています。なので、この時間帯に、溜まった返信を一気に片付けるようにしています」
タスクをクリアにしたところで、ようやく長かった一日が終わる。起床時間が早いので、22時半には寝るようにしているそうだ。
多忙な日々を支える2つの出来事

無駄のないスケジュールで、仕事も育児もパワフルにこなす秋田さん。その人並外れたエネルギーは一体どこから来ているのだろうか。
「実は、30代半ばで病気を患ったことがあるんです。服のボタンすら自分でかけられなくなったり、包丁が持てなくなったのでハサミで料理をしたり。子どものオムツも上手く替えられなくなって、オムツのテープを止めるのに口を使ったり。
そんな状況が2年くらい続いてから、幸いなことに寛解しました。明日どうなるか分からない状況になってから、今、働けていることに感謝しようと思えるようになりました」
さらにもう一つ、全力疾走する秋田さんの原動力となっている出来事がある。
「40代の時に、高校から大学まで同じだった友人が亡くなってしまったのです。私の知る限り、彼女以上に完璧で努力家で尊敬できる人はいませんでした。
彼女が亡くなった時、自分は明日死んでも悔いがないほど、全力で何かに取り組んでいないのではないかと思うようになりました。私は彼女のように光り輝くものがないからこそ、せめて毎日コツコツ頑張っていこうと決めたんです」
自分自身の体験、そして友人の死亡をもって「明日が来る保証はない」ことを知っているのだ。
人に与えられた時間は1日24時間と平等である。秋田さんほどのバイタリティとエネルギーを持って日々を過ごせる人は少ないかもしれないが、自分の1日の過ごし方を工夫すれば、何か1つでも、挑戦できることが増えるかもしれない。
(取材・文:倉益璃子、編集:佐藤留美、伊藤健吾、デザイン:黒田早希、撮影:遠藤素子)