リスキリングの一つとして注目されるMBA(経営学修士)。ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)で2年間学んだ遠藤梨菜さんは5月に卒業後、現地就職で希望のポジションという「次の切符」をつかみました。
企業のトップになりきって経営判断を学ぶ「ケーススタディ」では、楽天の「英語公用語化」も世界の同級生たちと議論したといいます。もし私が、三木谷浩史CEOなら?(第2回/全3回)
リスキリングの一つとして注目されるMBA(経営学修士)。ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)で2年間学んだ遠藤梨菜さんは5月に卒業後、現地就職で希望のポジションという「次の切符」をつかみました。
企業のトップになりきって経営判断を学ぶ「ケーススタディ」では、楽天の「英語公用語化」も世界の同級生たちと議論したといいます。もし私が、三木谷浩史CEOなら?(第2回/全3回)
――HBS(ハーバード・ビジネス・スクール)といえば、ケースメソッドが有名です。経営の意思決定を疑似体験することで、何を学び、どんな習慣がつきましたか?
Lina:ケースディスカッションは1日に大体3回ありました。ケースを毎日読み込むのですが、成績の半分がクラスでの発言評価で決まるので、とにかく発言しなければいけません。そのためには、「自分が当事者だったらどう判断するか」を真剣に考える必要があります。
考えるトレーニングができたことが良かったと思います。そうしたトレーニングの結果、例えば経済ニュースを見ても、経営者がなぜその選択をしたのか、常に考えるようになりました。
MBAのケーススタディ:企業の財務状況や市場環境といった定量情報のほか、沿革や社内の様子、競合の動きといった定性情報が数十ページにわたり載った事例(ケース)を使う。自分が経営者ならば、どのような意思決定をするのか問題解決を探る「事例研究」。学生は事前に教材を読み込み、講義でディスカッションをする。
在学中は、読み解きがわからなければ、教授やクラスメートに聞くこともできます。
米シリコンバレー銀行(SVB)破綻についても、ファイナンスの有名な教授が解説したメールが転送されてきました。クラスのチャットでも話題になって、金融出身の同級生による解説を聞くこともありました。
そんなふうに気軽に質問したり、意見交換したりできる同級生のネットワークができたこともよかったと思います。
――ダイバーシティを念頭に置いたカリキュラムも多いのでしょうか。
Lina:1年目に受講した「リーダーシップと企業責任(Leadership and Corporate Accountability)」の授業で強く感じました。
Leadership and Corporate Accountability:企業とリーダー、取締役会の責任に焦点を当てる。経済的、法的、倫理的な側面について学生が理解を深め、3つすべてで成果を上げるための実践論。世界のさまざまな地域を舞台にした困難なジレンマから、意思決定に必要なフレームワークを学び、効果的なガバナンスを探求していく。
正解か不正解かではなく、自分の価値観が問われる授業で、クラスでも意見がよく割れました。HBSでは1年次が必修科目で、毎日同じメンバーで授業を受けるのですが、ちょうど2学期目で、クラスメートの人となりを理解し始めたタイミングで受講しました。
宗教や文化、価値観によって意見が割れることは、どの授業でもありますが、そうしたプロセスを通じて、多様性を学ぶように設計されているのだと思います。
――HBSの公式サイトでは、アメリカ以外の留学生が約4割で出身国もさまざま。学生のダイバーシティを入学事務局も重視しているのですよね?
Lina:はい。ただ、言葉の壁がやはりあるので、例えば「アジア出身者」といっても、子どもの頃からアメリカで過ごしてきた人が多いです。「本当はそれぞれの国で生まれ育ち、現地で仕事をしてきた留学生を増やしたい」と学校側から聞きました。
2年制で1学年には通常は約900人います。コロナ禍の影響で入学をディファー(繰り越し)した人がいたことで、私の1学年上の期は約700人と少なく、私の学年は1000人います。
――世界の中での日本の立ち位置を感じたケースはありますか?
Lina:個人的に印象的だったのは「楽天による英語の社内公用語化」のケースです。
「自分が創業者の三木谷浩史さん(CEO、代表取締役会長兼社長)だとしたら、社内の英語公用語化に踏み切るかどうか」が問われます。三木谷さんはHBS卒業生でもいらっしゃいますが、このケースはHBSでも割と有名です。
Language and Globalization: 'Englishnization’ at Rakuten:楽天の三木谷浩史CEOは、世界市場に進出する組織の舵取りをしている。世界No.1のインターネットサービス企業になるための重要な一歩として、三木谷は楽天の日本人社員7,100人全員に2年間の英語能力向上を義務付ける「Englishnization」(英語社内公用語化)を発表した。ただ発表から15カ月が経過しても、大半の社員が目標とする英語力に達していない。三木谷は、この成功と組織のグローバル化、日本の将来を見据えた決断を迫られる。
参加したクラスの中で、日本人は私1人だけでした。
クラスメートたちは、母国語ではない言語を公用語にすることで、生産性に与える影響をディスカッションしていました。
一方、私としては、三木谷さんは自社の売り上げや生産性のためだけでなく、日本が国際化に乗り遅れてはならないという危機感から、英語公用語化に踏み切ったと考えました。日本語だけでコミュニケーションや文化の伝承を完結できることは強みである一方、英語ができないことによって、可能性を狭めてしまう可能性もあるためです。
ディスカッションの場では、「日本人が英語は不得意だ」という前提が、暗黙のうちに共有されていました。
私自身はイギリスとシンガポールで幼少期を過ごし、小学校から日本に戻った帰国子女です。日本で英語を話すと目立って、少しからかわれることもありました。このことから、学校では英語を話すことをやめて、しばらくの間は忘れていました。
日本の将来を考えた時、楽天のように、痛みを伴ってでも英語公用語化に踏み切るべきなのか。自分のルーツやキャリアとも重ねて、いろいろな点で考えさせられました。
――ほかに印象的な思い出があれば紹介してください。
Lina:「My Take(私の見解)」というセッションも印象的でした。クラスメイト同士で、自分の過去や内面を共有する場です。幼少期に受けた心の傷、例えば周囲に嫌われていた、身近な人を亡くしたといった話から、LGBTQ+のカミングアウトもありました。
参加は任意でしたが、友人同士でも普段なかなか話せない内容に踏み込む仕掛けで、その場に来ていた一人一人が歩んできた人生をいっそう深く理解できました。困難や葛藤を経て、それぞれ異なる価値観が形成されているのだとわかりました。
WHAT IS AN HBS MY TAKE?:MyTakeは学生運営イベントで、2~4人の学生が育った環境や直面した苦難、発明したもの、起業したもの、学業やスポーツの成果など個人的な話を打ち明ける。同じ内容が二つとないのがMy Takeの良いところとされ、学生同士の交流を深めるのに役立っている。
――そうした経験は、今後どう生かせそうですか?
Lina:一見ネガティブに聞こえる話でも、きちんと言葉にして、理解を相互に深めることを推奨するカルチャーがHBSにはあります。そのため日頃から、クラスメートと話すときにも、自分の内面や見解を話すことがとても増えました。
私だけかもしれませんが、日本ではこれまで、友人らとの会話は身の回りで日常に起きたことや芸能人のゴシップといったカジュアルな話題が多かったように思います。HBSに来てからは、政治や社会問題、企業経営といった話題をディスカッションできたので、その点でも留学してよかったと思います。
今後は住むところや働く場所にかかわらず、タイミングや文脈はもちろん踏まえた上で、話題の選び方や打ち明け方について、留学の経験を生かしていきたいと思っています。
■Linaさんに聞いたワンポイント・アドバイス
“2年間のカリキュラムを通じて、一人一人違う人生を歩んできたことを学べた。異なる価値観を尊重することは、自らのキャリアや組織マネジメントの学びにもつながる”
次回のインタビューVol.3は、「ハーバードにも景気後退の波」。お楽しみに!
(取材・編集:野上英文、文:渡辺裕子、デザイン:高木菜々子)
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