GAFAMもコンサルも「今年はやばそう」MBAは転職の切り札?

GAFAMもコンサルも「今年はやばそう」MBAは転職の切り札?

リスキリングの一つとして注目されるMBA(経営学修士)。総合商社や海外駐在を経て、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)に私費で2年間学んだ遠藤梨菜さんにインタビューしました。

卒業後、現地就職で希望のポジションという「次の切符」をつかみましたが、ハーバードにも景気後退の波は押し寄せたといいます。海外就職・転職が注目されるなか、MBAやHBSはゴールデンパス(黄金の道)なのでしょうか?(第3回/全3回)


目次

HBSは黄金の道か?

日本の大学を卒業後、総合商社に入社。自動車会社やインドネシアのユニコーン企業に出向するなど、順調にキャリアを積んでいましたが、自分ならではの強みを持ちたいと考え、HBSにMBA留学したLinaさん。第1回では留学の動機や受験準備、第2回では大学院での学びやキャンパスライフについて聞きましたが、今回はアメリカでの就職活動と卒業後のキャリアに迫ります。

MBAはキャリアチェンジの“準備期間”か

――キャリアチェンジを目的としてMBA留学する人も多いと思います。

Lina:MBA留学は、経営やマネジメントを学ぶだけでなく、自分の将来を考えたり、さまざまなバックグラウンドのクラスメイトたちとディスカッション、インターン経験などをしたりしながら、自分のキャリアを模索する時間でもあると思っています。

ただ実際に入学して感じたのは、意外と考える時間がありません。
2年制のHBSでは8月末に入学しますが、例えばコンサルティングファームを受ける場合には、10月頃からレジュメ(履歴書)を出す必要があります。もちろんキャリアについて考える時間もありますが、考えながら走るというのが実感でした。

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(提供)

Lina:キャリアチェンジについてですが、MBAでは「3つのどれかを変えられる」「変えることを目指そう」といわれます。①働く場所、②業種、③職種です。これら3つすべて変えるのは難しい、ともいわれます。

現地のテック企業でプロダクトマネジャーとして働くことになった私の場合、①働く場所と③職種の2つが変わります。

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ーーLinaさんの転職活動について教えてください。

Lina:MBA留学前からプロダクトマネジャーに就きたいと思っていました(インタビュー#1)。入学後もその志望は変わらなかったので、就職活動でもプロダクトマネジャーに絞って受けました。GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)のうちの1社でサマーインターンに採用され、内定をもらい、5月の卒業後に就職という流れです。

サマーインターンは選考プロセスの一環ですが、数日から数週間のインターン期間で、学生側も自分の望む仕事かどうかを判断することになります。合わないと思えば、自分のやりたい仕事を求めて就職活動を続けます。

(このインタビューは3月実施で)卒業後の進路が決まっている同級生、就職活動を続けている同級生は、半々くらいでしょうか。特に今年は、不景気の影響が大きいと思います。

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ハーバードにも押し寄せた景気後退の波

ーーMBAホルダーを積極採用してきたテック業界では、前例のない大規模なレイオフに踏み切っています。HBSにも影響が押し寄せているのですね。

Lina:はい。特にGAFAMでは、サマーインターン生に内定を出し、その後、公募を始めるのが一般的でした。今年は公募しない会社がほとんどではないでしょうか。ただテック業界に関しては、スタートアップも採用をしていますし、そこに就職する同級生も少なからずいます。

特に不景気を実感したのは、3大戦略コンサルティングファームと呼ばれるMBB(マッキンゼー、ボストン コンサルティング グループ、ベイン・アンド・カンパニー)のうちの1社から、HBSに選考案内さえなかったことです。

MBBは、MBA卒業生の進路先として人気ですし、これまで積極採用してきましたから、「どうやら今年は本当にやばそうだぞ」と学内で話題になりました。

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Lina:おそらくサマーインターンで募集枠が埋まったこと、またMBBから企業派遣でくる学生も多いのですが、毎年一定の割合で退職するところが、この景気後退で、復職者が予想以上に多かったことが原因ではないかと同級生らとは話しています。

これまでは企業派遣で来ていても、卒業時に退職して、別の仕事を選ぶ学生が少なからずいました。会社側も、ある程度はそれを織り込んで人員計画を立てていたはずだからです。

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ーー就職先として、どのような会社や業界が人気ですか?

Lina:HBSの場合、ほかのビジネススクールほどではないと思いますが、コンサルに就職する学生は、やはり一定数います。金融系ではプライベートエクイティ(未公開株式投資ファンド)やベンチャーキャピタル(VC)が多く、投資銀行は少ない印象です。

VCの選考が本格化するのは春以降ですね。家業に戻る人や、スタートアップに就職する人もいます。自分で起業する割合は、私の学年では15パーセントほどでしょうか。

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ーーMBAやHBS卒は転職で役に立つと感じましたか?

Lina:アメリカのさまざまな会社のドアをノックする権利はもらえたと思います。

自分が日本やインドネシアにいたとき、こちらのコンサルやGAFAM本社にレジュメを送っても、面接までたどりつかなかったように思います。

アメリカでのMBA留学によって、まず入り口に立てるようになった。ただノックしたところで、ドアが開かれるか、中に招き入れられるかは別問題です。やはり自分の実績次第ですから、それを明確に伝える力が必要です。

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HBSの同級生らとLinaさん(右)=提供

ーーLinaさんは最終的に、どうやって壁を突破したのでしょう?

Lina:最後は運だとも思います。

HBS受験でもそうでしたが、現地での就職活動でも、インドネシアのスーパーアプリ「ゴジェック」での経験がアピールポイントになりました。実績をできる限りわかりやすく伝えることの大切さはお伝えしましたが(#1)、アメリカのテック業界の人たちにも馴染みのある業界での職務経験があり、仕事内容も明確に伝えやすかったことはラッキーだったと思います。

MBA卒業3〜5年後がキャリアの節目

ーー卒業後にアメリカで働く場合のビザは、OPT(Optional Practical Training:米国大学を卒業した留学生が引き続きアメリカに滞在して就労できる制度)を利用できますね。

Lina:はい。HBSはじめ多くのビジネススクール卒業生は、STEM OPTを利用できます。通常のOPTは1年間のところ、STEM(科学・技術・工学・数学)分野を専攻した卒業生は計3年間、滞在できるというものです。

ーー現地で働くことの優先順位は高かったのでしょうか?

Lina:そうですね。ただ、ずっと米国で仕事するのではなく、数年間ここで働いた後は、日本かシンガポールに戻るつもりです。いま帰国して、数年後に渡米して就職活動するのは大変ですが、ドアの前に立ったタイミングで、せっかくならチャレンジしてみようと思っています。

アメリカで何年か実績を積むことで、日本や東南アジアで仕事を探すのが有利になるのではという計算もあります。ゴジェックでも、テック業界でわかりやすい実績を持った外国人が採用されているのを実際に見たので、進路判断にはそうした影響もあると思います。

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ーーMBA卒業生が進路で迷ったり、陥りやすいポイントはあるのでしょうか。「イノベーションのジレンマ」で有名なHBSのクリステンセン教授は、著書『イノベーション・オブ・ライフ』で、大志を持って入学したHBS生が、投資した時間やお金を回収しようと投資銀行のような高報酬の仕事を選び、そこに居続けてしまうケースを指摘しています。

Lina:わからないですね。ただ、アメリカで外国人留学生の友人たちを見ていると、卒業後3年から5年が、一つの節目だと感じます。STEM OPTの期間が最長3年ですから、ビザの問題もあります。

アメリカで結婚したり子どもができたりすれば、帰国か永住か、別の軸で判断することになります。私の場合、こちらの食はあまり合わないので、アジア料理がいいという理由もあって期間を区切ってみています。

「MBA留学→転職」なら、若いうちに挑戦を

――日本では海外就職も注目されています。キャリアチェンジを考えている方に、メッセージをお願いします。

Lina:MBAに関しては、できるだけ若い時に行くほうがいいように思います。私はいま32歳ですが、同級生の平均年齢は27、28歳です。

体力の問題もありますが、若い時に来た方が、キャリアの選択肢が増えます。

もし私が27歳で留学していたら、卒業後にコンサルに行っていたかもしれません。もちろん私の年齢で行く人もたくさんいますが、個人的には、いまから戦略コンサルティングファームの激務に耐えられる自信がないので、テック業界を選んだところもあります。

一方で、27歳の自分がHBSを受験したとして、合格できたかはわかりません。当時は、まだゴジェックで働いていなかったからです。人によってベストなタイミングは違うものの、MBA留学と転職について言えば、若いに越したことはないと思います。

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ボストンの球場で友人らと大谷翔平選手を応援したLinaさん(右から2人目)ら=提供

Lina:海外での就職については、MBAを取ることで「門の前に立てる」ことは間違いないので、そういった意味でチャレンジするのはいいと思います。

一方、海外で働くことが目的であれば、MBAに限らず、いろいろな選択肢があると思います。商社で海外駐在するのはもちろん、最近はレイオフで厳しいかもしれませんが、外資系企業の日本法人に入社して、本社に転籍するという道もあります。

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(提供)

Lina:私の場合、最終的に留学を決めたのは、いずれ死ぬ時に「行っておけばよかった」と後悔したくなかったからです。

この留学の2年間はとても楽しく、来て良かったと思いますが、キャリアチェンジの唯一の解ではないと感じます。

アメリカでのMBA留学は高額な費用もかかりますから、いろいろな選択肢を見極めることが大事ではないでしょうか。

■Linaさんに聞いたワンポイント・アドバイス

MBAはエントリーパスであって、ゴールデンパスではない。海外で働くのが目的なら、MBA以外の選択肢も多面的に検討しよう。

(取材・編集:野上英文、文:渡辺裕子、デザイン:高木菜々子)

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