新年度に転職や退職をして、新しい環境でチャレンジする人も少なくありません。
身近になった転職や中途採用。2023年のトレンドについて、大手転職情報サイトdodaで編集長を長らく務めた大浦征也さんにインタビューしました。
転職が「気になる」フェーズから、実際に備える人たちが増えているようです。
新年度に転職や退職をして、新しい環境でチャレンジする人も少なくありません。
身近になった転職や中途採用。2023年のトレンドについて、大手転職情報サイトdodaで編集長を長らく務めた大浦征也さんにインタビューしました。
転職が「気になる」フェーズから、実際に備える人たちが増えているようです。
——2023年の転職市場をどのように見ていますか。
大浦:内閣府に呼ばれたときに、こんな質問を受けました。
「諸外国のインフレが落ち着き、円高進行が予想されます。雇用情勢に影響を与えますか」「雇用調整助成金のコロナ特例措置の縮小に伴う失業など、就業調整の動きはみられますか」
私はいずれも「大きな影響はない」と答えました。
輸出系大手企業は為替のリスクヘッジをしています。1ドル100円〜110円レベルへの急激な乱高下がなければ、さほど打撃はありません。仮に為替の打撃を受けたからと言って、研究開発を止めることもありません。
輸入企業にとっては、原価率の上昇が止まって、むしろポジティブにはたらく可能性が高いです。それに合わせて個人消費も回復すれば、採用を強化する企業が増えます。
また、コロナ禍で打撃を受けた外食・小売りも出店計画を強化する声が大きくなっており、ホテルのニーズも7割ほど回復しています。
こうしたなかで、転職マーケットは「非常に活況」という状況が続いています。
——テック企業では人員削減の動きが出ています。
大浦:特にアメリカのテック企業では、日本の支店でも中途採用の見直しの号令が出ていますね。
企業を回っていると、2023年度の景気の状況をあまりポジティブに見ていない会社が多いです。資源高や地政学リスクなど、いろいろネガティブな因子がありますから。
それでも、「景気が1、2年ほど悪かったとしても、中途採用は止めない」という企業が多いです。
——転職希望者も増えていますね。
大浦:運営している転職サービス「doda」のデータでは、求人数は2020年9月から27カ月連続で増加し、2022年11月時点で過去最高値を記録しました。
また、dodaの会員登録者を「転職希望者」とみたとき、希望者1人に対して中途採用の求人が何件あるかを算出した「転職求人倍率」も上昇傾向で、2倍を超えています。
dodaに登録している人全員に2件ぐらいの内定が出るだけ採用枠がある、という状況です。
ちなみに、厚生労働省が出している「有効求人倍率」は1.4倍程度です。中途採用が盛り上がった2018年、2019年の有効求人倍率1.65程度と比べ、「コロナ前まで回復していない」とも言われています。
ただ、これは無料で求人が出せるハローワークのデータを元にしています。コロナで深刻な打撃を受けた中小企業が、求人を出せるような状況にまだないのでしょう。
一方、dodaのような民間の人材紹介会社にお金を払ってでも採用しようとする主に中堅・大企業では、求人数が2倍ぐらいになっているのです。
一言で言うと、転職者優位の「完全なる売り手市場」になっています。
——働き手には、どんな変化が出ていますか。
大浦:企業が求人の意欲を高めるなか、転職希望者数も増加傾向です。季節トレンドはあるものの、2022年の増減幅はこれまでの年と比較して少なく、個人の転職活動が活発化していることが見てとれます。
dodaでは転職希望者が情報を登録しますが、以前に比べると、利用者側の情報更新頻度が高まっていると感じます。いったん登録した後に、徐々に経歴を肉付けし、アップデートする人が増えました。
そうすると、新鮮な求人が届き続けます。人材会社のアルゴリズムを理解している利用者が多いのでしょう。
——買い手・売り手ともに転職マーケットが活況の要因はなんですか。
大浦:やはり大きいのは、法人側の動きです。
「終身雇用はもう無理だ」
2019年ごろに、当時の経団連会長の中西宏明さんや、トヨタ自動車社長の豊田章男さんといった経済界のトップが明確に言い出したことです。
1997年に山一證券や北海道拓殖銀行が潰れたときにも「大企業神話崩壊」と騒がれましたが、実際はあまり変わらなかったですよね。
ただ、その後、東芝などの日本の家電メーカーが揺らぎ、日本の半導体メーカーは失敗。銀行系の融資会社への天下りみたいなものもなくなっていきました。令和の今は、だれもが、変化をさすがに感じています。
「おじさん、おばさんになるまで、大企業で勤め上げても得じゃないかも」と考える人が増えています。
いよいよ「大企業神話」が崩れてきているのです。
それに輪をかけて、メディアなどで「転職」「キャリア」「副業」が取り上げられています。
意識が高い人たちからすると、「ファーストキャリアで大企業に入って終身雇用で一生いるのはダサい」といった雰囲気もありますよね。そういった空気も日本での転職希望者を増やしています。
大浦:ここまで「活況」と話してきましたが、唯一、コロナ前に戻っていないデータがあります。それは、未経験者の採用です。
2018~2019年にかけて、大量の未経験者採用が行われていた時期がありました。アクセンチュア、リクルート、楽天、ソフトバンク…。「完全ポテンシャル採用」という呼ばれ方もしていました。
ただ直近は、「未経験者歓迎」のフラグが立っている求人数は、全体の活況さに比べて戻っていません。これだけの売り手市場なのですが、求職活動した後の決定率も、ぎりぎり2018~19年の水準に戻ったぐらいです。
——未経験者採用が弱い理由は何でしょうか。
大浦:理由はシンプルで、新型コロナです。
いろんな業界・職種で求人がドーンと増えているのですが、特に増えているニーズは、コロナを受けたDXや業態変更、サービス開発です。
たとえば、飲食店が、デリバリーを始めるためのシステムを導入する。一般企業が、リモートワーク、ハイブリッドワークになるので、業務システムを入れ換える。店舗販売が前提となっていた会社が、新しいサービスを開発する。
そうした今までのオペレーションをデジタルの力を借りて変える仕事です。
それができる人材を採用しようとすると、育てている時間がないので、やっぱり経験者じゃないとできない、となる。コロナをきっかけに新しく出てきている求人は、専門性が必要だった、ということが「未経験者の求人が弱い理由」の一つです。
もう一つは、コロナを受けて、業績の読み方に企業が慎重になったことです。「大量に未経験者を採った後に、もう一回、コロナの大流行みたいなことが起きたら、ちょっとリスクが大きな」と感じています。
——世の中がアフターコロナに移りつつあります。
大浦:はい、5類への変更も含めて未経験をめぐる状況も変わってきました。
2022年11月時点で、2019年1月と比較して、求人全体が2.7倍、未経験歓迎の求人数が2.1倍でしたが、半年後ぐらいには「3.0倍」ぐらいで両者が同じレベルになっているかもしれないです。
未経験者採用も含めた「決定率」が上がり、転職に成功する人が増えてくるというトレンドになると思います。
そこでますます注目されるのが、政府の「新しい資本主義実現会議」でもテーマになっているリスキリング(学び直し)です。
今まで、リスキリングは、大企業の内部の異動配置のためのものが多かったのですが、外部労働市場のマッチングのために、リスキリングを有効活用できないか、と政府も関心を示しています。2023年度のトレンドになると思います。
(文・誠之章、取材・編集:野上英文)