「サウナ採用」や「花見採用」、「エイプリル採用」などユニークな採用活動をしている企画・マーケティング会社「僕と私と株式会社」の今瀧健登CEOに話を聞きました。
最近はSNSで社内の実態や社員の満足度といった情報が可視化され、働く満足度が本当に高い会社しか選ばれず、生き残れなくなるといいます。
インタビューから、「来てほしい人材」に興味を持ってもらい、満足度を上げるためのヒントをご紹介します。
「サウナ採用」や「花見採用」、「エイプリル採用」などユニークな採用活動をしている企画・マーケティング会社「僕と私と株式会社」の今瀧健登CEOに話を聞きました。
最近はSNSで社内の実態や社員の満足度といった情報が可視化され、働く満足度が本当に高い会社しか選ばれず、生き残れなくなるといいます。
インタビューから、「来てほしい人材」に興味を持ってもらい、満足度を上げるためのヒントをご紹介します。
Z世代に向けた企画・コンサルティング事業を得意とする「僕と私と株式会社」(以後「ぼくわた」)では、2年前から「サウナ採用」を行っています。
月に1回程度、コワーキングスペース付きサウナ施設に会社メンバーらが集まり、サウナや岩盤浴、食事を楽しみながら働く「サウナワーケーション」を実施。その場に、ぼくわたに興味のある人にも参加してもらうのが「サウナ採用」です。
やって来た参加者とは、お互いのことを知るためにラフに会話を重ねます。この時点では「ぼくわたに本気で就職したい」という意思を持った人は少なく、「今瀧さんと話してみたい」「ぼくわたって面白そうだな」ぐらいの興味本位で参加する人が多いそうです。
また、4月には「花見採用」も実施しています。
ぼくわたに興味がある人が集まり、自社メンバーを含めて十数名で花見。メンバーにどんな人がいて、社内の雰囲気がどんなテンションなのかに触れられる場になっています。こちらも、「ぼくわたメンバーと絡んでみたい」という人が気軽な気持ちで参加しているそうです。
今瀧「Z世代は、『何をするかではなく、どう働くのか』に重きを置いています。例えば、『リモートワークや副業ができます』とうたっているものの、実際のところみんな出社している、誰も副業ができていない会社も多くあります。そのため、入社後のギャップを未然に埋めておきたい人は多いのではないでしょうか。ですから、採用の前段階で、会社の普段の雰囲気や社員の素の姿を知りたい人は増えているように感じています」
サウナ採用や花見採用は、こうした「社員の素の姿」をオープンに見せる機会となっているのです。
さらに、面白法人カヤックの「エイプリル採用」を参考に、「エイプリルフールにちなんで、4/1~4/15の期間はうその履歴書で応募してもよい」という「うその履歴書採用」も受けています。応募者のユニークな発想を引き出す狙いで、漫画『ドラゴンボール』に出てくる「ピッコロ大魔王」と名乗る応募者を採用したそうです。
今瀧「彼は、お笑いの脚本家だったので、今うちのTikTokの脚本を書いてもらっています。ユニークなコンテンツを作る会社なので、面白い発想が好きな人を採用したいという考えがありました。履歴書の情報だけでは分からないことが多いので、人材募集で『嘘をついてOK!何にでもなれる』となった時、その人の本来の姿が出るのではと考えています」
こちらも応募者に「素の姿」になってもらう、というわけです。
こうしたぼくわたの採用方法は、社員も参加者も互いに素の姿を共有し合うことで、参加者に「ここで働いてみたいな」「この会社の人たち面白いな」と感じてもらうよう促しています。
これを今瀧さんは「エモ採用」だと呼んでいます。
エモいは「emotional」が由来の若者言葉。「感情が動かされた状態」や「感情が高まった心の動き」などを意味します。
今瀧さんはエモ採用を「経験×ハッピー×コミュニケーション」の3軸で設計しています。「この会社で自分が働いたら、こういう発言をして、上司にはこんなふうな指摘を受けるんだろうな」といったイメージが湧くような採用を心がけているといいます。
ここで、顧客・ファン獲得のための人の心理段階と採用活動を重ねてみてみましょう。
ネットやSNSなどで情報に触れて、認知する最初が
「know」です。会社を知った段階です。
今の時代、商品やサービスが極端に「良くない」ことは少ないので、どの会社のどのサービスも大抵は次の「good」につながります。
そして「自分のキャリアを考えたとき、この会社は必要だ」となれば、「need」に。応募の意欲が高まっている段階です。
最後に「この会社じゃないと私はダメだ」となれば、「must」にたどり着きます。
今瀧さんは、商品やサービスを手に入れるときと同じ心理が、採用でも働いていると考えています。「この商品がなくてはならない」という「must」段階にまで持っていくことができれば、顧客獲得につながりますし、入社の志望度もかなり高い状態であると言えます。
このステップアップに重要なのが「エモ」だと、今瀧さんは考えています。
今瀧「企業の採用の多くは、『うちの会社いいでしょう。だから、うちの会社に入りたいでしょう』と、やや押しつけがましくなっている印象です。そうではなく、まずは自社を好きになってもらうところから始めないと、難しいと感じています。
採用で最も大切なのは、見えを張らないことです。『うちの会社のここがいい』ではなく、『うちの会社のここが好き』と語る方が、受け手に刺さるのではないでしょうか」
今瀧「もし私が採用メディアを立ち上げるとしたら、『上司の放課後』というメディアを立ち上げますね(笑)。ありがちな社員のヒーローインタビューよりも、退社後に駅までの帰り道で、上司が同僚とどんな会話をしているのかに興味があるからです。
『エモ採用』は、応募者が社員との交流などからリアルな情報をキャッチして、『自分ごと化』できるかどうかがポイントです。『こういう働き方をしてみたい』とハッピーな共感が生まれれば、志望度は高まります。リモートワークで朝起きて、朝ごはんをつまみながら仕事ができるみたいな、素の姿やリアルな情報を提供する必要があると考えています」
会社に抱くイメージを「自分ごと化」ができれば、2ステップ目のgoodから4ステップ目のmustにまで引っ張ることができる、といいます。逆に自分事化できない限りは、mustにまで発展することはない、と今瀧さんは言い切ります。
気になるのは、高い希望をもって入社したと、辞めてしまわないか、という不安。これは会社側も応募者側も、どちらも抱えがちです。
今瀧「離職率は『エモ採用』によって確実に下げられると考えています。新卒社員の3年以内の離職率が約3割を超えている今の時代、『合わなかったから辞めよう』と、簡単に転職ができてしまいます。そのため、離職率を下げるという意味でも、事前からギャップをなくすことが最も大切です」
「ギャップをなくそうとすると、会社のブラックな部分を本当にきれいに浄化しなくてはなりません。ブラックな部分に目をそらし続けると、結果的にギャップが生まれてしまい、人は離れていくでしょう」
会社や社員の素の姿を入社前から知ってギャップを減らし、must(この会社でなければならない)の感情でメンバーになってもらう。こんな「エモ採用」にシフトすべき背景はなんでしょうか?
今瀧さんによれば、採用は今「戦国時代」に突入しており、「本当にいい会社」しか生き残れないからだといいます。
「採用の戦国時代」を読み解く三つのキーワードは、「情報の可視化」と「就職活動の自由化」「少子化」。順に詳しく見ていきましょう。
就職希望者は、SNSやネットから退職者の声や採用以外の部署で働いている人の情報を簡単に得られるようになっています。
企業の採用アカウントのフォロワー数やYouTubeの再生数なども「見える化」されており、「この会社は人気があるのかどうか」が、誰もが数字で把握できます。
今瀧「大企業でもインスタのフォロワー数が100人程度しかいないケースもあり、良くも悪くも可視化されてしまっています。これまでのブランド力だけで勝負している会社は、課題が増えてきていると言えるでしょう」
コロナ禍に就職活動の一部がオンラインに移行。就職希望者は、以前よりもコスパとタイパよく会社説明会や面接を受けられるようになっています。
一人がチェックできる会社数は増え、比較もしやすくなりました。就職活動が、時間や場所に縛られることなくできることで、企業側はターゲット人材の確保が難しくなっているといいます。
人口が減っているので、毎年同じ人数を採用しようとしても、ターゲット人材の確保がしづらくなっています。
人材の取り合いで、企業の採用はさらに厳しい状況になっています。
一つ目の「情報の可視化」にさらに焦点を絞って、企業が採用でどのようにSNSを活用すればよいかを今瀧さんに聞きました。
求職者を増やし、離職者を減らすためには、SNS利用で「Whyの視点」が重要だと明かします。
今瀧「『何のためにSNSをやるのか』をきちんと理解して使う必要があります。『とりあえずTikTokやInstagramを始めればいい』という話ではありません。むしろ、無理にSNSをやる必要はありません。今の時代『Instagramしか見ない』『YouTubeしか見ない』という人はほとんどいません。SNSは連動しているので、何かしらのアカウントがあれば十分だと思います。念頭におくべきは『顧客ファースト』の考え方です。
例えば、飲食業で採用を行いたいときに、採用専用のInstagramアカウントを作ってもよいのですが、情報タグをWebページ(LP)で作った方が情報が盛り込めるので効果的です。『なぜ、Instagramアカウントを新規で採用向けに開設するの?』という部分は、きちんと考えなくてはなりません」
また、企業の採用アカウントが他のアカウントと別になっているケースがよくあります。バラバラにすることのメリットがあればいいのですが、その理由が「社内の部署が別で運用しやすいから」となると、顧客ファーストにはなっていません。あくまでも顧客起点でアカウントの運用を考え直す必要があるといいます。
今瀧さんから見て、採用に最も向いているのはYouTube。動画の方が伝わりやすいうえ、早送りしながらでも再生できて、タイパがよく今の時代とも合致しています。会社のオンライン説明会の動画がなければ、その時点で「機会の損失」だといいます。
今瀧「『この会社にはオンライン説明会があるから』といって見に来てくれる人もいるでしょうし、YouTubeに限らず動画はあった方がいいでしょう。特に遠方の就活生にとっては、動画は簡単にアクセスできる点で、外せないコンテンツだと考えています」
また、Instagramでは「Q&A」をストーリーズに設けることができるので、採用向けの「質問箱」を設けるのも効果的だといいます。TikTokであれば、細かい情報を届けるのには無理があるので、認知拡大に注力すると良いでしょう。
このように、SNSごとに特性を理解したうえで採用の場面で使いこなしていくことが重要だと語ります。
今瀧「企業の採用は採用担当者に業務が偏り、苦戦しているケースが多いです。そのようなケースは、『そもそも、社員がなぜ友人や後輩を自分の会社に誘わないのか?』といったアンケートを取ってみてはどうでしょうか」
本来「自分の会社は他の人にすすめたいぐらいいい会社だ」と感じていれば、人が人を呼ぶはずだというのです。企業が自社の社員に人材の紹介を受ける採用手法「リファラル採用(社員紹介採用)」です。
その前段階として、そもそも社員がどの程度、自社に愛着を持っているのか。これを知ることも必要でしょう。顧客ロイヤルティを数値化するための指標の一つに「NPS」があります。「NPS」とは「Net Promoter Score」の略で、企業やブランド、サービスなどに対する愛着や信頼を数値化するための指標のことです。
これを応用し、従業員が自分の会社を他の人にすすめたいかどうかを測る「eNPS」という指標があります。ぼくわたでは、eNPSを使って、社員からアンケートを定期的に取っているといいます。
そして高いロイヤルティを持ったメンバーであれば、ぼくわたでは、外部のメンバーを連れて来る機会が多いそうです。人事や採用担当に任せきりにせず、「採用は本来、全社で行うべきだ」と、今瀧さんは考えます。
今瀧「社員から見て『自分の会社のどこが魅力的なのか』『逆に何が微妙に良くないのか』を常に把握し、社内の満足度を高めておくことで、勝手にメンバーがメンバーを呼んできてくれる仕組みができています。ぼくわたでは現在60人のメンバーが働いていますが、リファラルだけで50人を超えています」
一方、会社で働くことに興味を持ち、応募して、実際に働くまでにはハードルがあります。そこで、採用でも「見込み顧客の獲得」が重要だといいます。
今瀧「新卒の人たちの相談相手は基本的に新卒が多いです。『あの会社の担当者すごくよかった』『あの会社の社員さんの雰囲気がすごく良かった』という声が波及していく可能性があります。
例えば、花見採用の参加者が『「入社しなかったけれど、面白い会社だった』と言ってくれ、口コミが自然と広まっていくのです。参加者がそのまま受けるとは限らないので、こういった横のつながりやファンを作ることが非常に重要です。花見をやったりフットサルを行ったりして、見込み顧客を獲得していくのです」
採用の戦国時代に企業が生き残るための「エモ採用」「SNSの使い方」「離職率を下げるための対策」「見込み顧客を獲得するポイント」などをぼくわたの具体例とともに紹介しました。
「定性と定量」の両面で社員の満足度を定期的に測りつつ、就職希望者が自分ごと化できる採用を心がけることがポイントになりそうです。
(取材・文:松浦美帆、写真:桑原優希、編集:筒井智子、野上英文)