週5日働くって思い込み? 会社と肩書を手放して得た付加価値

名刺交換で目が行きがちなのが、会社など所属組織と職種・ポジションを示した肩書。ただ最近は、そんな一つの“顔”にこだわらない人が少しずつ増えています。

案件ごとに立場を変えながら、プロジェクトベースで貢献していく。連載「職業欄、一つでは書き切れません」では、そんな人たちにキャリアの変遷や大切にしている心がけについてうかがいます。

講談社で新規IP(知的財産)開発事業の業務委託として働く伊藤亜莉さんは、仕事を週3日ほどに抑え、個人プロジェクトにも時間をしっかり確保。「柔軟な働き方ができたら、自分だけの付加価値をつくっていけるのでは」と語ります。

目次

職業欄、1つでは書ききれません

週3日働き、プライベートと個人活動にも時間

――現在の仕事内容や働き方を教えてください。

伊藤:今は講談社の新規事業部で、新規IP(知的財産)開発事業を業務委託でお手伝いしています。100人の名探偵によるミステリープロジェクト「ハンドレッドノート」が先日、リリースされました。

出版社では従来、漫画が売れてから、キャラクターIPビジネスとしてグッズ化やアニメ化、ゲーム化などを進める流れでした。今回は自社で先にキャラクターを開発して、クリエーターのみなさんとYouTubeアニメやメディアでIPを展開しており、作り方の流れを大きく変えようとトライしています。

新規事業部には漫画の編集者もいるのですが、デジタル発信がスタートになるので、私は戦略をサポートしたり、プロモーションの計画を立てたり、公式サイト・EC販売といったシステム回りでディレクターやPM(プロジェクトマネジャー:進行管理)として入ったり......。

少し前までは、雑誌が母体のデジタルメディアで、戦略立案やディレクション、クライアントの制作PMなども行っていました。

肩書は、よくわからないです(笑)。

ーーご自身でプロジェクトも立ち上げられたとか。

伊藤:自分のからだとこころに向き合う食の研究所「A Lab.」というプロジェクトを立ち上げました。海外ではパリやスウェーデン、国内では富山や金沢、長野、京都、福岡などに足を運んでいまして、現地で食べたり調べたりした情報をSNSで発信しながら、研究の構想を練っています。ゆくゆくは本を作ろうかなと。

「仕事」「プライベート」「活動」という三つの軸で考えていて、「活動」は趣味でもないし、かといって仕事でもない。新しいチャレンジやアウトプットの場として進めています。

「A Lab.」にも時間をしっかりと割いていきたいので、「仕事」は週3日ほどに抑えて、他の時間を「プライベート」と「活動」に分配しています。

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「A Lab.」のインスタグラム

「A Lab.」のインスタグラム >>

スウェーデン留学。生活と人生を大事にする働き方

ーー週5日働く人が多い日本で、週3日働くという発想はどこから?

伊藤:留学の経験が大きいかもしれません。美大で学んでいたときに1年休学して、半年くらいスウェーデンの国立大学ファインアートに留学しました。

北欧の人たちって、仕事だけではなく「生活」や「人生」といった暮らしをとても大切にしているんですよね。みんな無理して働いてはいないけど、合理的で、プロフェッショナルとして誇りをもって仕事もしている。そうした姿勢に影響を受けました。

それに、これまでの会社員生活でちょっと働きすぎてしまっていて(笑)。

体力と気力の限界を感じ始めて、30歳になるのをきっかけに、働き方のチャレンジをしてみたいと思ったんです。

例えば「週5日は働かないといけない」といった思い込みって、意外と多い。自分の中でいろいろと仮説を立てて、変えることにチャレンジしてみています。

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スウェーデンでの様子=伊藤亜莉撮影

肩書に縛られず関わると、職域が広がった

ーー今のワークスタイルにたどり着くまで、どんな経験を積んできたのですか?

伊藤:大学卒業後に新卒で楽天に入社して、編成部のディレクターを務めました。例えば、楽天トラベルや楽天市場といった様々な事業部を横断的に見て、SEO(検索エンジン最適化)や大規模リニューアルに携わったり、新サービスの立ち上げ時のサイトディレクションを担当したりしました。

その後、UX(ユーザーエクスペリエンス:ユーザーが商品やサービスを通じて得られる体験)を担当している部署に異動しました。ユーザーへのリサーチから、サービスやデザイン、機能をどういうふうに変えていくのか、と考えて提案するリサーチャーの仕事でした。

当時のリサーチやインタビューをもとに考えていくやり方は、今の自分のプロジェクト活動にも生かされている気がします。

ーーその後は転職を?

伊藤:学生時代にも関わっていたCINRA(シンラ)というWebメディアの運営やデジタル関連の制作をしている会社に転職し、クライアントワークのディレクター兼営業の仕事をしていました。Webサイトを制作することもあれば、イベントを企画して運営することも。クライアントの要望次第で幅広いジャンルの制作を経験できました。

職業欄、1つでは書ききれません

ーーそこからフリーランスになったのは、どんな変化がありましたか?

伊藤:例えば、クライアントから「メディアを作りたい」と言われてから、踏み込んでいろいろ話を聞いていくと、「Webメディアではなくて、SNSでコミュニケーションを取った方が良いのでは?」と考えることがありました。ただ、制作依頼を受けているという立場では、根底から考え直すのが難しいケースに直面しました。

だったら「制作進行のディレクター」とは名乗らずに、事業の根幹にもっと入っていって、クライアントと二人三脚で「そもそも、どうやっていこうか」というところから話していく、ということをやってみたいと思ったんです。

会社を辞めて、肩書からではなく、プロジェクトのヒアリングをしたうえで業務内容を考えるところから話し合う形で、フリーランスとして仕事をしようと決めました。この結果、担当する職域が自然と広がっていった気がします。

Photo:iStock/JLco - Julia Amaral
Photo:iStock/JLco - Julia Amaral

人材募集はしない。けど「こんな人が必要」

ーー柔軟な働き方ですが、一緒に働く会社を見つけるのは簡単ではなさそうです。

伊藤:そうですね......。今まで、課題をイチから一緒に考えていく機会を与えてくれるクライアントと出会えている、というのはとてもありがたいです。

関わりをもつ初期段階で、自分の働き方や進め方の希望、前提を話しておくことが、良かったと思っています。私は、クライアントに入り込みすぎるということを恐れずに、実際に見たり、話を聞いてみたりして、「ここの隙間が空いていて、私だったらこれとこれができます」と、提案や議論するようにしています。

自分だけでその課題を埋めなければならないわけでは必ずしもないので、私にできない部分はパートナーを探すこともあります。

私のように「肩書がない人」って、相手の課題や隙間を的確に見つけていくことが、何より大切だと思っています。まずは色々な人の壁打ち相手になりながら、自分が実働していくべきプロジェクトを見つける。そんな進め方がいいのかなと。

現場に入ってみると、公には人材を募集しているわけではないけど、「こういう人が必要」という部署って、いろんなところに実際はあるんですよね。ただ、その隙間を埋める職種がいったい何なのか。既存の肩書では当てはめられないから、人材募集もかけられずにいる......。そういったプロジェクトって、たくさんあると思います。

Photo:iStock/kyoshino
Photo:iStock/kyoshino

ーー新しいポジションでは、対価・報酬の付け方も難しいのではないでしょうか?

伊藤:独立当初は、自分と同じような働き方をしている人が周りにおらず、自分自身で単価を決めることが難しかったですね。

フリーランスになるときに、「自分の人生をどうしたい」とか「お金がいくら欲しいのか」といったことを考えてみたんです。一般的な報酬や単価もあるけれど、「自分がどういう生活をしたい」とか、「どういうチャレンジをしたいのか」とかいったことです。

そこから逆算して、「月あたりこれくらい欲しい」という金額を決めました。そして、仕事量を増やすよりも、実績を積みながら、設定額を目指して単価を上げていくことを意識してきました。

日数や時間でフルコミットができなくても、高いパフォーマンスを発揮するように努力していくことで、今の「週3日程度の働き方」ができるようになってきた感じです。

私の場合は、「プロジェクトごとでいくら」というオファーの出し方はあまりしていなくて、「1日ごとの単価で月に何日間、稼働するのか」という形で出しています。そして、この曜日はこのプロジェクトのために動きます、と予定を押さえるようにしています。自分のスケジューリングがしやすいだけでなく、発注する人も私の稼働タイミングがわかりやすくて、双方にメリットがあると思います。

Photo:iStock/bee32
Photo:iStock/bee32

ーー今後もそうした働き方を続けていくのですか?

伊藤:はい。もっと色々な人が、自分のライフプランや価値観に合わせてパフォーマンスを発揮しやすい柔軟な働き方ができたらな、と思っています。自分がこうしてチャレンジすることで、少しでもそういう人の参考になれば、と勝手ながら思っています。

お仕事で関わるプロジェクトでは、色々な人が関わりやすいような体制をつくっていくというのも、自分の目標にしています。

肩書がない働き方は、専門性を作りにくいとも思います。ただその分、多様な経験と価値観で自分だけの付加価値を作っていけるのではないか。そう思っています。

    ◇

筆者の山本が10年勤めた会社を離れてフリーランスになろうと思った際、その職場で先輩だった伊藤さんに相談をした。私は編集者やライター、イベント企画、WEBディレクターなど一つの職種に絞りきれない状態だった。伊藤さんは「私は特に職種で区切らず、お仕事を受けている。実績や肩書きにとらわれず、一緒にプロジェクトをしたいという相談を受けて、引き受けることが多いし、その期待に応えることが大事だと思う」という言葉をもらって、背中を押された。


(文: 山本梨央、デザイン:高木菜々子、編集:野上英文)