岡村さんは、早稲田大学大学院の創造理工学研究科で博士課程を修了後、2019年からミズノ株式会社に。グローバル研究開発部の人間拡張研究開発課で働いています。
ーーミズノの人間拡張研究開発課って、何をしているのでしょう?
岡村:人間の身体能力を現状のレベルを超えて拡張することをテーマに、さまざまな研究開発を行っています。
具体的には、義足を装着して初めて走る人を対象としたカーボン製板バネ「KATANAα(カタナアルファ)、長距離を疲れずに歩けるウォーキングシューズなど。さらに、五十肩の方でも簡単に腕の上げ下ろしができるような運動プログラムと、その専用器具も研究しています。
ケガや加齢でスポーツをあきらめざるを得なかった人たちでも、生涯現役でプレーできる社会を目指しています。
ーースポーツ用品の印象が強いのですが、そのノウハウを医療福祉やライフスタイル製品にも生かしているのですね。
岡村:アスリート向けだけでなく、ライフスタイルに合った機能性の高いプロダクトが半分近くを占めています。旅行用品やウォーキングシューズ、スクワット椅子として注目された『ル・プリエスクワット』なども販売しています。
オフィスにも実際、スクワット椅子など販売中の商品がたくさんあるので、どうやって使うのか、手で触れて試してみることもあります。
ーーそうした商品開発で、岡村さんは顧客ヒアリングもしますか?
岡村:はい。野球やランニング、ゴルフなど競技ごとにある事業部のメンバーや企画担当者と一緒に、顧客ヒアリングに行きます。製造過程の後半「生産・仕上げ」よりも前のプロセスにはすべて関わるようにしています。自分で実際に試作品をつくることもあります。
試作品は、想定したスペック通りの機能を発揮するのかを社員自らが試験、測定しています。2022年11月には、大阪府のミズノ本社の隣にイノベーションセンター『MIZUNO ENGINE (ミズノエンジン)』が新設され、テスト拠点になっています。
岡村:センターには陸上競技のトラックもあって、スパイクの機能テストが行われています。
テニス担当である私の同僚は、新しいラケットができたら、その耐久試験のために、ひたすらボールを打ち続けていますね。
昼休みになると自発的にスポーツをする同僚も多いため、休憩前後の時間に野球のキャッチボールをしている人を見かけると、それがリフレッシュ目的なのか、それともグローブのテストをしているのか、どっちか分からないです。
ーー早稲田大学大学院では、どんな研究をしていましたか?
岡村:医療福祉関係のロボット研究室で、リハビリ支援のための研究をしていました。例えば、骨折後でも効果的に筋トレができるマシンや、脳卒中の麻痺によって足を引きずっていた人がきれいに歩けるウォーキングマシンを作っていました。人の動きそのものを測定する方法も研究もあります。
こうした大学院での研究は、いまの仕事とも密接につながっています。入社当時、「新しい商品を生み出すぞ」と意気込んで配属先の研究所に行ったら、大学の研究室とほとんど同じ景色で驚きましたね。机の配置から、器具もほとんど一緒でした。(笑)
ーーメーカーへの就職を選んだのは、なぜですか?
岡村:身近な人に、目に見える製品を届けたいという気持ちが強くて、BtoCのメーカーであるミズノを選びました。
目に見えるものへのこだわりは、実は小学校時代にさかのぼります。
授業の一環で、「給食室のおばちゃん」(調理員)にお礼の手紙を書く機会がありました。給食は美味しくて、感謝の気持ちでいっぱいだったのですが、見たこともない人に手紙を書くとなったとき、一体何を書けばいいのかと困りました。
振り返ってみて、私には「目に見える関係性」が非常に大事だと気づきました。スポーツメーカーでは、やり方次第では、作り手と消費者が顔が見えるような関係性を築くことができると思っています。
いまでも私はよく運動をするので、スポーツ用品を自分で使います。自分で作って売って、自ら買って使える。その循環があるだけでハッピーですし、そういう製品をどんどん生み出していきたいです。
ーー大手のスポーツメーカーで働く醍醐味をどう感じていますか?
岡村:大学で同じような研究をする場合、実験で分かったことを論文にまとめ、学会に評価してもらって、実用化するメーカーを探します。プロジェクトによっては、10、20年近くかかってしまうものもあります。
一方で、メーカー内で研究開発をする場合は、2、3年後のラインナップとして、いま自分が研究している技術の提案を求められます。そのスピード感に、やりがいを感じます。
仕事の中で、最も楽しいと感じる瞬間はどんな時ですか?
ザ・公私混同
自分の欲しいものを自分でつくれるとき。
仲間が欲しいものを仲間と一緒につくれるとき。
趣味が仕事になる、好きが仕事になる、そんな業界だと思います。
スポーツを楽しむ当事者として、自分や身の回りの人が欲しいものを自分の手で作り上げていく、それが自分も目の前の人もハッピーにしてくれる現場に常に立ち会えます。
試作品を最初に実験で試すのは自分自身。得たい効果が体感できた時の喜びは格別ですし、思いもよらない失敗があっても好きなスポーツに対す...
る新たな発見が増えるのはおもしろいです。
自分自身の楽しい・嬉しいを追究していくうち良い商品がうまれていく、公私混同してのめりこんだもん勝ちのような働き方ができる職場です。
ーーご自身は、どんなスポーツをしていますか?
岡村:「かくれんぼ」ばかりしていますね。
2017年に「日本かくれんぼ協会」を立ち上げ、その年のかくれんぼの国際大会Nascondino World Championshipでは、世界9位(全80チーム中)になりました。
自らイベントを企画・実施して、かくれんぼの魅力を広げています。地域内ではふれあいを、企業内ではチームビルディングに一役買っていることもあります。かくれんぼを通じて子どもたちに防災の重要性を教えることもあります。
ーーかくれんぼは、どこがそんなに魅力的なのでしょう?
岡村:厳格なルールがなく、誰もが幼い頃に経験してきた「遊び」だというところです。
「もーいいーよー」と言って逃げ切るようなかくれんぼだけでなく、より難易度の高い派生ゲームもたくさんあります。
スポーツの語源はそもそも、ラテン語のデポルターレ(余暇活動)だといいます。かくれんぼは、競技性がありながら、仲間と共に楽しく体を動かすスポーツ。いまミズノで研究している人間拡張のプロダクトと組み合わせて、高齢者でも障がい者でも、誰もが当たり前のように、かくれんぼをできる社会にしていきたいです。
この職業について未経験の人に説明するとしたら、どんなキャッチコピーをつけますか?
次回は、岡村さんの紹介で、宇宙体験を届けるamulapo代表の田中克明さんへのインタビューを公開予定です。
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(文:池田怜央、映像編集:長田千弘、デザイン:高木菜々子、編集:野上英文)