ーーコミュニティマネジャーは、どんなお仕事ですか?
楽:人間関係を作っていく仕事で、私自身は4年近くシェアハウスの運営と飲料メーカーのコワーキングスペースの運営支援をしています。
コミュニティ内の人間関係が良好な状態で、他人と関わることによって、自分や他者に対して新しい発見が生まれることが増えます。そんな環境を放ったらかしにせず、常に手を入れデザインしていく仕事です。
「コミュニティマネジャー」という言葉がなかった時代にも、常連さんが多い飲食店を営むように、そういう感覚や仕事自体は存在したと思います。
ーーどういう役割が期待されていますか?
楽:コミュニケーションを自然に発生させることが難しい時代になりました。突然、知らない人に話しかけられたら、不審に思って、会話が続かないじゃないですか。
壁をなくすために、コミュニティマネジャーとして、例えばイベントを企画します。
ボードゲームや料理、あるいはジェンダーに関して考える哲学対話など。イベント起点で自然と会話が生まれるんですよね。椅子が隣同士になると話しやすい、といった空間の設計も意識しています。
コミュニケーションが生まれやすいコミュニティ作りができれば、互いに信頼関係を深めたり、お互いが何を考えてるかを理解したりできます。
ーーどうすればなれますか?
楽:職種としてはまだ新しく、コミュニティマネジャー界隈のグループがあって、すでにこの職で働いている知人からのリファラル(紹介・推薦)というケースが多いです。飲料メーカーでの仕事は公募で見つけました。
いまこの仕事をしているのは、何かの体験で「人のつながりが大事だ」と強く感じた人だと思います。ゲストハウスやコワーキングスペースなどで、他人とつながったり、生き生きした体験をしたりして、自分がそうした仕事や環境に向いていると気づいた人が多いですね。
私は他人のプロフィールを覚えることが得意なんです。例えば2年前に5〜10分だけしゃべった相手でも、お父さんの職業といった細かい情報まで覚えています(笑)。人のバックグラウンドを想像できるのは、コミュニティマネジャーをするうえでも強みになっています。
ーー飲料メーカーでは、どのような支援をしていますか?
楽:社員に出社してもらって、日頃は関わらない他部署の人たちとしゃべってもらう環境を作っています。オフィスのようなハードだけでは、会話を始められないので、ここでもゲームをしたり、お互いの価値観を話し合うワークショップをやってもらったりして、社員同士がつながれるようにサポートしています。
ーーコロナ禍を経てニーズが高まっているのでしょうか?
楽:例えば営業の世界では、かつてはWebマーケティングなんてなくって飛び込みがメインでした。当時のコミュニケーション手段は、メールもなく、電話しかなく、非効率だったと言えます。ただ、その非効率さを埋めるように、人と人との関係が自然と作られていったのだと思います。
今はIT化やリモート化によって、必要不可欠なコミュニケーションだけが残って、偶発的な会話や他者との関係性が減っていると感じます。人間のつながり自体がなくなっていくので、それを代替する必要があり、「コミュニティマネジャー」がそのハブになっているのだと私は捉えています。
新規事業を生み出していくには、異なる分野や新たな視点を掛け合わせることも欠かせません。
人のつながりは、ビジネス面だけでなく、哲学的な観点でも重要です。
政治哲学者のオルテガが「私とは私とその周囲である」という表現を残しています。古代ギリシャの哲学者たちもお金とか名誉、家系は、あくまで幸福のための手段として捉えていたようです。
人が幸福であるためには身近な人間関係や周囲からの承認、困ったときに誰かに助けてもらえる安心感があることが大事なのではないでしょうか。社会のインフラ的な意味でも、こういったつながりや交流を促す役割は重要です。
ーー大学時代は新宿・歌舞伎町でホストをしていたそうですね?
楽:父の教育方針がきっかけでした。
私にお金の価値を学ばせるために、高校卒業した際に300万円だけ渡されました。大学や専門学校に進学したり、バックパッカーになったりするのは自由。でも、この300万円を超えた分は自分でお金を稼いで払う、というルールだったんです。
大学に進んでバイトをしてたのですが、お金を使いすぎて、大学卒業前の最後の後期分だけ足りなくなりました。そこで稼ぎのいいホストで働くことにしました。
ホストになった理由はもう一つあります。普段関わらない人たちが何を考えているのかをそばにいて知るためです。その欲求が人一倍強かったと言えます。
幼い頃に中東UAE(アラブ首長国連邦)に住んで、戦争や民族間の分断を身近に感じました。バックボーンの違う人たちが何を考えているのか。また、ジェンダー問題にも関心があって、ホストクラブやキャバクラが集まる歌舞伎町に興味があったのです。
ーーホストの経験を経て、世の中の見方が変わりましたか?
楽:ホストクラブと同じ、ナイトライフの代表例としてキャバクラがありますが、これらの2つにはジェンダーギャップの本質的な問題があると実感しました。
キャバクラでは、基本的に合コンでいう「さしすせそ」(「さすが!」「しらなかった!」など)をお客さんに言っていくことがメインになります。一方、ホストクラブでは、姫(女性客)を喜ばせることも重要ですが、あくまでホストが輝く場という前提があります。
ホストクラブとキャバクラの違いとして、「こういう男でありたい」「こういう女でいたい」という潜在意識があるのではないかと感じます。このような感覚は、歌舞伎町に限らず、日本社会に根深いジェンダー問題として存在していると思います。
ーーホストとコミュニティマネジャーの仕事は、どう結びつきますか?
楽:私が最終的に目指しているのは、民間の立場から、同性婚や夫婦別姓などリレーションシップに関する家族法を変えることです。男女間で根強いジェンダーギャップや、LGBTQ+などのセクシャルマイノリティの課題も解決したいと思っています。
現在インキュベーション施設(起業や創業をする人たちを支援する施設)で、LGBTQ+の方も入ることのできる「銭湯サウナ付きのシェアハウス」を構想しています。
全員着衣で同じ銭湯サウナに入り、いろんなジェンダーの方の壁を取っ払う空間というコンセプトです。これまで培ってきたコミュニティ運営と、前職での政策提言支援をしてきた経験を生かして実現を目指しています。
ーーLGBTQ+フレンドリーなサウナ付きの銭湯って?
楽:サウナ付きの銭湯という環境で、セクシャルマイノリティの方の悩みを直に感じられるようにしたいです。トランスジェンダーの方ですら、ゲイの方への理解もまだまだ少なく、その逆も同じだと思っています。お互いの理解を深める環境を作りたいです。
最近、ジェンダーマイノリティを取り扱うような映画やドラマといった作品も増えてきました。ただ、実際は、自分のそばで困っている人と関わる方が、より行動したいと思うのではないでしょうか。サウナ付きの銭湯は、ジェンダーマイノリティの悩みを身近に肌で感じられると思っています。
ビジネスの観点では、ジェンダーに配慮したトイレや公衆浴場は、まだまだ未開拓の「ブルーオーシャン」で、これから伸びていくことにも期待しています。
ーーシェアハウスに置く狙いは何でしょう?
楽:家族法を変える話につながっていきます。シェアハウスとサウナ付きの銭湯を組み合わせて、LGBTQ+フレンドリーな人を地域に増やしていきたいと思っています。
選挙と関係無さそうな歌舞伎町のホストたちが、実は投票にしっかり行くことをご存じでしょうか? 歌舞伎町のホストのうち8割近くが新宿区に住んでおり、彼らはみな風営法に強い関心があります。
よく「たった1票を投票しても、世の中は変わらない」と選挙に行かない若者がいますが、歌舞伎町では違います。ホストクラブのある職場と、選挙権を持つ住所が一緒で、バラバラでないため、自分の投票が仕事や暮らしに強く影響する、という実感を持っています。そして他のホストも投票するから、自分も一緒に投票しなきゃ、という心理も生まれています。
このホストクラブ時代で得た観察から、コミュニティ作りを通じてLGBTQ+フレンドリーな人が集まる街を作れば、投票に行こうという動機も高まると思っています。
次回は、楽さんの紹介で、インキュベーション支援事業を運営する傍ら、レンタルオフィスでコミュニティマネジャーをする西井香織さんへのインタビューを公開予定です。
(文:池田怜央、映像編集:長田千紘、デザイン:高木菜々子、編集:野上英文)