元グリコ研究員「腸内細菌」のマンツーマン指導に駆け込む経営者

元グリコ研究員「腸内細菌」のマンツーマン指導に駆け込む経営者


この記事に登場するロールモデル

1000種類、100兆個。私たちの腸内には、多種多様な細菌が生息しています。善玉菌・悪玉菌・日和見菌と呼ばれる細菌たちの絶妙なバランスによって、健康は保たれています。

「腸活版のライザップのようなものを作っています」。そう話すのは、bacterico(バクテリコ)代表の菅沼名津季さんです。高校時代から健康や研究に関心があったといい、江崎グリコを経て、いまは起業家として腸活支援サービスの社会実装を目指しています。(聞き手:JobPicks編集長 野上英文)


目次

働くっていいかも! “腸活版ライザップ”で予防

医療、遺伝子、食べ物......興味をひたむきに追いかける

ユニークな働き方をする次世代の担い手たちに、15分間のインタビューをする動画番組『働くっていいかも!』。いまどんな仕事をしているのか、なぜそのキャリアに至ったのか、これから何をしたいのか......。友人の紹介もしてもらって、“ビジネスの輪”をつないでいきます。 

今回注目したジョブ(職)は「研究開発職」。コミュニティマネジャーをする楽さん(#02出演 )のご友人である菅沼さんに話を聞きました。「健康」を軸にしつつも、遺伝子研究、大手食品会社への入社、独立......と、キャリアをピボットしていった菅沼さん。「腸活版ライザップ」とも自ら例えた事業とは?

──予防医療に関心をもったきっかけは?

菅沼:高校時代にさかのぼります。当時はなんとなく「人々を助ける医師になりたいな」と思っていて、職場体験の一環で病院を訪れ、医師のお仕事を直近で見ました。

その時、病室で女性とその娘さんが泣いているのを目の当たりにしました。夫・父親を40代という若さで病気で亡くしたのです。

優れた医師による治療があるにもかかわらず、どうして人は死んでしまうのだろうか。これからは「予防医療」が重要になるのではないかと思い、研究者の道を選びました。

──予防医療の中でも、なぜ「細菌」に注目したのですか?

菅沼:実は、細菌に注目するまでに、遺伝子や予防薬など、興味はいろいろと変わっていきました。私自身、興味を持ったものにはすぐチャレンジしたくなる性格でして(笑)。

明治大学生命科学科に進学し、遺伝学の勉強を始めました。がんは「遺伝」によるものだといわれていますが、もし食品や動物で行われている「遺伝子組み換え技術」を人間でやった場合、悪い遺伝子を取り除くことは可能なのか。そんなことに興味がありました。当時は、明治大学に通いながら、東京大学の遺伝学の授業にも参加していました。

研究していく中で、同じ遺伝子を持つ双子でも、がんになる人/ならない人に分かれると学びました。それがきっかけで、予防医療には遺伝子研究だけでなく「生活習慣の改善」も欠かせないと気づきました。

そこから名古屋大学大学院に進み、生活習慣病のリスクを軽減する予防薬の研究をしました。でも、研究しているうちに、口にする「食べ物」が重要なのではと、興味が移っていきました。

新卒で江崎グリコに入社し、ようやく「腸内細菌」にたどりつきます。健康科学研究所・腸内細菌グループで、食品に含まれる細菌が体にどんな効果をもたらすのか研究しました。

働くっていいかも! “腸活版ライザップ”で予防
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この仕事を目指した理由や目的は何でしたか?

Suganuma Natsuki
経験者Suganuma Natsuki
株式会社bacterico

菌とともに世界中の人びとを健康に幸せにする

私は小さな頃から猪突猛進、好奇心が旺盛な子供でした。一時期アリの巣が気になったときは、「アリの巣はどんな構造なんだろう? どうしたらアリは引っ越すんだろう?」なんてことを思って、石をおいたり、チョコレートや唐辛子をあげたりと、毎週毎週、飽きもせずに観察していました。


そんな私が研究者を目指きっかけになったのは高校生のとき。みなさんも進路に迷った覚えがあるのではないでしょうか? 私も例外ではなく迷っていました。これというものもなかったの...

で、なんとなく人の役に立ちそうなお医者さんになろうかな、なんてことを思いつつ勉強に励んでいました。 お医者さんってどんな仕事をしているのか気になって職場体験に行きました。そのときに、40代の男性の方が亡くなった病室で、奥さんと娘さんが大泣きしている現場に出会ったのです。 その光景に大きな衝撃を受けました。 病気の治療も大事だけれど、その前に病気を予防することの方が大事なのではないか。生涯みんなが健康で寿命を迎えることができれば、こんな風に悲しむ人を減らせるんじゃないか。現状を変えるためには予防医学を学んで、その成果を社会に広げていく必要がある。そう考えて、研究者の道に進みました。 研究を進める中で、予防には、私達の体をつくる食からのアプローチが重要であるという気づきを得ました。 私は大手食品メーカーに入社し、健康科学研究所に配属されました。そしてそこで、腸内細菌との運命の出会いを果たしたのです。 当時、腸内細菌がうつ病、アレルギー、自閉症、ガンなど、全身の様々な疾患との関係性がわかってきていました。 「世界中の人を健康に幸せにする」という夢を叶えることが、腸内細菌からのアプローチであれば可能だと思い、腸内細菌を専門とした研究者への道へと進んだのです。


研究とビジネスの基礎を学んだ、グリコ時代

──基礎研究から商品になるまでの期間やプロセスはどうなっているんですか?

菅沼:研究計画を立てる時は短くて3年ぐらい、長いと5〜10年かかります。

商品化のプロセスは2通りあります。

1つ目は、マーケティング部門起点のもの。例えば「食の欧米化が進んできたので、ダイエット商品を作りたい」というオーダーがマーケティング部門からきます。

研究所ではそのオーダーに沿って、メタボリックシンドロームに効きそうな細菌を研究していきます。効果が見られたら、製造部門らと連携しドリンク、サプリメント、ヨーグルトなどの商品にしていきます。

2つ目のプロセスは、研究業界のトレンドが起点となります。新しい技術が見つかると多くの研究者が参入して、その分野は一気に拡大します。どんどん競合企業も参入してくるので、少しでも早く消費者に届けるためにも、集中して研究開発を進めることがあります。

──江崎グリコでは入社以来、ずっと細菌の研究開発ですか?

菅沼:いえ、最後の1年は経営企画室に所属していました。JETRO(独立行政法人日本貿易振興機構)・経済産業省主催の「始動 Next Innovator」に参加したことがきっかけです。

このプログラムは、未来のイントレプレナー/アントレプレナー候補者たちが国内で起業のための基礎知識を学びつつ、最後に選抜メンバーがイノベーションの本場であるシリコンバレーを訪れるというものです。「事業計画書」の書き方など、研究所では扱わないようなノウハウを学びました。

その時、「腸内フローラ(※)」を測定し、そのデータを生活習慣に役立てる事業を考えました。この事業はワクワクする、早く実現したいと思い、ビジネスを学べる経営企画室に異動しました。

その後、スタートアップ1社で新規事業の立ち上げを行いつつ、2020年にbactericoを創業しました。

※腸内フローラ:腸の壁についているさまざまな腸内細菌の総称。腸内のひだにつく姿が花に見えることからフローラと呼ばれている。

腸内細菌で母子や経営者を守る

妊活中/妊娠中の女性に向けて、bactericoはマタニティ腸内フローラルケア「mamaflora(ママフローラ)」というサービスを展開しています。また、一般向けの腸活サービスも展開しており、口コミで経営者/芸能人の間でも話題になっているそうです。


2023年1月と6月にはタレントの斎藤工さんがホストを務めるラジオ番組に菅沼さんが出演。腸内データの検査と、管理栄養士による食習慣のアドバイスを行いました。後日、斎藤さんの「腸内環境をよくすることが作品の仕上がりに関係してきた」という発言も注目されました。

働くっていいかも! “腸活版ライザップ”で予防
講演をする菅沼さん

──妊活中/妊娠中の女性は、なぜ腸内ケアが必要なのですか?

菅沼:出産までの10カ月は、お母さんの腸内フローラが変化しています。バランスよく栄養を取らないと、生まれてくる赤ちゃんに悪影響を及ぼします。例えば、妊娠中にしっかり食物繊維を取らないと、生まれてくる赤ちゃんが将来肥満になりやすくなることが分かっています。

「mamaflora」では、お母さんたちの腸内フローラの状態を検査。そのデータに応じて、管理栄養士がどんな食材を食べて、腸内細菌を元気にするのか指導していきます。

また、腸内フローラのバランスを整えることが難しく、便秘に悩む方もたくさんいます。希望者には、早く仕事に戻れるように産後もサポートしていますね。

──経営者/芸能人も意外でした。なぜ腸内を整えようとしているんですか?

菅沼:経営者は、自らが風邪などひくことができない役職の方ばかりだからです。また、芸能人の方々も日々番組や舞台などに出ながら、高いパフォーマンスが求められています。

全身の健康と腸内細菌は密接に関わっています。例えば、腸内の環境が乱れていると、大腸がん・アルツハイマー・肥満・風邪などのリスクが高くなるといわれています。

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Alexey Yaremenko/iStock

また、「脳腸相関」という言葉をご存じでしょうか。学生時代に、テストになると急におなかが痛くなることがありませんでしたか?実は「テストが嫌だ」というストレスが脳にかかっていると、その刺激が腸に伝わるということです。その逆で、腸内の環境が悪いと、腸からの信号が脳に伝達されてイライラすることもおきます。

休めない人たちにこそ、体の内側も整える「腸活」は大事になってくるんです。

「世界中の頑張る人」が報われる社会

──「腸内細菌」の研究のどこに面白さを感じますか?

菅沼:腸活サポートは「頑張る人を応援したい」という思いのもと取り組んでいます。

高校時代の職場体験で見かけたお父さんを亡くしたご家族をはじめ、これまで健康を損なったことで夢を絶たれる人たちを見てきました。そのため、腸活によって、患者さんの健康の増進やパフォーマンス向上という形で応援したいと思っています。

無事元気な赤ちゃんが生まれました、と妊活中のお母さんから手紙と写真をいただける時が何よりもうれしいです。また、経営者さんからも「眠れるようになりました」とお声がけいただきます。

働くっていいかも! “腸活版ライザップ”で予防
Getty Images

──今後の事業の方向性も教えていただけますか?

菅沼:「mamaflora」は病院経由で展開しているので、協力してくださる病院を増やしていきたいですね。経営者の方々にも、もっと届けられるように新しい仕掛けを準備しています。

さらに長い目で見ると、海外展開も視野に入れています。2023年7月にJETRO・経済産業省のプログラムに参加し、シリコンバレーを訪れました。イノベーションマインドセットを学んだり、スタンフォード大学教授から事業をメンタリングいただいたりと毎日が刺激的でした。

働くっていいかも! “腸活版ライザップ”で予防
2023年7月のシリコンバレー視察

海外の人たちも「腸内細菌」で幸せにできるのではないか。「世界の人々を、健康に幸せに」という創業ビジョンに立ち返り、もっと多くの人を応援していきたいと気持ちが引き締まります。

この職業について未経験の人に説明するとしたら、どんなキャッチコピーをつけますか?

「内側から幸せ」の時代を先読み

次回から「UI/UXデザイナー編」をスタートします。B2Bツールを開発する、杉友駿介さんへのインタビューを公開予定です。

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(文:池田怜央、映像編集:長田千弘、デザイン:高木菜々子、編集:野上英文)

※ この記事に編成されている経験談は、記事作成時の経験談の内容と情報が異なる場合があります。

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