【モヤモヤ解決】会社員が「やりたいこと」を仕事にする3ステップ

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目次

「私の仕事は、本当に私がやりたいことだろうか?」——仕事にモヤモヤを抱える“やりたいこと迷子”に悩む人が少なくない。一度きりの人生を、自分らしく生きるにはどうしたらいいのか。


10Xで働く中澤理香さんは、3度の転職とジョブチェンジを通じ、広報・PRとして“オンリーワンなキャリア”を実現している。


しかし、学生時代には「もともと入社を考えていた企業の選考に進むことができなかった」過去があるそうだ。


「偏差値の高さだけで勝ち上がれるのは学生まで」と語る中澤さんのキャリアを振り返り、私たちが天職に出会うためのヒントを探っていく。

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環境次第で、いかようにも変わる

—— ご自分のキャリアについて、どのくらい戦略的に考えてきましたか?


とても苦手な質問ですね(笑)。


数年単位でプランを立てたことはないですし、むしろ行き当たりばったりのキャリアを歩んできました。


新卒では急成長していたベンチャー企業・ミクシィに入社しましたが、意識が高かったわけでも、ベンチャーに興味があったわけでもありません。


もともとインターネットが好きでしたが、就職先として候補に挙げていたのは大手通信会社やSI(システムインテグレーター)会社です。


しかし、リーマン・ショックの影響から、もともと入社を考えていた企業の選考もうまく進みそうにありませんでした。


そんな折、大学の友人が「選考時期が早いからミクシィにエントリーする」と言うので、「それなら私も出そうかな」と、一緒にES(エントリーシート)を出しました。


すると、面接でも楽しく話すことができ、就活に苦戦していたのがうそのように、トントン拍子で内定が出たのです。


もともと入社するつもりはありませんでしたが、これだけスムーズに選考が進むということは、きっと自分に合っているのだと思いました。


また、平均年齢が若く、自由なスタイルで仕事をする社風も気に入り、縁を感じて入社を決めています。


—— ミクシィでは、どのような仕事をしていたのでしょうか?


Webディレクターとして入社し、新規サービスの開発に従事していました。


具体的な業務は、今でいうプロダクトマネージャーです。


デザイナーやエンジニアといった専門職と協働しながら、当時の主力サービス「mixi」に続くサービス開発に挑戦していました。


ミクシィには、若手に期待する文化があります。


入社1年目からサービスを企画し、立ち上げまで任せてもらうなど、これ以上ないほど充実した経験をさせてもらいました。


—— 充実したキャリアを歩んでいたにもかかわらず、なぜ退職したのですか?


サービスを大ヒットさせられるイメージが湧かなかったからです。


社内で活躍していた先輩や、他社でサービス開発を成功させている人たちを見たときに、彼らと私ではスキルに差がありました。


また、私は企画したサービスを3回中3回クローズさせており、これから大成功する未来を想像できませんでした。


エンジニアリングやデザインをゼロから学び、Webディレクターとして腕を磨く選択肢も検討しましたが、自分の強みがそこにないことは明白だったので、断念することに。


当時の上司にも「中澤はいろんな職種の人と円滑なコミュニケーションを取るのが上手だ」と言っていただいていたので、より自分の強みを発揮できるよう、職を変えてキャリアを歩むのもありかな、と考えていました。



—— ミクシィを退社した後は、どのようなキャリアを歩んできましたか?


子どもの頃から海外で働くことに興味があったので、一度日本を離れることにしました。


当時25歳でしたが、将来の結婚や出産を考えると、挑戦は早いほうがいい。


具体的なプランがあったわけではないものの、あとあと後悔するのは嫌だったので、「キャリアの早い段階で、やりたいことをやってしまおう」と考えたのです。


次の仕事も決めずに退職したので、よく「思い切ったね」とか「リスクを取るのは怖くなかった?」とか言われるのですが、「うまくいかなくても、最悪でも貯金がなくなるだけだ」と楽観的でした。


振り返ってみると、ミクシィで働いた3年間で、フットワークが軽くなっていたのだと思います。


海外経験のあるメンバーがたくさんいたので、「海外で働く」という選択肢が、それほど遠いものではなかったのです。


かつての自分なら、二の足を踏んでいたと思います。

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—— 海外では、どのようなお仕事をしていたのでしょうか?


最初にインターンをしたのは、DeNA出身の方が立ち上げた東南アジアのスタートアップ・YOYO Holdingsです。


本格的に働く前に、一度英語のスキルアップをしようとフィリピンのセブ島で短期の語学留学をしていたのですが、その合間にインターンとして働かせてもらえることになりました。


たった2週間の勤務でしたが、YOYO Holdingsで働いた経験は、私にとっての財産です。


というのも、「海外で働きたい」という漠然とした思いが、正確には「グローバルな環境で働きたい」だということに気づけたからです。


YOYO Holdingsでのインターンは、自分のバックグラウンドを生かせるものでしたし、いろいろと挑戦をさせてもらえ、非常に充実していました。


ただ、実際に働いてみて気がついたのですが、私が描いていた「海外で働く」とは、少しイメージの異なる環境でした。


特定の国に根ざして働くことは、「その国に特化して詳しくなる」ので、ある意味ローカルな仕事でもあります。


一方で、私は「異なる宗教観を持つ人や、文化が違う世界中の人と働く」という経験がしたかったのです。


つまり、私にとって重要なのは、「海外で働く」ということではなく、「多様なバックグラウンドの人が混ざる文化で働く」という環境だったのです。


自分自身の価値観に気づけたことで、おぼろげだったキャリアの輪郭が、少しだけはっきりと見えてきました。


とはいえ、どこで働くかは決まっていなかったのですが(笑)。



偏差値より、レア度で考える

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—— その後は、ローカルビジネスの口コミサイト「Yelp」の日本法人に勤務しています。どのような経緯で入社したのでしょうか?


語学留学を終えたものの、次に何をするかの結論を出せず、日本に一時帰国していました。


そのタイミングで、起業を志す若者に向けたシェアハウス「Tech House」がシリコンバレーにオープンすることを偶然知ります。


直感的に住んでみたいと思い、「無職でも住めますか」と連絡し、サンフランシスコに飛びました。


アクティブな活動をしているように聞こえるかもしれませんが、むしろキャリアにはモヤモヤしていました。


刺激的な毎日だったものの、他の住人は起業を目指していたり、転職活動の合間だったりして、私だけが無職だったのです。


滞在の期限も迫っていたので、「これからどうしようか」と悩む日もありました。


そんな矢先、たまたまチャンスが訪れます。


ミクシィで働いていた同僚がアメリカ大使館に転職していて、アメリカに私がいることを知った彼女が、「Yelpが東京でコミュニティマネージャーを探しているらしいけど、興味ある?」と教えてくれたのです。


早速Yelpの担当者を紹介してもらい、本社に面接を受けにいきました。



オフィスは“ザ・サンフランシスコのスタートアップ”な雰囲気で、とにかくオシャレ。


コーヒーを片手にフランクな面接を受け、私の経歴を話したり、面接官に仕事の内容を聞いたりしていると、通りかかった社員の方も気さくに声をかけてくれました。


そこにあったのは、私が求めていたグローバルな環境です。


勤務地は東京なので、もともと希望していた海外ではありませんでしたが、日本人のメンバーは代表以外におらず、社内の公用語は英語です。


研修では世界32カ国の同僚が一堂に会するという話も聞き、環境に魅力を感じて転職を決めました。


—— 「コミュニティマネージャー」という聞きなれない職種に就いています。どのような業務をしていたのですか?


一言でいえば、「サービスのファンを増やすために、いろいろな活動をしていく仕事」です。


「Yelp」を少しでも好きになってもらうことがミッションだったので、面白いお店や街を開拓しながら、オンラインでユーザーさんとコミュニケーションしたり、毎月オフラインイベントを開催したり、幅広く活動していました。

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また、当時はリモートワークだったのでオフィスがなく、自宅やカフェで働くのも新鮮でした。


毎朝Skypeでチームと打ち合わせをして、週に何度か本社や他社さんとの打ち合わせをするのですが、働く場所は自由です。


東京にいながら、世界中の人とつながれる——。ミクシィ在籍時に「いろんな職種の人と円滑なコミュニケーションを取るのが上手」と上司に言っていただいたように、自分の個性を生かした仕事ができていると感じていました。


—— 一度はキャリアにモヤモヤを感じたものの、自分に合った職に出会うことができたのですね。


当時感じたのは、「偏差値ゲームは学生までで終わる」ということ。


私は学生時代、就活を偏差値で捉えてしまっていたのだと思います。


大学と同じように企業にも偏差値があり、トップに位置するのは、例えば商社や金融、外資コンサルといった就職人気企業です。


それらの企業に就職するのは難関大学出身の優秀層で、そこには入れない学生が、レベルに応じた企業群に就職するものと思っていました。


そして、どれだけ偏差値の高い企業に入れるかで、その後のキャリアがおおよそ決まるとも思っていました。


私はミクシィのことが大好きで入社しましたし、就活の結果には納得していました。


でも、大手企業に内定した友人から「なんでミクシィなんかに就職するの?」と言われたこともあり、「就活というゲームに負けた」という意識が少なからずありました。


ただ、ミクシィ、Yelpと自分に合った働き方ができたことで、そうした感情がなくなっていきましたね。


趣味と仕事を隔てることなく、好きで得意なことで徐々にキャリアを築けていけそうだと思えたからです。


ではなぜ、そうしたキャリアを見つけられたのか。


「キャリアは偏差値ゲームではなく、むしろユニークであることが大事だ」という考えに至ったからです。


例えば大手企業に就職すると、就職した時点で“数百分の1の自分”です。


そして、1つ上の世代にも、その上の世代にも、同じように厚い層があります。


つまり、社内外で「声をかけてもらえるような人」になるまでの道のりが、すごく長い。


でも私の場合、当時はそこまでメジャーではなかった「新卒でベンチャーに就職する道」を選び、退職後はサンフランシスコに飛んで、Yelpの1人目の正社員として、当時はまだ珍しい「コミュニティマネージャー」として働いていました。



この時点で、比較対象があまりにも少ないのです。


幸運なことに、当時は「コミュニティマネージャー」という職種自体の注目度があがっていたこともあり、「中澤理香」として声をかけてもらえる機会がすごく多くなりました。


私よりもビジネスパーソンとして優秀な人は、世の中にごまんといます。


ただ、偶然ユニークなキャリアになったことで、社外とのつながりが増え、仕事の機会も増えました。


その経験から、偏差値の高さだけで勝ち上がれるのは学生までで、社会に出た後は「レア度が大きな武器になる」と身をもって感じたのです。


もちろん、ある程度の実力があってこそだとは思いますが。



在籍期間より、場数で考える

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—— 「Yelp」を退職した後、メルカリに転職しています。どのような経緯があったのですか?


1年半リモートワークをしてみて、自分に向いていないと思ったのです。


Yelpは大好きな職場でしたが、チームと一体感を持って働くのが好きだったので、次第に寂しくなってしまって。


今後のことを考えても、メンバーと密接な関係を築ける環境が肌に合うだろうと、転職の意思を固めました。


そこで、ミクシィ時代から知っていた小泉文明さん(現・メルカリ取締役会長)にキャリア相談をしたところ、「メルカリで働いてみれば」と声をかけてくれたので、選考を受けることにしました。


当時、自分が貢献できそうだったのが、プロダクトマネージャーと広報の2職種です。


経験値のあるプロダクトマネージャーとして働く選択肢もあり悩みましたが、「中澤なら広報できそうだから、大丈夫でしょ」という小泉さんの後押しもあって、ジョブチェンジを決意しました。


未経験での転職だったので、自信があったわけではありません。


とはいえ、Webディレクターとして新規事業を立ち上げたり、コミュニティマネージャーとしてステークホルダーとの関係構築を行ってきたりした経験は、広報にも生かせると考えていました。


また、1人目の募集だったことも、決め手の一つです。


自由度の高さも魅力でしたし、オリジナルなキャリアをつくっていけるチャンスだとも感じていました。


—— メルカリでは、広報としてどのような業務をしていたのでしょうか?


広報の立場からメルカリの成長に貢献できることは、なんでもやりました。


それまで「わかりやすい強みやスキルがない」とモヤモヤを感じていた自分が、一定の自信を持てるようになったのは、メルカリに勤務してからです。


私が勤めていた当時、メルカリは急成長フェーズにあったので、目の前の景色が目まぐるしく変化していました。


日々の取材対応だけでなく、資金調達やM&Aの発表、新サービスのリリースなど、毎月のように大きなニュースがあったのです。


また、メディアリレーションの構築や危機管理といった“いわゆる”な広報業務だけでなく、オウンドメディア『mercan』の立ち上げや、ユーザーさんを招待したオフラインイベントの開催など、短期間で非常に濃い経験をさせてもらいました。

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—— 短期間で濃密な経験をしたことは、キャリア観に影響を与えましたか?


人の成長は、「時間ではなく場数で決まる」ということを、身をもって痛感しましたね。


私はメルカリに入社するまで、広報という肩書きで働いたことはありません。


また、メルカリで広報として働いた期間も4年強と、一般的にはそこまで長いキャリアではないので、自分を一人前だとも認識していませんでした。


しかし、退職したタイミングで、複数社から広報としてのオファーをいただいたり、フリーランスとして実際に広報業務の支援を行ったりしたことで、色々なフェーズや場面での広報対応が身についていることに気づきました。


それはメルカリで、短期間ながら他の企業の十年分に値するような経験をさせてもらったからだと思います。



—— 場数の多い環境に身を置いたことで、成長速度が速まったと。


その通りです。


極論ですが、3年でプレスリリースが5本しかないA社に勤務するのと、1年でプレスリリースが10本出るB社に勤務するのでは、後者の方が広報としてのスキルが身につくのではないかと思います。


どれだけ広報の素養を持っていようと、場数の少ない環境に身を置いてしまうと、PDCAが回せないので、成長速度が鈍化するからです。



同じ人間ですから、“成長する能力”自体に、そこまで差はないはず。


むしろ、場数をどれだけ踏めるかが成長に直結するのだと、メルカリに教えてもらいました。


現在勤める10X(テンエックス)に転職を決めた理由の1つも、「これから変化の大きい業界で、質の高い場数が踏める」と思ったからです。



弱みより、強みで考える

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—— Webディレクター、コミュニティマネージャー、広報と3つの職業を経験した中澤さんですが、今後はどのようなキャリアを歩む予定ですか?


正直、あまり具体的なことは決めていません(笑)。


ただこれからも、広報という仕事は自分のキャリアの軸になっていくと考えています。


というのも、色々経験したうえで、自分は広報の仕事が好きですし、広報のニーズは今後も高まっていくと考えているからです。


現代は誰でも情報発信できる時代なので、社会とのコミュニケーション方法が多様化しています。


以前は新聞やテレビといったマスメディアを通じて企業が広報活動をしていたと思いますが、今ではSNSやブログといったソーシャルメディアでも、社会と直接的に接点を持てますよね。


そうした時代においては、「特性の異なるメディアをいかに効果的に使うか」が、広報活動、ひいては企業活動の成否を分けると思います。


企業の存在意義は、ミッションを果たすことにあります。ミッションを果たすには事業成長が必須で、事業を成長させるには、優秀な人材の採用と、サービスや事業の認知が不可欠です。


毎日のように新しいサービスや企業が立ち上がり、雇用の流動性も日に日に高まっている今日、広報が正しく機能して社会との関係性をマネジメントしないことには、ミッションの達成は難しいと考えています。


翻って、誰に、どんな情報を、どのような方法で届けるのかを考え抜けば、広報は企業活動に大きなインパクトを与える仕事です。


私は、社会に新しい価値を提供しようと奮闘するスタートアップが大好きです。


広報という職業は、スタートアップの成長を全力で後押しできる仕事ですから、これからも色々な場面で広報のニーズが高まると思いますし、自分も携わりたいと思います。



また、広報の側面からスタートアップの成長をドライブするのはもちろん、現在担当している採用やEX(Employee Experience)など、近い領域の仕事にも幅を広げていきたいと考えています。


—— 中澤さんのように、自分の武器を見つけるには、どのようなアクションを起こせばいいのでしょうか?


好奇心に従うのが一番だと思います。


好きではないことも、努力すればある程度は形になると思います。


でも、苦しい思いをすることなく、好奇心を持ってやり続けられることだったり、人よりも得意だったり、人に感謝されることに時間を注ぐのがベターです。


本当に好きでやっている人には、敵いませんから。


例えば私の場合、家族の影響もあり、小さい頃からニュースや雑誌を見るのが習慣でした。


毎週末、母と『NIKKEIプラス1』の「何でもランキング」を見て、気になった新商品を買って試したり、友だちに紹介したりしていました(笑)。


学生時代にはホームページをつくって日記を書いたり、高校のクラスのブログをつくって文化祭の出し物の集客を頑張ったりもしていたので、今思えば広報としてやっている仕事の土台はあったのかなと思います。

【モヤモヤ解決】会社員が「やりたいこと」を仕事にする3ステップ_中澤理香_09

皆さんにも、誰に頼まれるでもなくひとりでにやっていることが、きっとあるはずです。


当たり前にやっていることなので、「なんてことない」と感じるかもしれませんが、マーケットニーズさえあれば、それはあなたのキャリアの武器になる可能性を秘めています。


弱みを補って平均的に何でもできる人になっても、それが強みになる可能性は限りなく低いので、だったらユニークな強みを伸ばした方が得策です。


そして、強みを伸ばして武器に変えるためには、変化の早い場所に身を置きましょう。


変化の数だけ場数が増え、強みがどんどん磨かれていきます。


そうやって働くことを楽しんでいれば、やがてオンリーワンなキャリアが築けるはずです。




取材:平瀬今仁、取材・構成・編集:オバラミツフミ、撮影:遠藤素子

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