ユニークな働き方をする次世代の担い手たちに、15分間のインタビューをする動画番組『働くっていいかも!』。いまどんな仕事をしているのか、なぜそのキャリアに至ったのか、これから何をしたいのか......。友人の紹介もしてもらって、“ビジネスの輪”をつないでいきます。
今回注目したジョブ(職)は「研究開発職」。ミズノで義足などを開発する岡村尚美さん(#06出演 )と早稲田大学大学院で1年先輩だった田中さんに話を聞きました。先進理工学研究科では、「自律移動型ロボット」の研究をしていました。
──自律移動型ロボットとはどんな研究ですか?
田中: 主に2種類の研究に携わりました。1つは「防災モニタリングロボット」の開発です。険しい山岳地帯や火山地帯など人が近づけない極限環境下で、放射能やガスの濃度を遠隔で測定することを目的としています。
もう1つは、里山で鹿などの害獣によって作物を食べ荒らされないように、「監視ロボット」を開発しました。
このような屋外で活用するロボットは、「ルンバ」などで知られる家庭用のお掃除ロボットが平面を移動するのと比べると、開発や動かすのがとても難しいんです。
ロボットが周辺の状況をきちんと認識し、自己判断を下せるように、地面に関する膨大なデータをインプットする必要があるためです。山間部は、ほとんどがコンクリートで整えらえてない不整地のため、認識させるために非常に苦労しました。
イタリア留学で最先端の技術を学んだ田中さん(右)
──国内の宇宙スタートアップとして注目されているispaceで勤務されています。なぜ宇宙に関心をもったのですか?
田中: 極限環境下での自律移動型ロボット研究をしていたなか、ispaceのCEO・袴田武史さんの講演を聞く機会があり、そこで自身の研究で培った技術が宇宙に応用できることに気づきました。そして、日本の民間企業が今世紀最先端の科学技術を結集させて、「人類の生活圏を宇宙に広げ、持続性のある世界を目指す」という壮大な夢を掲げていたことにワクワクしました。
インターンの立場からispaceにジョインしたのち、正社員(エンジニア)として民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」に向けて月面探査ローバーの開発に従事していました。最初のミッションの開発の担当を終えたタイミングである2022年6月時点で退職しましたが、現在も業務委託という形でプロジェクトに関わっています。
国際競争で米国に10年遅れ。新局面で日本の強みは「建築力」
──宇宙開発でいうと、かつてはアメリカと旧ソ連の競争があり、最近は中国の参入が注目されています。国際的にみて、日本はどのような立ち位置なのでしょうか?
田中: 有人飛行旅行やアポロ11号の月面着陸などが象徴するようにアメリカと旧ソ連がこれまで長らく宇宙開発を牽引してきました。アポロ11号の船長ニール・アームストロングらが月面着陸したのは1969年7月20日。約50年後のいまですら、日本のロケット開発技術は、アメリカから10年遅れているイメージがあります。
ただ、この約15年ほどで宇宙開発における国際競争は、2つの観点から新たなフェーズに移っています。
1つは、月面上で水資源の存在が本格的に検知されたこと。2009年にインドの無人探査機が水分子の存在を検知し、2020年以降、NASA(アメリカ航空宇宙局)も水分子に関する発表や計画を次々と出しています。
そして、民間による月面探査レースが始まり、民間の宇宙産業も活発化し始めました。ispaceも2007年から史上初の民間月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」に参画し、30チーム中、上位5チームまで競い抜きました。
Google Lunar XPRIZE(公式ホームページより)
水分子の研究と、民間企業の宇宙参入はまだまだ黎明期であるため、日本の民間企業が世界を引っ張っていくチャンスはまだ十分にあると思っています。
──その他、日本ならではの強みはどこにあると思いますか?
田中: 国内のインフラ産業がそもそも強いということでしょうか。「地震大国」でもある日本は、世界的に見ても耐久性の高い建築物を作ることが求められています。そのため、ゼネコンを中心に多くの建設業にインフラ投資が積極的にされていて、高い技術力をもっています。
今後、月面着陸が実現すると、長期滞在するために月面基地を建設するフェーズが必ずきます。
長年、日本が培ってきた高度な建設技術と、私が大学院で研究してきたような遠隔作業ができる自律移動型のロボットを掛け合わせることで、一気に月面基地の開発もリードできると思っています。
──経営するamulapoはどんな事業を手がけていますか?
田中: 主にVR/AR技術を駆使して、疑似的な宇宙体験を提供しています。
例えば、最新のVRゴーグルやARグラスをつけて、まるで月面探査しているかのように、夜の鳥取砂丘を散策できる「月面極地探査実験A」といったコンテンツを提供しています。
さらに、2023年7月7日には長野県原村に「宇宙ホテル」を造成すると発表しました。提携先の八ヶ岳高原テラスともに、2027年の完成に向けて宇宙の食、建築、アクティビティなどを段階的に展開していきます。
宇宙ホテルのコンセプトイメージ(amulapo提供)
──VR/AR技術で宇宙体験をすることに、どんな意義があるのでしょうか?
田中: 宇宙産業に身をおいている私は、この数年こそ、劇的に変化していく期間であると感じています。
ただ、現在なされている宇宙開発の議論は、一般の人からすると大きな乖離(かいり)があります。誤解を恐れずに言えば、「宇宙開発なんて、NASAやJAXA(宇宙航空研究開発機構)に所属している優秀な人たちが考えていることでしょ」と他人事になってしまう印象もあります。
ただ、月面生活が実現すると、飲食店をはじめ、医療体制や発電所など、地球と同じような産業が一気に必要になります。宇宙を他人事として捉え、市場のシュリンクを放置するのではなく、一人でも多くの人にその可能性を気づいてほしい。
そこで、まずVR/ARによって疑似体験をして、宇宙への関心を高めるような人材育成を推進するべく、amulapoを立ち上げました。
──疑似体験から身近に感じてもらう、ということですね。?
田中: 子どもたちには「無重力ってこんなに楽しいんだ」。大人には「ビジネスの可能性がありそうだ」と、これまでにはない形で宇宙を体感してもらう必要があります。
小学生3〜6年生向けのVR/ARコンテンツ(amulapo提供)
宇宙飛行士は今までいましたけど、人類史の中で、ようやく民間人を含めて地球の重力から脱することができる「人類史の中の本当に限られたタイミング」に私たちはいます。そう考えると宇宙に関わる仕事をこのタイミングでする意義や価値があると思っています。
「あれ皆さん宇宙をやってなくて、逆にいいんだっけ?」って思います(笑)。人類史の中の本当にわずかなこのタイミングで、たぶんもうあと100年ずれると、感覚が違うと思います。「金(きん)を探しに行かなくていいの?」と。金を探した人たちは、実はあまり儲からなくてみたいな話もありますが。
この「行けるか行けないかのタイミング」で、自分たちで時代を作っていきたい。そういう気持ちで宇宙と向き合っていくつもりです。
必要なのになかったから
大学院時代からインターンで宇宙開発に携わる機会をいただき様々経験をさせていただいたが、同時に宇宙産業全体の課題についても感じてきていた。その課題解決にアプローチができる手法をあるアイディアコンテストをきっかけに思いついたが、それらの取組を実施している媒体がなかったため、自ら起業し仕組みをつくろうと思ったのがきっかけ。
宇宙開発は、従来の国家主導型のプロジェクトから民間主導も取り入れた時代に移行しつつあり、宇宙ビジネスという言葉が話題に挙...
がるようになった。しかしながら、ビジネス自体は官需に依存するものが多く、国の国家予算に大きく依存をしている現状である。そのため、宇宙産業拡大に向けては、国家予算の拡大または、民間によるB to BやB to Cとなる新しいビジネスの創出が必要であると考えている。宇宙産業と非専門家(一般の方々)の間には大きなギャップを感じ、この乖離が大きいままでは宇宙産業自体が大きく成長できないのではないかという危機感を感じた。そこで、宇宙産業自体を理解いただいたり、参入いただくきっかけをつくる意味で、宇宙教育・エンタメのような裾野を広げる活動が重要と感じ、そのための協力なツールとして、VR/ARのようなデジタル技術を用いた宇宙疑似体験は有効だと考えた。
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──現場の研究開発者からCEOになって、面白さや苦労は変わりましたか?
田中: 技術をよく分かっているCEOの存在は欠かせないと思います。例えが良いのかは分かりませんが、テスラ創業者のイーロン・マスクのようにプロダクトに徹底的に目配せできるような、経営者が日本にはまだ少ないはずです。技術起点でさらに飛躍させるためには、研究開発職を起点とした経営者が今後も増えていくと予想します。
もちろん創業間もないですし、これまで「経営」をしたことないので、苦労することばかりです。ただ、もともと研究開発でも、新しいことが多いんですよね。経営でも、苦労一つ一つも楽しさに変わってるというか。経験として面白いと思っています。
──研究開発職の面白さをどう感じていますか?
田中: 『鉄腕アトム』のお茶の水博士みたいになりたい、と学生のころから思っていました。宇宙や研究という「自分の好きなこと」に没頭している感覚があります。さらに大変ありがたいことに、それが「仕事」という形になっています。
「自分が好きなことは、誰にも負けたくない」と自信をつけるため、岡村さん(#06出演 )も僕も頑張って大学院で学びました。当時の努力が実りつつある感覚がありますね。
大学院時代の恩師・朝日透教授(左)と田中さん
この職業について未経験の人に説明するとしたら、どんなキャッチコピーをつけますか?
次回は、田中さんのご紹介で、全自動歯ブラシロボットを開発するGenics代表の栄田源さんへのインタビューを公開予定です。
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(文:池田怜央、映像編集:長田千弘、デザイン:高木菜々子、編集:野上英文)