社会の第一線で活躍する人たちが、もしもう一度、キャリアのスタートラインに立ったなら? 就活生や働き出して間もない人たちへのメッセージを紹介します。第4回は、「情熱大陸」や「ガイアの夜明け」など多数のテレビ番組の演出に携わってこられた、映像プロデューサーの古田清悟さんです。
社会の第一線で活躍する人たちが、もしもう一度、キャリアのスタートラインに立ったなら? 就活生や働き出して間もない人たちへのメッセージを紹介します。第4回は、「情熱大陸」や「ガイアの夜明け」など多数のテレビ番組の演出に携わってこられた、映像プロデューサーの古田清悟さんです。
古田 清悟(ふるた・せいご)
映像プロデューサー/Hybrid Factory代表取締役
元東北新社プロデューサー/ディレクター 「情熱大陸」「ガイアの夜明け」「NHK特番」などの多数のテレビ番組を演出。錦織圭、大谷翔平、石橋貴明、本田圭佑、村上隆などトップランナーの映像作品も制作し、情熱大陸では番組初のアプリを作りテレビとネットを連動。Yahoo/GYAO、NTTグループ、VICE、LINE、リクルートなど多くのデジタルプラットフォームで映像制作や運営戦略を担当。現在、テレビ番組と共にNewsPicks「WEEKLY OCHIAI」、Yahoo「RED Chair」、リクルート「スタディサプリ」などのデジタルコンテンツも制作。また地域でも実店舗運営とデジタル施策を実施。著書に『日本代表・李忠成、北朝鮮代表・鄭大世~それでもこの道を選んだ~』 (光文社)
今回は、トピックスオーナーとの間でリレー投稿として「私がもう一度、キャリアを踏み出すスタートラインに立ったなら」というお題をいただきましたので書いてみたいと思います。
前回は、馬瓜エブリンさんが「もしもオリンピアンのキャリアが、リセットされたら 」という記事を書いてくださいました。
私はお題をいただいた時に「もし今、自分が学校を出て就職するとしたら」その自分に何と言うかな? という視点で書こうかと思います。
で、結論を先に言うと、
自分のやりたいことなんてどうせやってみるまで分からないし、都度変わっていくから何を選んでも大丈夫よ。
と言うと思います。
この年齢になって、やっと少し分かってきました。
仕事柄、各界の優秀な方々にヒアリングする機会が多々あります。彼ら彼女たちは大きなマクロ視点での時代の方向性や、自らの専門分野の全体感は考えていますが、個人的な未来予測やメリットはほとんど考えていません。
考えても意味がないことを体感的に分かっているし、それがよくない方向にいくこともあり得ると知っているからです。
彼らは成功や安全を求めておらず、「試してみたい/知りたい/見てみたい/成長したい/進みたい/生みたい」といった根源的なリビドー(抑えきれない欲求)や大義をベースに、日常の中で偶然生まれてくる膨大な選択を、都度細かく大量に行っています。
彼らが失敗や選択ミスにそこまで繊細にならずに動けるのは、そこがキーだと個人的に思っています。
自分の根源的な欲求にうそをつかず素直に従い、それ以上は細かな未来設計で考え込まず、その都度、ランダムに現れる目の前の膨大な課題への「仮説→選択→行動」を繰り返している。膨大がゆえに一つ一つにとらわれずに前に進みます。
大きく捉えれば、現代の就職や転職もその一部でしかないと思います。
なかなか青年期にそこまで達観することは難しいと思いますが、頭の片隅に入れておくと消去法的にメリットを優先することへのストッパーになるかと。
過去を振り返っても、成功体験は分かりやすいメリットの先ではなく、偶然が運んでくる「先の見えないほう」にあることが多かったように思います。
私は佐賀の田舎町から18歳で上京し、大学時代はバイトに明け暮れていました。私が幼い頃に両親は離婚し、母が女手一つで私を養ってくれていました。そんな環境でしたので中学から飲食店のバイトを始め(当時は禁止でしたが)、大学でもずっとバイトをしていました。バイトのために単位を落として留年し、その学費を払うためにまたバイトをするという謎ループをこなしていた時期に、いわゆる就活の時期が来ました。
私は当時、渋谷の飲食店で働いており、勤務期間が長かったこともあって店長のような立ち位置にいました。売り上げの確認や物品の発注も行うことで飲食店のシステムもよく分かりましたし、多様なお客様たちとも仲良くなれました。
普段はあまり気にしていなかったのですが、就活の時期になるとなんとなく人の職業に興味が湧いてきます。当然、身近にある飲食店経営にも興味が出てきました。
ただ、働いているお店には偶然、映画系や出版系、サブカル系の職種のお客様が多くいらっしゃいました。正直その時期まで全然意識していなかったのですが、いろんな職種の方とお話ししても、なぜかエンタメ系の方々のほうがウマが合うことに気づきました。
昔から好きだった音楽や映画、漫画や本などについて深く話をしても会話できたからだと思います。当時から「コンテンツの構造」が好きで、そこまで踏み込んで話せたのがうれしかったのかもしれません。
またちょうど同じ頃に卒論の時期が重なり、テーマ決めをしないと、また留年の危機に陥る状況になっていました。私の学部の卒論は古典などをひもといて私見を述べることが一般的なのですが、担当教授にあまり興味がない旨を伝えると、「何のテーマでもいい」と言ってくださいました。私の学部では結構珍しいことで、今さらながら先生ありがとうございました。感謝いたします。
それでお客様やいろんな大人と話す中で、「自分はエンタメというか、人間の感情の構造に興味があるのかな」とぼんやり思って、人間らしい感情の「笑い」に絞って書くことにしました。
ノープランです。
本当のノープランだったのでものすごく大変でしたが、人間とは面白いもので、最初の困難な一歩を越え、徐々に分かってくるともう少し、もう少しと欲が出てきます。
これも最近よく分かってきたのですが、私は準備を十分にして予備知識ができてから取り組むと、なかなかテンションが上がらず、結局は途中でやめてしまいます。
優秀な方々がはた目からは無謀な挑戦に見えることに取り組むのも、無意識にその構造が分かっているからかもしれません。「楽しみながら多くの知見を持続的に得る」ためにです。
話を戻すと、卒論を「笑い論」と題し、古今東西アリストテレスからダウンタウンまで「笑い」の考察をしたことは、僕にとってとても重要でした。実益はあまりありませんが。
当時、就活の開始時期はとても早く、卒論を終えた頃にはほとんどの選考は終わっていて、僕はなんとなく「文字より映像がいいな」と思い、まだ募集していた映像制作会社に応募して採用され、今に至ります。たぶん落ちていたら、他の分野でも似たような仕事をしていたと思います。
なので就活を全然していません。
ですが、それゆえに俯瞰で就活を見たという自負はあります。
今振り返ってみると、就活時期は「周りにある偶然の状況を通して、普段は気づけない欲求の優先順位を強制的に測る良いイベント」だなと思います。
焦って、何かのフォーマットをクリアする、目の前のシンプルなメリットに飛びつく、ということが目的になると地獄だろうなと。
私は根源的に「未知のことを知りたい」欲求が強いんだと思います。特に「人間」や「世界」について。それは平々凡々と生きてきた私にとっては気づきにくく、就活と卒論でやっと輪郭がはっきりしてきたんだと、今となっては思います。
就活はどういう見方で取り組むかで、大きく効用が異なります。
職業の種類はあまり問題ではなく、細事でもなく、いかに欲求を素直に見つめるか、また偶然そこにあるものをいかに見いすか、だと思います。
最後に、今私が22歳だとすると、どうするかなと。
就職とか起業とかの手段はあまり気にしないと思います。「なんとなくサッカーのことやりたい」とか「人間をもっと知りたい」とか「面白いを分解したい」とか、その時のリビドーをもとに動くと思います。
で、たまたま偶然そこにあるものを手に取って、見つめて、最初の実験に取り組むと。
振り返ると、5年くらいの周期でそんなことをやっているかもしれません。いろんな人にご迷惑をおかけして申し訳ございません。感謝しております。
でもそれがつながって、昔の友人や仕事先と、会社をつくるなどいろんなプロジェクトを進めることができています。どちらにしろ、細かな計算をしていたらそうならなかったと思いますし、皆さんも就活のことはあまり重大に考えないで。
それよりも、たまたま選んだ仕事(遊び)でも、異常なくらい没頭して取り組んだほうがよいと思います。できなかったらすぐ変更して。
そこだけは後から取り戻せないと思います。
42歳くらいで後悔しますよ。マジで。
私が次にバトンを渡すのは、森永康平さんです。ぜひそちらもお楽しみに。
(文:古田 清悟、編集:JobPicks編集部)
このシリーズは、「NewsPicksトピックス」とのコラボ企画です。「【もし私が今就活するなら】」(2023年3月2日配信)を編集しました。
古田 清悟さんはNewsPicksトピックスで「Pたちのウラアカ」を連載しています。ぜひチェックしてみてください。