電力会社の新人「単純作業ばかりで、もうやめたい」
2023年7月14日(金)
午後8時半。白シャツ姿で店に現れたダイチさん。BARで転職・就活の相談ができると知って訪れたそうです。
「ゴールデンウイークが明けた時期から、会社がつまらないと感じ始めています。朝起きてもワクワクしない。どうしたらいいのか悩んでいます」
大さん、お願いします。
ダイチさんが大さんを呼びました。
BARでアドバイザーとして席に座るのは、年間300件以上の就職や転職の相談に乗っている店主の二宮大さんです。
大:「今の会社に入ったのはどうして?」
ダイチ:「地元で自然エネルギーを使った発電が進んでいたので、地元や日本に貢献できると感じたからです」
「日本は原油にエネルギーを依存しています。エネルギー業界に変化が求められている中で、電力会社も変わってくると感じて、その変化に関わりたくて入社しました」
「でも自分の考えが甘かったと思います。とにかく超つまらない。研修を終えて今の部署に配属されたんですが、アルバイトでもできる書類作成しかさせてもらえません」
「社風も合いません。仕事はそんなに頑張らなくても売上が上がるし、失敗したらバッテンをつけられる組織です。挑戦することをしないから生ぬるい。僕自身はもっと成長したいと思っているんです」
「会社を辞めたとしても、将来どうしていいか分からなくて…」
大さんは学生時代に熱中したことを深掘りしていきます。
大:「学生時代は何に熱中していた?」
ダイチ:「高校時代は陸上競技に熱中しました。インターハイに出場したり、国体に選ばれたり、高校生新記録も持っていて、当時は日本でナンバーワンの選手になるという高い目標もありました。でも、大怪我をしてしまって陸上をやめたんです」
「その後、大学受験で関東地方の大学に進学したんですが、入った直後に自己紹介ができなくなったんです。これまで陸上で語れていたはずなのに、陸上やめたら、あれってなってしまって…」
大:「何者でもなくなった感じになったんだ」
ダイチ:「はい。このままでは自己表現ができなくなると思って、陸上が強い大学を再受験して、入学し直したんです。陸上部に入ったんですが、ブランクがあって思ったより動けなく…半年でやめました」
「アイデンティティクライシスみたいになってしまって、大学を休学しました」
大:「こういう体験の話は超大事。それによって将来どうしたいのか見えてくる」
陸上という自分の強みを失ったダイチさん。地元へ戻り、地域貢献のために飲食店をオープンすることを模索します。
大:「休学中は何をしていたの?」
ダイチ:「地元に帰って、シャッター商店街を立て直すために、飲食店の経営に挑戦してみようと思って、店をオープンさせました」
大:「飲食店経営に挑戦したのはどうして?」
ダイチ:「スポーツ選手でよく引退した後に経営者になる人を見ていたので、かっこいいなぁーと思っていたんです」
「自分なりにいろいろ調べました。飲食店がどのくらいあって、その内、何割が店を閉じてしまうとか、飲食店の関係者に直接会ってヒアリングもたくさんしました」
「銀行に融資の相談に行ったり、店舗の候補地を内見させてもらったり、行動している中で『やってみよう』ってなりました」
「地域のためにもなればいいし、1年休学して時間もあるから、その期間一生懸命やってみたら何か得るものはあるだろうと、見切り発車で決断しました」
大:「飲食店やってみてどうだった?」
ダイチ:「店は開業できたんですが、常連客が付くのは簡単ではなかったですし、友達が来店するだけになってしまって…『なんて自分は未熟なんだろう』って思ってしまいました」
「休学期間も1年だったので、その後店は閉めずに、たまに営業する形でやってました。他人は『失敗だ』と言うかもしれないけど、僕自身はそうは感じていなくて…」
「他の大学生とは全く違う学生生活を送れましたし、あの時、『店をオープンさせた経験があったから今の自分があります』って思っています」
ダイチ:「朝起きたときに、働くことにもっとワクワクしていたいし、もっと成長したいなと思うので、そういう環境で働きたいと考えています」
大:「…今の会社は、離れていいと思う」
「入社1年目でこういう相談があった場合、だいたい7割くらいは『今の会社で全力でやってみな』ってアドバイスするんだけど、全力で挑戦することを許されない組織にいるダイチくんにとってはマイナスになる」
「ただ、勢いで転職するのはよくない。ちゃんと考えてから離れなきゃいけない」
ダイチ:「そうですね」
大:「ダイチくんの体験を聞いて思ったのは、自分の力でやってきているということが共通点として見えてくる。陸上競技は個人種目だし、大学の再受験や飲食店の開業も自分の力でやってきている。
「そうなったときに今までバイネーム(個人名)の世界にいて、それを今後どうしていきたいのかが気になっている」
「何かやり遂げる時に個人でやるのかチームでやるのか、パフォーマンスの出し方が変わってくると思う。そこはどう考えている?」
ダイチ:「今、感じていることはチームがいいと思っています。互いに刺激し合えるメンバーが集まったチームだったら良いですね」
「個人だと、まだ自分に自信がないのも理由の一つです」
大:「高校の時は自信満々だった?」
ダイチ:「そうですね。陸上でも実績があったので自信はありました」
大:「それが折れたから、今、再生するために時間がかかっている感じだな」
「今年24歳だよね。まずは30歳を期限とした時に、その先はどんなことができるようになっていたいとかある? 何がやりたいとかのベースではなくていい」
ダイチ:「すごく抽象的なんですが、困難な時に決断できるようなリーダーになっていたいと思います」
大:「何でそう思うの?」
ダイチ:「開業した店がうまくいかなくて、店をやめるかやめないのかを考えた時、どっちに転んでも駄目な未来もあるし、いい未来もあるなと思ったんです」
「結局復学する選択をしたんですが、あの時に決断する難しさを感じました」
「あと今の会社で多くの先輩たちを見ると、決断できる人が少ないように感じているのも影響しています」
「『決断』は漢字の通り、『断つ』ことだと思っていて、会社にいると断つ決断をしない、つまり言われたことだけやっていればいいし、決断することへの責任を他の人に転嫁している人も多いんです」
「ビジネスはどこかで折り合いをつけて、引くか引かないかを決断しなければならない。飲食店の開業経験や、自分が置かれている今の環境から、そのように感じています」
大:「決断はまさにダイチくんが言っているように『断つ』ことを決めることだし、言い換えれば、『決めたことを最後までやり抜く力』だと思っていて、その覚悟がない人は絶対に決めるところで迷ってしまう。
決断する時点では正解か不正解か分からないけど、自分が決めたことを最後まで実行するために頑張る力は日々、癖をつけるしかないよね」
普段から決断をしてやり抜いていく。ある程度のスピード感でいろいろなプロジェクトを回していく会社のほうがいいかもしれない。今の会社だとそれが厳しいと思う」
大:「今は一緒に働いている人たちのことを考えなくていい。その時間がストレスになっちゃうから、自分の将来のために離れていいと思う」
「今、抽象的でもいいから自分の将来を考えてみて、その後具体的にどうなりたいかを考えていく」
「例えば30歳になった時に、何をしていたいか、どんな生活をしていたいか、どれくらい稼いでいたいか、どこに住んでいたいか、など仮でもいいから考えて、その未来と現在のギャップを埋めるためには何をすればいいのかを、深く考えていくといいと思うよ」
大:「それは先ほどダイチくんが言っていた、『決断』の話にもつながってくる。次の転職は自分で『判断』して、『決断』したことを正解にしていくことがすごく大事になってくるから、それが自分の理想に近づける一歩になると思う」
ダイチ:「そうですね。先行きが見えない状況だったのですが、急がずになりたい自分に近づくためにどうしたらいいか考えてみます」
入社1年目のダイチさん。自分の将来への理想に近づける一歩を踏み出したようです。
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就活や仕事で悩む若者たちの本音が聞こえてくる「新卒相談BAR」。連載シリーズは金曜に公開予定。
(取材・文:比嘉太一、撮影:是枝右恭、デザイン:高木菜々子、編集:筒井智子)