「頼りはインスタ。農家の物語も味わいに」コーヒー産直で起業

「頼りはインスタ。農家の物語も味わいに」コーヒー産直で起業

コーヒーの消費量が世界4位の日本。そんな日本の秋田県で、ユニークなコーヒー豆の販売を始めた20代がいます。「はちみつレモンな感じ」に「赤リンゴな感じ」……。いずれもコーヒーの商品名です。

手がけるのは「さとやまコーヒー」の代表、大西克直さん(26)。エチオピアの農園から豆を買い付け、焙煎・販売するダイレクトトレードに取り組んでいます。ウリは農家に還元される額を高めて明らかにする“透明性”で、コーヒー愛好家が日頃は気にとめない「業界の慣習」にも光を当てます。

この世界に飛び込んだきっかけは学生時代。その背景と、なぜ生産者と顔の見える関係を大切にするのか。一杯のコーヒーに込めた思いを取材しました。

目次

「産直」が支えるコーヒーの未来

農家が価格支配された業界で「透明化」

「コーヒーの味や品種の話って難しいじゃないですか。コーヒー通でも分かりにくいのでは。それなら味わいだけでもちゃんと伝えようと、ネーミングを『~な感じ』でそろえました」

大西さんは、拠点としている秋田県男鹿市のコーヒー店で取材に語りました。

世界中で1日20億杯以上が消費されているコーヒー(米drinkycoffee調べ)で、日本の消費量は世界第4位(米統計サイトWisevoter)。大手商社などを介して、世界中のコーヒーがお店や食卓に届けられています。

一方、こうしたコーヒー豆の取引価格は、先進国の国際市場で決められるのが一般的です。流通の複雑さも相まって、生産者であるコーヒー農家は価格をコントロールできません。近年は気候変動の影響で栽培適地が減り、収量や品質の低下、農家の減少も深刻な問題となっています。

「産直」が支えるコーヒーの未来

大西「コーヒー豆の取引価格が下落すると、生産地から都市部へ人口流出が進みます。質で勝負できず、大量生産するために森林伐採を行う地域もあります。エチオピアでは、コーヒーより換金性が高く、麻薬の原料になるチャットという植物への植え替えも起きています」

「産直」が支えるコーヒーの未来
大西さんがエチオピアから直輸入しているコーヒー豆(撮影:野上英文)

大西さんの取り扱うダイレクトトレードコーヒーは、販売価格の内訳を全て公開しています。コーヒーの利益が、生産者へどのくらい還元されているかを伝えるためです。

還元額は種類によって異なりますが、大西さんがこの日に紹介した1袋1450円(100g)の商品については、生豆の原価が258円。輸送に89円、梱包に126円の費用が発生します。最終的には、販売価格の10%を超える155円が生産者に還元され、これはエチオピア農家の2019年の収入のおよそ7.3倍の金額です。

「産直」が支えるコーヒーの未来

経済格差のリアルに衝撃 コーヒー業界に飛び込む

東京の下町で育った大西さんは、高校時代に国際関係や多文化の領域に関心を持ち秋田県にある国際教養大学に進学しました。国際協力のサークルに所属し、1年生の時にフィリピンを訪問。ごみ山で暮らす人々を目の当たりにしてショックを受けたといいます。

3年生になるとシンガポールに留学。その後の夏休みに3カ月滞在したフィジーでは、貧困地域に住む家族の元でホームステイを経験します。近隣の民家で、貧困に苦しむ母親が生後間もない赤ちゃんを殺して遺棄するという事件にも遭遇しました。

「産直」が支えるコーヒーの未来
当時について語る大西さん(撮影:野上英文)

大西「衝撃でした。貧困が原因で中絶もできず、生まれた子を育てることもできない。世界の経済格差に関心を持ちました。もともとコーヒーが好きでそれまで普通に飲んでたんですけど、考えてみると、コーヒーは農作物の中で最も世界に経済格差を生み出しているんじゃないかって。それなら自分の好きなコーヒーで格差を少しでも是正できるような活動をしたいと思って、まずコーヒー業界に入ろうと決めました」

名店で修行。1杯1万5000円のコーヒーも焙煎

大学3年生が終わったタイミングで、2年間の休学を決めました。

「サザコーヒー」(茨城県)の東京都内の店舗に飛び込みます。「世界一おいしいコーヒー」として名高いパナマのゲイシャ種を毎年のようにオークションで落札する同社は、コーヒー愛好家にも一目置かれる存在。国内の競技会で上位入賞した経験を持つバリスタも在籍しています。

大西さんは、バリスタとしてコーヒーのレシピ作りを担当していました。開店時間に合わせて、店のスタッフが提供するコーヒーの味を調整するのです。ひき具合、お湯の温度と量、抽出時間……。レシピは豆の状態に合わせて毎日作り変えます。1杯600円ほどのコーヒーから1万5000円する最高級品まで扱ったといいます。

「産直」が支えるコーヒーの未来
焙煎機をみる大西さん。サザコーヒーの経験が生きる(撮影:野上英文)

大西「朝一番に試しに入れてまず1回。少し修正してもう1回。まだ納得いかないからもう1回っていう感じで(レシピを)作っていきます。同じ豆でも、24時間たつと豆からガスが抜けるので前の日とは状態が違うんですよね。コストの問題があるから調整は3回まで。一朝一夕にできる仕事ではないです」

わずかな要素が味わいを大きく左右するコーヒーの世界はまさに職人技。大西さんは専門性の高い仕事を一つずつ覚えながら、目利きに対して自信を深めていきました。それと同時に、コーヒーが単なる飲み物ではなく、元は農産物であるという意識も芽生えたといいます。

大西「尖った店だったので、パナマの生産者やエチオピア大使館の職員も社長に会いに来ていました。彼らからコーヒー生産にまつわるストーリーをたくさん教えてもらいましたね。その時に気付いたのは、東京出身の僕は日本の農業の現場すら全然知らないということ。それから残りの1年の休学期間を使って、大学で縁のある秋田の農家を回りました」

エチオピアから2.4トンを「インスタ輸入」

「産直」が支えるコーヒーの未来
エチオピアのコーヒー農園の人たちとの様子(提供:大西克直)

秋田で農家を回るかたわら、インスタグラムを活用して、自分で焙煎したコーヒーを販売する事業も始めた大西さん。たどり着いた答えは「やっぱり自分が好きなコーヒーの生産地を見たい」でした。

ここでも頼りにしたのはインスタグラム。

英語のハッシュタグを使って生産者を探すと、エチオピアのあるコーヒー豆の生産者とつながることができました。コーヒー農園を所有するエチオピア人のダウィットさん、オランダ人のへスターさんの夫婦でした。

「産直」が支えるコーヒーの未来
エチオピアのコーヒー農園の様子(提供:大西克直)

大西「早速メッセージを送ると、『ちょっとZOOMで話さない?』っていう感じで2、3回オンラインで話しました。コーヒーの未来とか、生産者へ還元したり消費者にもっと喜んでもらったりするためにどうすればいいかとか。めちゃくちゃ熱い話で共感しましたね。すぐにエチオピアに行くことになったんです」

2022年3月、大西さんと夫婦はエチオピアで対面を果たします。農園は、夫婦のオフィスがある首都のアディスアベバから車で10時間。収穫や選別、水洗いや乾燥などの施設を一通り見学しました。コーヒーの木の周りには、葉焼けを防ぐための陰をつくる木々が植えられていて森のようになっており、持続可能なコーヒー豆の栽培環境がありました。

「産直」が支えるコーヒーの未来
コーヒー農園の人たちとの交流(提供:大西克直)

大西「農薬を使っていないことも、農園でプラスチックを使っていないことも分かったし、火山地帯特有の真っ赤な土にはミネラルが豊富に含まれていて品質の優れたコーヒーチェリー(コーヒーの実)が育つことも教わりました。首都のオフィスに戻って味見するとすごく美味しかったので、『買うわ』と伝えました。インスタから始まった、言うならば『インスタ輸入』ですね」

大西さんが帰国後に注文したコーヒーは2.4トン。輸入に必要な手続きを整え、今年2月に販売体制が整ったそうです。

サブスクで目指す持続可能なコーヒー体験

今、大西さんは月間のサブスクリプションサービスを始めるための準備を進めています。5種類のコーヒーとブレンドの計6種類をそろえ、価格は一回ごとの購入よりも割安に設定しました。コーヒーのサブスクは起業当初からの夢でした。

2022年末には2度目のエチオピア訪問を果たし、コーヒー農園の様子などを収めた映像を撮影しました。それは、生産地の情報だけでなく、生産者の人となりまで伝えたいから。

「日本の多くの自家焙煎業者は商社が輸入したラインアップから豆を選ぶため、自分の焙煎以外のことを語るのは難しい」

でも、さとやまコーヒーは自分たちの言葉で生産者についてアピールできる。そこに強みがあると考えています。

「産直」が支えるコーヒーの未来
サブスク用のコーヒーは現地からのレポート付き(撮影:野上英文)

大西「農業は時間のかかるもの。なので、飲み手も(サブスクで)長期的に関わってくれた方が自分が飲むコーヒーの本当の価値が分かると思う。コーヒーは一回飲むとなくなっちゃうけど、例えばこの一袋(100g)のコーヒーでエチオピアに苗が1/3本植えられる。定期購入を続けることで、今まで何本の苗を植えたかとか、現地の子どもが学校に行けるようになったとか、食費がまかなえたとか、飲んだ分がちゃんと目に見える形で蓄積されていくんです」

生産者からは農園の最新状況をまとめたレポートなども届きます。エチオピアで撮影された映像の上映会では、ジャパナと呼ばれるエチオピア特有の抽出器具で入れたコーヒーも提供する予定です。

大西「おいしいのは言うまでもないですが、コーヒーの苗を植えるところから飲み手の手元に届くまでのストーリーも楽しめるようにしていきたい。そうすれば、消費者が納得感をもってダイレクトトレードコーヒーにお金を払いやすくなると思うんです」

「産直」が支えるコーヒーの未来
これからも生産者と消費者をダイレクトにつなげていく(提供:大西克直)

“From Hands To Hands(手から手に届ける)” さとやまコーヒーのホームページにはこう書かれています。どれだけ離れていても、生産者も消費者もつながっている感覚を味わえる。それが、さとやまコーヒーならではの体験価値なのかもしれません。


(文:竹本拓也、取材・撮影:野上英文、デザイン:高木菜々子、編集:富谷瑠美)

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