新卒ゼロだったJALに3年越しの転職。新人CAは2度泣いた

新卒ゼロだったJALに3年越しの転職。新人CAは2度泣いた

    コロナ禍で大きな逆風を受けた航空業界。業務が減った客室乗務員(CA)の配置転換も大きなニュースとなり、この3年間は採用を凍結していました。

    2023年の夏、中途採用が再開されました。チャンスさえ与えられなかった志望者たちが、一度はあきらめた夢をつかみ直しています。

    新卒採用では涙を飲み、物流会社から3年越しに中途採用でJAL(日本航空)に転職した女性にインタビューしました。子どものころから憧れだったCAの職につくまで、採用ストップと再開で2度、涙を流したといいます。

    目次

    7歳のころ、上戸彩さん主演ドラマでCAに憧れ

    JALにCA職として入社直前だった田中佳穂さんに取材しました。社会人3年目。受け答えでの丁寧な言葉づかいや笑顔が印象的です。

    2023年7月の取材時は約2カ月間の研修に入る前。その後、乗客へのサービスの仕方や飛行機の模型を使った救難訓練を受けます。

    持ち味は観察力とコミュニケーション力だといい、「また乗りたいと思えるようなフライト体験を提供したい」と意気込みます。

    230911 jobpicks CA転職記録 プロフィール 修

    田中さんがCAを志したのはまだ7〜8歳のころでした。

    きっかけは、2006年にリメイク放送されたテレビドラマ「アテンションプリーズ」。主演の上戸彩さんらが演じる新人CAたちが、先輩たちから学びつつ、時にお客様の命を守るために真剣になる姿をみて憧れを抱きます。

    「見た目はすごく上品にサービスをしながらも、しっかりとお客様を守るという使命感のもとで業務をされている姿が、小さいながらにカッコいいなと思いました」

    心に憧れを抱いたまま、大学時代にはアルバイトがきっかけで、接客の楽しさを改めて実感します。客室乗務員への思いをさらに募らせ、就職活動では航空業界に絞って準備します。

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    大学時代、アルバイト先での田中さん(中央)

    エントリー後に採用凍結 「2日間、涙が止まらなかった」

    CAとして働く夢をずっと持ち続け、膨らませた田中さん。

    就職活動が本格化する大学3年の2020年2月、JALのほか航空会社のインターンシップに参加しました。カート運びをはじめ、お客様へのサービスの振る舞い方、避難時の機体からの脱出方法、航空サービスの議論など「とても充実した2日間だった」。

    「特にライフジャケットが膨らんだ瞬間、これで何百人の命が救われるんだなと実感しました。インターンシップを通じて、改めてキャビンアテンダントという仕事の重要さを学ぶことができました」

    就職へのモチベーションは最高潮に。​​JALは3月2日には「2021年度新卒採用に関わる募集要項」を発表し、採用活動を例年通りに進めていました。

    しかし、応募先をほとんど航空業界に絞っていた田中さんが、各社にエントリーを終えたころ、事態は一転します。新型コロナウイルス感染症の拡大で、JALからはこんな発表がありました。

    「当社の経営に甚大なる影響を及ぼしており、現時点でも今後の事業環境を見通すことが困難な状況が続いております。従いまして、誠に遺憾ながら現在実施している採用活動につきましては中断させていただくことといたしました」

    チャレンジ目前に、この年の就活生は道を断たれました。田中さんもその1人です。

    「私はそれまでの人生で、怒ったり泣いたりすることが少なく、穏やかなタイプだと自分で思っていました。でも、採用凍結を知ってからの2日間は、何を見ても涙が止まりませんでした」

    インターンに参加した航空各社から田中さんの元には、「新卒採用そのものを中断する」「今後は状況を見極めながら慎重に検討」といった内容のメールが次々に届きます。

    「その日はJALだけでなく、ジェットスターなどグループ内の他の航空運送会社からの採用凍結のメールが鳴り止みませんでした。受験に落ちたなら、しょうがないと割り切れましたが、誰が悪いわけでもなく自分の人生が変わってしまう状況に、やり場のない怒りに襲われて、思わず掃除機を蹴り飛ばしました。それで足を痛めて、また、泣きましたね」

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    Kannika Paison/ iStock

    泣いたり、怒ったり、ふさぎ込んだり......。数日後、田中さんは自分にこう言い聞かせます。

    「自分にはまだ、CAになるための準備期間が必要だったんだ」

    そこから気持ちを切り替えて、就活では他業界を受けはじめます。

    「CAになりたかったと言ってしまうと、辞めるだろうと思われるので、志望動機を考えるのに本当に苦労しました」

    いつの日か...夢みてマナー、英語、体力づくり


    2021年春、新卒で物流企業に入社しました。

    コミュニケーション力を磨きたいと営業職を志望したものの、初めの配属は経営企画職。他部署や子会社の社長と連携しながら、IR資料や子会社のホームページの作成に励んだそうです。

    「他部署の先輩や子会社の社長さんから『職場がすごく明るくなった』『田中さんにお願いされたらやるしかないよね』と言われるようになり、自信につながりました」

    一方、航空会社の採用試験はいつ再開するか見通せませんでしたが、CA職をあきらめてはいませんでした。

    「前職では、社外とのコミュニケーションが少ないのが少し不安でした。仕事で日頃、関わる人がいつも同じだと、どうしても自分に甘えが出てしまうと思ったんです」

    転職のチャンスがいつか訪れた時に、恥ずかしい思いをしないようにと、働きながら「ビジネスマナー検定」の資格を取りました。ほぼ毎日、英語の勉強に2時間を費やし、その後に1時間ほどヨガや坂道ダッシュで体力づくりもしていたそうです。

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    apichon_tee/ iStock

    ただその後も、新型コロナの収束は見えません。

    出張や旅行、物流も途絶えたため、航空会社は業務が減った客室乗務員を地方の拠点に配置転換する方針も出します。採用は中断のまま、月日が流れます。

    田中さんはTOEIC800点台から、さらに850点台まで英語力を伸ばしました。

    インタビューに同席したJALの採用担当者によると、日系の大手航空会社では、CAの応募資格にTOEIC600点以上と定めているそうです。「TOEICには600点、730点、800点と壁がいくつかありまして、田中さんが越えた850点も伸びにくいポイントでした。3年間コツコツと学んできたことが点数に結びついたのだと思います」と評価します。

    田中さんは「いま思い返すと、この3年間は夢を追いかける日々が楽しくて、嫌だなと思った瞬間はほとんどなかったです。それまで自分のことを努力家だとは思ってなかったのですが、ここまで頑張れるんだと、新しい自分を発見できました」。

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    留学先のサンフランシスコで友人とハイキングに出かけた田中さん(右から2人目)。「大学時代から、積極的にいろんな国の人と話して自分の世界を広げようとしてきました」という

    採用再開「チャレンジできる環境」に喜び

    2022年11月、JALは既卒採用を4年ぶりに再開すると発表しました。(新卒採用は2023年4月に3年ぶりに再開)

    田中さんは、大学時代のサークル活動の友人から、この朗報を聞きます。

    「新卒採用が凍結されて落ち込んでいたころ、気にかけてくれた友人たちとは、連絡をずっと取り合って、励ましてもらいました。『最終選考の直前は、しっかり栄養を取って』と、食べ物が送られてきたこともあります。ここまで頑張れたのは、友人の存在も大きかったです」

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    友人に内定祝いをしてもらっている田中さん(中央)

    採用が再開したと知った瞬間を田中さんは、こう振り返ります。

    「涙が出そうなほど、とても嬉しかったです。ここでチャンスを使わなければ、もういつ挑戦するんだっていう覚悟を決めて、挑戦させていただきました」

    中途入社でJALへの内定が決まったのは2023年4月。客室乗務員の選考フローは、書類選考からはじまり約5カ月間に及ぶ長丁場でした。それでも、田中さんは採用を再開してくれたことへの感謝の思いでいっぱいでした。

    「絶対的な自信があったわけではありませんが、コミュニケーション能力はこの3年間で培ってきた自信がありました。面接の時も、前向きに、落ち着いて臨むことができました」

    大学時代に関西で過ごし、人を笑わせることが大好き。面接でも自らPRを忘れません。

    「自己紹介には少しユーモアも加えて、面接官に知ってもらおうとしました。『佳穂って名前は、海外の方だと上手く発音できなくて、タコとかハコって呼ばれるんですよね。でも、両親から授かった佳穂の穂は、1本の稲穂のように多くの人に囲まれているという願いが込められています』という自己紹介をしていました」

    採用凍結で一度は涙し、3年越しにチャレンジして見事につかんだポジション。

    インタビューに同席したJAL職員は、「目指す乗務員像は、空の上だけ飛んでいたらいいのではなく、いろんな経験を積んでほしい面もすごくあります。田中さんの過ごした3年間は、きっとすごく長かったけど、それを前向きに捉えて経験を重ねたからこそ、今の姿がある。まさに今、日本航空が求めている人材です」と話します。

    キャリア選択に迷って前に踏み出せない友人がいたら。今の田中さんなら、どんな声をかけるでしょうか。 

    「何かにチャレンジすることは大変かもしれません。ただ、私にとって3年を経て、憧れのCAの採用にチャレンジできたことこそが、かけがいのない体験でした。もっとチャレンジできる環境を大事にして、楽しみながら夢をつかんでほしいです」

    (構成:池田怜央、写真提供:田中佳穂、デザイン:高木菜々子、編集:筒井智子、野上英文)