「死ぬまでにLGBTフレンドリーをなくしたい」部屋探しで起業

「死ぬまでにLGBTフレンドリーをなくしたい」部屋探しで起業

いわゆる性的少数者、LGBTの人々の抱える意外な悩みの一つが「部屋探し」だと言います。契約交渉の際に好奇や偏見の目で見られたり、選択肢が狭まってしまったり......。

アイリス(東京)はそんな人たちに寄り添い、部屋探しなどをサポートする会社です。LGBT当事者またはアライ(理解のあるストレート)がスタッフを務めている点も特徴です。

自身も同性愛者として部屋探しでかつて苦労した経験を持つ代表取締役CEOの須藤啓光さん。24歳から活動を始め、その後に脱サラ。ソーシャルアントレプレナー(社会起業家)へとかじを切った思いを聞きました。

目次

社会が変わるのを待っていたら「来世になる」社会起業家という職

ゲイとして痛感「部屋探しの理不尽」

──なぜLGBTの人たち向けの不動産事業を始めようと考えたのでしょうか?

須藤:自分自身が同性愛の当事者として生きる上で、将来に漠然とした不安を感じていたからです。

18歳くらいの頃に自分がゲイだと気付きました。

同性愛者として生きていくとなると、結婚もできないし、子どもも多分育てられない。家庭を築けず、老後は一人でさびしく死んでいくのではないかと。絶対に他の人に話してはいけない秘めごとだとも考えました。

ゲイとして生きていく上でのしんどさも感じていましたね。金融業界に勤めていたのですが、その頃、パートナーと同棲しようとして部屋探しで困ったことがあります。当時は不動産の知識のない一般ユーザーでした。

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男性同士というのは、なかなか物件が決まらない。

私たちはカップルなのでベッドは1つでいい。ルームシェアという形で1LDKを探していたら、不動産会社の営業担当者から「二人の関係は(物件のオーナーに)言いにくい」と言われました。1LDKは、若い夫婦や男女のカップルがよく利用するためです。

そして物件オーナーもやはり、男性二人のルームシェアよりも、同棲する男女の方を借り主として選ぶのだそうです。男同士だと部屋を汚く使いそうだ、という理由でも審査に落ちてしまう。

私たちは結局、5社目の不動産会社で「礼金を1カ月上乗せするのであれば、住んでもいいよ」と言われ、心からは納得しなかったけれども、その物件に住むことを選びました。あぁ、なんて理不尽なんだと感じましたね。

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──無理解や差別にどう向き合いましたか?

須藤:理不尽だけれども、僕たちはそれを許容するしかありませんでした。

でも、社会が変わるのを待っていたら来世になってしまうので、自分のできることからやろうと思いました。当時、僕は資産運用に関する提案をする仕事に就いていました。2014年、会社に勤務しながら、LGBTの人々の生活に役立つ情報発信サイトという形で、アイリスを設立しました。24歳の時でしたね。マネタイズ(収益化)はなく、任意団体という形をとって、すべてボランティアで回していました。

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職場での暴露。自分たちの困りごとに向き合う

──その後、2016年に独立してアイリスを法人化しました。脱サラを決心した理由は?

須藤:勤めていた企業で上司にゲイということを知られ、アウティング(性的指向や性自認を了解なく第三者が公に暴露する行為)をされたのです。今までしゃべったこともない人々から「須藤君って、ゲイだったんだ」などと言われるのは、本当にしんどかったです。

当時、ダイバーシティーという言葉は、まだ浸透していませんでした。職場の無理解と闘う選択肢もありましたが、そこで大きなエネルギーを使うくらいならと思い立って2016年2月に退職。4月にはアイリスを法人化しました。

当時から自分だけでなく、ゲイかいわいのコミュニティーにいる友人たちからも部屋探しに困った経験をよく聞いていました。この問題を解決するLGBTフレンドリーな不動産会社にしようと思い立ったのです。17年には不動産の宅建免許を取りました。

衣食住と言われますが、その中でもやはり「住」の部分って、人生にずっとつきまとってくるものだと思うのです。

僕らには同性愛者として生きる上でのロールモデルがない。男2人、女2人というだけでも部屋が借りにくいのに、例えばそこに「高齢」といった他の要素が加わったら、より借りにくくなるだろうと。自分たち自身の困りごとから解決していこうと考えました。

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差別的な態度、セクハラも……

──事業化で苦労も多かったのではないですか?

須藤:潜在的なニーズはあるけれども、顕在化させるまでに時間はかかりました。社会の変化にも時間を要しました。弁当店で働くなどしながら、何とか耐えましたね。

2019年ごろから、少しずつ事業の芽が出てきました。21年の東京オリンピックを機に、SDGs(持続可能な開発目標)やダイバーシティーといった文脈から、LGBTに関する取り組みが注目されるようになり、波に乗っていったと思います。

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──顧客はどんな悩みを抱えて訪れるのでしょうか?

須藤:一つは、不動産を探す上で心理的な安全が担保されていない点です。

管理会社に相談する際に、自分たちの関係性をなかなか言えない。見ず知らず、初めての相手に自分のことを話せない人は、まだまだいると思います。勇気を振り絞って管理会社に相談してみても、変な反応をされたり、紹介される物件が全くニーズに合っていなかったりしたこともあるそうです。

さらに圧倒的に多いのが、これまで不動産の相談をした際に嫌な体験をした人たちです。特に男性同士のカップルは、ダイレクトでなくとも差別的な態度をよくとられます。女性カップルの場合、セクハラまがいな質問をされることも、まれにあるそうです。

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物件数、男女カップルと「7倍差」

須藤:物件の選択肢が少ないという問題も大きいです。僕たち同性カップルは男女を想定した「2人暮らし」用の物件でなく、ほとんどの場合「ルームシェア」という枠に当てはめられることが多いのですが、ルームシェアに比べて2人暮らしの物件数は7倍以上あります。

よく「(同性カップルなら)ルームシェア可能な物件で探せばいいのでは?」と言われるのですが、7倍も件数が違ったら、住みたいと思う物件になかなか行き当たりません。

──アイリスではどう対応しているのですか?

須藤:同性カップルの入居者が、元は「男女の2人暮らし」を想定した物件に入れるかどうか。僕たちで管理会社側と交渉しています。

アイリスで物件を紹介する際にはまず、お客さんに電話か対面、オンラインでヒアリングをします。その後、仮に同性カップルからの相談だった場合は、管理会社や大家さんに二人の関係性を伝えていいかを確認するのです。

伝えても大丈夫だったら「2人暮らし」や「ルームシェア」物件に同性カップルが入居可能かどうか、管理会社や大家さんに確認して交渉します。最終的に相談可能だった物件のみ、お客さんに紹介するのです。

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──クッションになる仲介役を担っているということですね。

須藤:ルームシェア可能な物件だけを探すのであれば競合他社と同じです。僕だったら選択肢は多い方がうれしい。「2人暮らし」用の物件にも住みたいですよね。

でも、入居可かを事前確認せずに紹介してしまい、申し込んで「いざ審査」の際に同性カップルであることが理由で落ちてしまったら、お客さんはショックでしょう。事前の確認、交渉が大事だと考えています。

──管理会社に断られることはあるのですか?

須藤:「そういうの無理だから」などと、けっこう差別的なことを言われることもいまだにあります。

あまりにも差別的な不動産会社の物件だと、お客さんに「もうやめた方がいいですよ」と事情を伝えることもあります。

部屋探しって、本来は住んでからの方が大事なのです。入居後に何かあって相談する窓口はだいたい、管理会社ですからね。LGBTに理解がない、不親切な会社は極力、紹介しないようにしています。

ただ、これだけやっても、審査のタイミングなどで「今回は白紙にしてくれ」と管理会社から言われるケースも、たまにあります。

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求めるのは「特別扱い」でなく「フェア」

──LGBTに対して、必ずしもフェアとはいえない業界と向き合う仕事なのですね。

須藤:私たちは事業を行うにあたって、マイノリティーを特別扱いしてほしいわけではないです。フェアであってほしいだけ。

特にLGBTを無理だと感じる理由が、バイアス(先入観、偏見)であったらそれは根深い問題です。そのようなバイアスを払拭させるために、自分たちの体験を講演で伝えたり、企業向けに研修したりしています。大手の不動産会社にも、理解していただける場を設けています。

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LGBTのカテゴリーがない部屋探しに

須藤:私は、死ぬまでに「LGBTフレンドリー」というカテゴリーを無くしたい。このカテゴリーがなくとも、全国どこでも部屋探しができるようになれば、それはきっと、誰にとっても生きやすい社会に向かって前進しているということだと思います。もっと大きいビジョンを話すと、「住宅弱者」と呼ばれるカテゴリー自体をなくしたいです。

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──高齢者や外国籍といった人たちですね。

須藤:部屋探しに困っている人は、LGBT当事者だけではありません。高齢者、外国籍の人、難民、障害者......。本当にいろいろな属性の人が困っています。セクシュアルマイノリティー以外の人々も、部屋探しがしやすい仕組みを作りたいですね。

例えば社会投資したい人を集めてファンドを作る試みなどを検討しています。ただ、これには不動産業界など民間企業だけでなく、官の立場の人々も巻き込む必要があると思います。

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僕たちは、いわゆるソーシャルビジネス(社会課題をビジネスの手法で解決する事業)に取り組んでいます。こうしたビジネスへのスタンスでもしっかり生きていけることを社会に示せれば、次世代にきっと希望を持ってもらえるのではないかと信じています。

(取材・文:松浦美帆、箱崎了、撮影:桑原優希、デザイン:高木菜々子、編集:野上英文)

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