採用動画「あった方がいい」8割 受け手の情緒とタイパに訴える

採用動画「あった方がいい」8割 受け手の情緒とタイパに訴える

    採用活動で動画を扱う企業が増えています。自社ページに載せる会社案内や社員紹介のインタビュー記事よりも、オフィスや社員の雰囲気を伝えやすいメリットが支持されています。

    就職活動を経験した学生の8割以上が、採用動画を「あった方がいい」と考える調査結果もあります。実際に働く時のイメージを抱きやすくなるため、志望度アップにもつながるようです。

    採用動画を活用している企業、動画の制作会社、就活中の学生たちに話をそれぞれ聞きました。

    目次

    動画で「社員一人ひとりの手触り感」

    「新しくグラフィックデザインの領域にも挑戦したいと思い、ブランド戦略部に自ら入れてもらう形で手を挙げました」

    「日本だけでなく海外にもゲームの配信を行っているため、世界中の方の反応をダイレクトに見られるのは大きなやりがいと感じています」

    「何かやりたいと声を上げたら、『いいよ、やってみなよ』と賛同したり共感したりして、一緒に動いてくれる仲間が多いです」

    名古屋市に本社を置くIT企業「エイチーム(Ateam)」が、自社サイトやYouTubeに公開している採用動画の一部です。3分ピッタリの動画に、2015〜19年卒の若手社員5人が次々に登場。仕事のやりがいを語っています。

    若い世代に向けた訴求ポイントは、「早送りしなくても見られるぐらいの長さとテンポの良さ」。例えば、社員の1人目(2018年新卒の女性デザイナー)が登場するのは、動画3分間のうち25秒ほどです。このわずかな時間に、撮影カットは10回も次々に入れ替わります。

    エイチーム
    若手社員が登場する採用動画(エイチームのYouTubeから)

    インタビュー動画では、本人にしか語れないような個人的な感想が続きます。

    IR/PRグループマネジャーの安藤春香さんは、「社員一人ひとりに焦点を当て、手触り感のある『情緒的な価値』を伝えることを意識しています」。採用の応募者が実際に働いた時のイメージをしやすくなるように、との狙いです。

    スマホ向けのゲームコンテンツやネットの比較サイトの開発などを手がける同社は、コロナ禍よりも以前から、「合同企業説明会はオンラインにシフトしていくのではないか」と見越して採用動画に力を入れてきました。

    初めと終わりに映る「仕事を楽しくするのは、自分だ」は、最新の採用キャッチコピーです。こうしたコンセプト作りは、決してトップダウンではありません。動画を視聴してほしいターゲットを絞ったうえで、新入社員と年齢的にも近い入社2、3年の若手社員からヒアリングしたうえで決めています。

    エイチーム採用動画
    若手社員が登場する採用動画(エイチームのYouTubeから)

    動画が映す場面は、社員への改まったインタビュー場面だけではありません。

    笑顔を見せながら同僚らと和やかにブレストしたかと思えば、次のシーンではパソコンに向かって真剣な表情で資料作り。ほかにも、会議室や廊下、談話スペースなどを舞台に、自然光も取り入れて社内の様子を明るく見せています。

    また最近は、「社内の雰囲気や素の社員の姿を見せる」「なぜ、働くのか?」といった身近さや心の内面に焦点を当てているといいます。

    maruco / iStock
    maruco / iStock

    「会社の制度や福利厚生などを強く打ち出し過ぎないように気をつけています。そうしたハード面をより重視した人材が集まると、採用ターゲットとのギャップが生じてしまうためです。会社のビジョンに共感してくれる人材を確保するために、採用動画ではソフト面のPRに注力しています」。安藤さんはそう明かします。

    こうした工夫の成果は、就活生からの反応に表れているといいます。広報担当者によると、名古屋に本社があるため都内の会社と比べ就活生のオフィス見学にハードルがありました。ただ、動画を通じてオフィス環境を手軽に見てもらうことで、このギャップを埋められるようになったそうです。

    採用動画をみた学生から実際に「オフィスに行ってみたい」「自分の就活軸と一致している」といったポジティブな声が多く寄せられているといいます。

    採用動画の視聴によって6割以上が志望度上昇

    では、就職活動を経験した学生は、企業の採用動画についてどのような感想を抱いているのでしょうか。

    企業と動画クリエイターのマッチングプラットフォームを運営する株式会社Lumiが就職活動経験者に採用動画を視聴した後の志望度の変化についてアンケート(対象317人)をとったところ、「大きく上がった」(8.2%)と「上がった」(58.4%)を合わせて全体の6割以上で志望度にポジティブな効果があったことがわかりました。

    実態調査
    (出典:Lumiが実施した「採用動画」に関する実態調査)

    「採用動画はあった方がいいと思いますか?」という質問に対しては、「とても思う」(40.4%)と「思う」(48.6%)を合わせて8割以上が肯定的です。

    こうした結果から、採用動画が企業の採用活動に貢献していると考えられます。

    「社員の1日の流れ」が人気

    どのような動画コンテンツが人気なのでしょうか?

    「視聴したいと思う採用動画コンテンツは何ですか?」との質問では、「社員の1日の流れ」が59%と一番人気でした。入社した時のイメージや社風、社員の雰囲気を捉えやすいためだと考えられます。

    これに対して、「社長や代表者のインタビュー」(18.3%)や「カルチャー紹介」(6%)は低い結果でした。

    トップや人事のメッセージよりも、入社直後の自分の姿を重ねられるような「職場で実際にどんな人と一緒に働くのか」「仕事やライフスタイルはどう変化するのか」といった等身大の情報を求めていることもうかがえます。

    採用動画の実態調査
    (出典:Lumiが実施した「採用動画」に関する実態調査))

    「採用動画」が一般化。差別化が今後の課題


    Lumiiの代表取締役、宮原駿さんに最近の採用動画の傾向を聞きました。

    初めに指摘したのは、採用動画を活用する企業の広がりです。

    4、5年前だと採用動画を作る企業は少なく、資金に余裕のある大企業が主に活用していたといいます。それが今では、社員数が20人程度の中小企業でも制作をしており、採用動画の数やニーズは年々、増加傾向にあるといいます。

    動画の内容は、調査結果と同じくやはり『社員の一日の流れ』『社員インタビュー』が人気です。長さは、長くても5分程度で、2〜3分のショート動画が主流だといいます。

    企業側が気をつけるべき点はないのでしょうか?

    幅広い業種から制作依頼がある一方、似たような採用動画が増えてきたともいいます。宮原さんは「採用動画の飽和状態で、差別化する必要があります。企業の採用戦略で『本当に伝えたいこと』『どこに焦点を当てるか』を見極めることが何より大切です」と指摘します。

    Z世代に欠かせない動画 就活格差を埋めるツールにも

    採用動画を実際に活用して就職活動をしている学生たちにも話を聞きました。

    metamorworks / iStock
    metamorworks / iStock

    関西地方の大学年の女子学生(20)は、Z世代の就職活動でトレンドワードにもなっている「タイパ就活」を挙げて、次のように語ります。

    「動画を倍速にしてチェックしています。就活はESを書いたり、面接の対策をしたりと、やらなければならないことがたくさんあるので、タイパを意識しています」

    一方、兵庫県に住む大学3年の女子学生(20)は、森永乳業の採用動画で、社員同士が座談会をする動画が印象に残っているといいます。

    「地方の学生が大手社員の話を直接聞くには、東京や大阪といった都市部まで足を運ばないといけません。動画が手軽に社風や社員同士の働きぶりに触れられるのは、とてもありがたいです」

    maroke / iStock
    maroke / iStock

    採用側の企業にとっても、就職活動をする学生にとっても「採用動画」は欠かせないコンテンツといえそうです。

    採用戦略を練る企業は、「動画ありき」で人気動画を真似て制作すればいいというわけではなく、「誰にどんなメッセージを伝えたいのか」を明確にする必要がありそうです。

    一方、学生は、採用動画を数多く時短でただながめるのではなく、自分が近い将来に働く姿を想像しやすいか、という指針も大切です。採用動画には入社間もない人たちも登場するので、「自分が入社後、採用動画に出演する姿を想像できるか」とイメージすると、効果的な就活につなげられそうです。

    (取材・文:松浦美帆、比嘉太一、中井舞乃 編集:野上英文)